第6話

 ボスッと音を立てながらベッドに倒れ込む。

 近くに置いてあった鞄に手を伸ばし、手探りで御守りを取り出した。


 赤い布に金糸で刺繍されている「龍川咲神社」という文字。

 その横には布よりも少しだけ暗い赤の糸で、風に舞う葉の形が縫われていた。


 ――シャンッ


 突然の音に、ビクッと体を跳ねさせる。

 周囲を見回すが、この部屋の中には居ない。


「今夜は随分と美しい月夜であるな。今ばかりは、月に恋する者の気持ちもよう分かる」


 ベランダの柵に座っている、白。


 忍び足で近づいてみれば、昨日は暗闇の中でよく見えなかった顔が、月光の下でよく分かる。


 目鼻立ちのしっかりとした、儚げな雰囲気をもつ青年、と言った感じだ。

 テレビで紹介されるような美青年と称されるタレントとはまた違い、人離れしたその容姿に、少しだけゾクッとする。


「月は好きか?」


 夜空に視線をやったまま、私に問いかけてきた。

 不思議と、昨日よりは恐怖を感じない。しかし、警戒心が無くなったわけではなかった。


「……嫌いじゃないです」

「そうか」


 冷たい私の返答に、ただ一言頷いた。

 そして柵から足音もなく降りると、彼はこちらに向き直った。


「昨日は驚かせることになってしまった。我は……そうだな、フウとでも読んでもらおうか。風と書いて、フウ。そなたは山茶花の姫であろう。古の契りを果たすべく、こうして迎えに参った」


 ふんわりと穏やかな微風が部屋の中へと入ってくる。

 昨日感じたお香の匂いが、風に乗ってただよってきた。


「契り、って……」


 少しだけ、深青色の瞳が大きくなる。


「そなたは、覚えておらぬか」

「残念ながら……あの、なんですか、それは」


 逡巡する様子を見せたあと、彼は再び微笑んだ。


「いや、今は気にすることではない。それよりも我はそなたの名が知りたい」

「……西塔 柊です。西の塔に、ヒイラギ」


 警戒心マックスのはずが、以外にもするりと口から名前が滑り落ちる。

 彼の微笑みか、お香の香りかは分からないが、なにか変に心が解される感じだ。


 知りたがった当人はシュウと呟き、そうかそうかと更に笑みを深めた。


「良い名を授かったな。ヒイラギは魔よけにも使われる。きっと柊はこれから、その名に守られることもあるだろう」

「はあ。ありがとうございます」


 なんとも言えぬ返事にも満足そうに頷く。

 自らを風と名乗ったこの人は、誰なんだろうか。


「あの、風さん……でしたっけ」


 彼はうんうんと頷く。


「お互いの名も知ったことであるし、これからよろしく頼むぞ、柊よ」

「え?それはどういう――」

「?我がここに住むということだ」


 小首を傾げ、困ったような笑みで発せられたのは、これから私を振り回す、始まりの合図だった。

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