第2話
私の目の前に現れたのは、白が特徴的な男性だった。
長めの前髪に瞳が隠れて目はよく見えないが、雰囲気と口元からして相当な美男子だということは察せられた。
しかも、その独特なオーラからして、あまり普通の人間とは言い難い。
白の中でよく目立つ赤い玉の耳飾りが、夕日の入らない薄暗い部屋の中で、星の瞬きのように発光している。
すっかり固まってしまった体と口を何とか無理やり動かしながら、座り込んだ状態でずりずりと後ずさりした。
「ど、どちらさま、ですか……」
固まった喉を叱咤し、なんとか声を出してみれば、恐怖によってビブラートばりに震える声が鼓膜を揺らした。
今の声は誰のものだ。私か。
目の前の、一切の感情を窺わせない相手。
しかし意外にも、真一文字に結んだ口を微かに持ち上げて、その凛とした声を滑らせた。
「あぁ……やっと――やっと、そなたに会うことが叶った」
美しい衣擦れを奏でながら。
指先を柳の枝のようにしならせながら。
雲のように、霧のように、私の眼前に顔を近付けた。
前髪の間から覗く片方の瞳は、まるで光を反射しない紺碧のビー玉のように、漁火の届かぬ深海のように、深く深く私を吸い込んでいく。
相手の目から放たれる視線は、私の思考さえも射抜いてどこかへ縫い止めてしまったようだ。
ふと、そうして蝋人形のように固まった私の指先に、ざらりとしたものが触れた。
控えめに形をなぞり、それが何かを確信する。
やろうかどうか、少しだけ躊躇いを感じたが、そんなもの、今この状況においては無駄なだけだった。
きゅっと軽くつまんで、それを引き寄せる。
しっかり左手に握り、そのまま相手のおでこ目がけて勢いよく押し付けた。
メンコが叩きつけられた時のような破裂音が、静寂のおりる部屋に響く。
誰かにこのことを責め立てられるとしたら、私はきっと知らぬ間に手が動いていたと言い訳するだろう。
「うっ……」
静電気のような、配線がショートした時のような、バチッとした音が聞こえ、相手が少し呻いた隙に、すぐさま立ち上がって部屋の外へと逃げ出す。
そのままの勢いで階段をかけ登って、リビングへと飛び込んだ。
「っ、はぁ……!」
「びっくりしたぁ!なによ、柊」
「い、いや。玄関が寒すぎてね」
咄嗟に口から出た嘘に、目を丸くしていた姉ちゃんはあぁそう、と適当に頷いただけだった。
まずは落ち着こうと、少し湯のみの中に残っていたお茶を飲む。
ぬるくなっていても、その少しの温度が冷えた体の中でじんわりと熱をもち、少しだけ冷静になることが出来た。
今のは、なんだったのだろう。
様々考えるけれど、どうしても原因はひとつしか考えられなかった。
――私宛に送られてきた、謎の玉。
あの白濁色の小玉があいつを連れてきたのか、あれがあいつなのかは定かではないが、きっと何かが宿っている。
御神体というのだから、もしかすると神様か何かなのかもしれない。
私にしては本当に非現実的で、あまりにも空想的な思考だけれど、そう考える他なかった。
実際に体験したことを否定することは出来ない。
「――なんです。この神社の御祭神は…………で、俗に言う……という……」
ぼんやりと入ってくる、聞き取れさえしないテレビの音が、やけに私の耳に残った。
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