第3話

「お、落ち着いてください!ボクは怪しいものじゃないです!」

「け、毛玉が喋っ……!」

「失礼な!!毛玉なんかじゃありませんよーーー!!!」


 もう、錯乱状態である。


 手当たり次第に、そこら辺にあったものを毛玉に向かって投げつける。

 悲鳴をあげながらもしっかりと避けている様子を見るに、多分見えているらしい。


「さ、山茶花の姫様!!どうか少しだけ!!お話を聞いてください!!」

「嫌よ!!なんなのよあんた!昨日の化け物の仲間!?」


 興奮しすぎて涙が出てきそうだ。いや、半分零れかけている。


 ホコリだらけの積み木を掴んで投げると、もう周囲には片手で持てるような手ごろなものは無かった。


 息も荒く、相手の動きを見逃すまいとして睨みつける。幸い涙のおかげで、瞬きは最小限でよかった。


「はぁっはぁっ、姫様、ボクのお話を……聞いて下さい……」

「な、なに、私を取り込もうとしてるの!?」

「取り込むだなんて、そんな!''吸収''は下劣な物の怪のやることです!高位聖獣であるこのボクが、下品な行動をするわけがありません!」


 悲鳴のような反論を上げた毛玉は、ぽふっと身震いすると、次の瞬間には見たこともないほどにもふもふな小生物がそこにいた。


 白ともクリームともつかない色合いの毛並みは整えられ、所々に朱色の模様があった。

 瞳は浅葱色のビー玉のようである。

 荒い息を整えようとする口からは細かな歯が覗いており、手足は短くて仔犬に似ている。


 簡単に言うならば……子狐だ。


「あ、あなたは一体……」

「やっと落ち着かれましたか。えー、では改めまして――」


 コホン、と咳払いをひとつ。

 いかにもそれらしく短い前足を口元にもっていき、大仰な身振りでお辞儀を始めた。


「ボクは四季の姫君方にお仕えする神獣の一柱であり、神使の夜柑やかんと申します!姫君方と言いましても、ボクは主に山茶花の姫様のおそばに控える役目を担っておりますので、なんなりとお申し付けください!」


 もう何が何だか分からない。


 えっと、つまり、私に仕える狐の夜柑くん?


「ど、どういう……こと」


 頭がパンク寸前である。

 昨日といい今日といい一昨日といい、一気に濃い出来事が起こりすぎでは無いか。

 まず私に仕えるってなんだ?


「大丈夫でございますか?姫様ー?」

「そ、その山茶花の姫って、なに?」

「え――」


 一瞬にして夜柑くんの口があんぐりと開けられる。


「覚えていらっしゃらないのですか!!姫様ー!!?」


 高い声で叫ばれると耳がキーンとするのは本当なんだな、などと呑気に現実逃避しているが、夜柑くんが全力で説明を始めたので仕方なく現実に戻ることにした。


「まず、四季の姫というのはですね、」

「夜柑」


 ピリッとした声が、狭い物置部屋に響いた。


 瞬時に夜柑は床に平伏し、ははっ!と時代劇でしか見たことの無い返事をする。


 はぁ、呆れた。


 目の前には制服姿の風が仁王立ちし、小さな夜柑を高い位置から見下ろしていた。


 鍵をかけて安堵していた自分が馬鹿らしい。入ってこれたんじゃないか。


 いや、そんなことよりも、今は彼から感じる圧の方が問題だ。

 怒気のような激しい圧が、細身の割に大きくしっかりとした背からも感じられる。


「我はお前に、余計なことは口走るなと言いつけたはずだが」

「左様でございます。この夜柑の作法知らずの口が、言いつけを忘れてしまったのです。この無礼、舌を噛み切ってお詫びいた」

「――ちょ、ちょっと待って!」


 ここで割いるのもどうかと思ったが、このまま傍観していては大事になりそうだったので仕方がない。


 こちらを振り返った風は、つい今しがた発していた怒気が気のせいだったかのように眉を下げ、こてんと小首を傾げた。


「どうした、柊よ」

「どうしたもこうしたも……私が知りたいことをひとつも教えてもらってないんだけど」

「そなたが気にすることではないからなぁ」

「今、夜柑くんが教えてくれようとしたのは何のこと?」


 視線に責めるような怒りをこめて睨みつけると、のらりくらりとしている風にも少しばかり焦りが見えた。


「いや、大したことではない。そんなことよりも、そなたの姉が朝食に呼んでおったが……」

「どうでもいい。早く答えなさい」


 夜柑くんに対して圧をかけていた風は、今度は私の圧に押されて狼狽えている。


 夜柑くんはというと、未だに床に平伏したままだった。


 私は数歩歩み寄って両手で夜柑くんを掬い上げ、胸元でしっかりと抱いた。


「どうしても答えないならいいです。今後一切何も口をききませんし、あなたと関わりませんから」

「柊、待っ――」


 ガチャンッ


 言い終わらないうちに部屋を出て扉を閉めると、すぐさま目の前に風が現れた。


「柊!」

「しゅーうー?朝ごはん食べないのー?」

「今行くー!」


 風ではなく姉ちゃんに返事を返す。

 戸惑う夜柑くんを床に下ろして階段を駆け上がった。


 後ろからの悲しげな視線がうざったい。

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