大罪無双のエンデュミオン

文月ヒロ

第1話プロローグ・英雄の過去

「ねぇエンデ、赤竜狩りに行こうよ!」

 唐突に、側を歩く少女が自分にそう言った。

「苺狩りに行く、みたいな調子でお前は何を口走ってんだレーネ…。てか、今からアルカスの町出るってなったら、帰って来た時にゃ早くても明日の夜だぞ。どうやってもこの町の門は閉まってる時間だ、野宿しろってか?」

 今日会った時から、レーネが戦闘準備万端な格好をしていた理由に納得しつつ、エンデは呆れたように言った。

「大丈夫だってエンデ、赤竜なんて何度も相手して来たじゃん?それに、門が閉まってるんだったら壊せば良いのよ。夜なら門番はローマンだろうし、きっと許してくれるわ」

 どこからそんな自身が湧いて来るのか、レーネは腰に両手を添え胸を張って言った。

 流石にあのお人好しでも、それは許してくれないだろう。

「はぁ…」

「溜め息を付いたら幸せが逃げてくわよエンデ」

「安心しろ、数十秒前から幸せが逃げ始めてる」

「あら可哀そう、どうしたの?」

「お前の所為だろこの脳筋女ッ…」

 込み上げて来る怒りを、エンデは右の拳を握ってグッと堪える。

「…で、何でまた赤竜なんかを?まさか、どさくさに紛れてまた竜帝に喧嘩売りに行くんじゃないだろうな?」

「しないって、人魔大戦は終わったんだしね。今日は西の方で悪さしてる赤竜をシメに行くだけ」

「なるほど…腐っても英雄って訳か、正直見直したぞレ――」

「っていうのは建前で、赤竜の肉が急に食べたくなったのと、鱗をアクセサリーに使おうかなって思ってさ」

 盛大に頬を引き攣らせるエンデを他所に、レーネは能天気に笑う。


 一瞬、本気で張り倒してやろうかと考えたエンデに声が掛けられた。

 側を歩く、英雄で、脳筋な少女の声ではない。男の声だ。

「カディア、お前何でこんな所に?」

「やぁエンデ。レーネに呼ばれてね。皆も来てるよ」

「えっ…?」

 金髪と整った顔を持つ背の高い親友――カディアの言葉に、後ろを振り向くと、そこには数人の若い男女の姿があった。全員見知った顔だ。

 しかし、皆揃って様子がおかしい。完全武装している事に加え、他者に対して自らの認識を阻害させる魔法が掛けられている。

 いや、ある意味では当然の事だろう。

 視界に映る彼等は一般人などではなく、英雄。こんな町中を気軽に歩いていていい存在ではない。

 かく言う自分も英雄と呼ばれる者の一人で、同様の魔法をレーネと共に使っているのだから。

 さて、それは兎も角、

「…おい、どういう事だレーネ」

 白く美しい長髪を持つ彼女に半眼を向けると、レーネは顔を逸らす。

 と、不意にカディアがエンデの耳元で囁くように説明し出す。

「ほら、もうすぐ君の誕生日だろ?レーネは君に祝いの品を贈りたいんだよ。もちろん僕達もね」

「赤竜の竜麟でアクセサリーをか?なら何で俺を呼ぶんだ、驚かす計画だったならたった今崩れ去ったぞ」

「僕もそう言ったんだけどね…。でも、エンデだけ放って行ったら可哀そうだ、って言って聞かなかったんだよ。あと、今の話は聞かなかったフリをしてくれると助かるかな」

 なるほど…差し詰め、変に隠し事をしてボロが出たら不味いと踏んで、カディアが独断で自分に伝えたのだろう。実際、贈る品の情報は彼女の口から漏れた訳なのだし。

 仕方のない奴と言うべきか、世話の焼ける奴と言うべきか、どうやら今度もレーネの我が儘に付き合わされるらしい。

 とはいえ、せっかく誕生日を祝ってくれるのだから、知らぬフリくらいしてやろう。


「ったく…」

 人と魔物、亜人達の間で起こった大きな戦いは終結した。

 それでも小競り合いは続くだろう、ならば世界が平和になる事など永遠にないのかもしれない。

 けれど、こんな小さな平和くらいは続いて欲しい物だ。

「ほら、行くよエンデ」

 後ろから聞こえたレーネの声がエンデを呼んだ。

 気が付けば、全員彼の前にいた。

「行こうか、エンデ」

「そうです、早くするですよエンデ」

「何を呆けているのです、行きますよエンデ」

「おらっ、エンデ遅いぞ、放ってっちまうぜ?」

「あ、あの…エンデさん、そ、その、い、行きましょうっ」

 カディアに続き、仲間達が彼を呼ぶ。


 エンデ、エンデ、エンデ――エンデュミオン。


 そして、100年が経った頃――その略称を呼ぶ者は誰もいなくなった。

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