2章 第1話
私の目の前で「何か不都合が?」と無神経にも尋ねる男がひとり。
「は、ここに住むって」
「もちろん。我のことを知ってもらうには、しばらく傍におった方が手っ取り早い。心配せずとも、そなたの家族に我の姿は見せぬ」
だからここに住み着くだって???
一気に目の前の儚げな男が、ただの迷惑男のように見えてしまって仕方がない。いや、今までが迷惑じゃなかったとは言い難いけれど。
それに姿は見せないといったって、具体的にどうするつもりだ。
まさか狭い家具の間に入ってやり過ごす訳にもいくまい。
「でも部屋なんてないし、食べ物だって」
「我は食物を口にせずとも影響はない。それに、部屋はここがあるだろう?」
「ここって……まさか、私の部屋……」
何を当然なことをと言わんばかりに、こいつはハッキリと頷いてみせた。信じられない。
「嫌です!!!」
「そんなことを言っても、我はその方法しか持ち合わせておらん。そなたに諦めてもらう他ない。それに、必要な時は部屋から出ていくから安心してよいぞ」
そういう意味じゃない!!!
薄々勘づいていたが、この男は私の嫌いなタイプの一人だ。自分のことしか考えていない。
ただでさえ今さっき会ったばかりの関係値なのに、信用出来るはずもない。
第一、年頃の女子の部屋に入り浸るだなんて常識外れも良いとこ!!!
こいつが人ならざるものだろうがただの人間だろうが、どっちにしろ無理!!!!
「無理です!!私には私のプライバシーってモノが……それに、この家にいていいなんて承諾した覚えはないですけど!!?」
覚えず、早口にまくし立ててしまっていた。
呆気にとられている相手にさらに追い打ちをかけるように、私の口は勝手に動いていく。
それにつれて、徐々に声量も上がっていった。
「というか、私の部屋に勝手に現れて、勝手に名乗って、勝手に話を進めて!!なんなんですか?というか、夜に知らない男が女子高生の部屋に侵入してくるなんて、通報案件ですよ!?」
ぽかんと口を開けた間抜けな表情をしていても、顔がいいのが妙にイラつく。
「……し、」
「柊ー?どうしたのー?」
彼が何かを言おうと口を開いた時、姉の声が階上から響いた。
しまった、大きい声を出しすぎたらしい。
古びた階段の軋む音が聞こえてくる。
私はクローゼットの中に風さんを押し込めようとする。
「我に構う必要はないが……」
「い、良いから黙ってて!」
バタンと扉を容赦なく閉める。
そしてざっと部屋を見回す。
投げ捨てられた鞄、壁にかけてある制服、ベッド、開けっ放しのベランダへの窓、机、テレビ。
私は一直線にテレビの電源ボタンへと手を伸ばし、ノールックでリモコンを探す。
手探りで見つけたリモコンを持った瞬間に、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
隙間から姉ちゃんが顔だけを出し、部屋を見回す。
「柊?どした?」
「い、いや、間違ってテレビの音量大にしちゃって……」
苦し紛れの言い訳を並べると、急なストレスで喉の奥が苦しくなった。息がしにくい。
「ふーん、そっか。珍しいね、そのテレビつけるなんて」
「え?え、あ〜いや、ちょっと気分というか……ほら、最近気になってるアイドルがテレビ出るって言うから!」
もちろん嘘でしかない。
画面に映る金髪の男性がアイドルなのかもよく分からない。
「あ、今日の晩御飯やきそばね」
姉ちゃんは思い出したように私に告げ、そのまま扉を閉めて去っていった。
「……っはぁ、危なかった」
「我のことは大丈夫だと言ったろうに」
「っわぁ!」
いつの間にか真横にいた風さんは、こてんと小首を傾げている。
先程の怒りを忘れたわけではないが、多少冷静になった。
「離れてください」
「おっと、すまんかった」
「それで、ここに住むのは許可できません。まずあなたのことを何も知りませんし、今だって直ぐに出ていって欲しいくらいです」
こくこく、と黙って頷くところを見ると、話を真剣に聞く気はあるらしい。
伝わるかどうかは別問題だが。
「あなたはどこから来たんですか」
「我か?我は……祭壇の中だな」
「はぁ?祭壇?」
いや、常識的に考えてはいけない。多分人間じゃないのだ。多分。信じられないけど。
「我は祀られていた。人間ではないのでな。言っておらんかったか?」
「一言も言ってませんが。まぁ察してたのでそこは良いです。ということは行くあてがないと?」
「そうなるな。それに、我はここに住み着く以外の選択肢がない」
選択肢がない?
その引っかかる物言いに、私が意味を尋ねようとした時。
「しっ」
「んぐ……!?」
唐突に口を手で塞がれた。視界の次は口かよ。
「しばし静かに。口を開けば魂が飛んでいくのでな」
「…………」
抑えられて動かせない頭の代わりに、目玉をきょろきょろ動かす。
「っ!?」
――月明かりに照らされた薄暗い部屋が、暗闇に包まれた。
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