第61話 世界

「カイリちゃーん?

 俺の歯ブラシ知らない?」


「ごめんねぇ、ミヤケさぁん。

 排水溝がぁ詰まっちゃってぇ」


 あらあらと、頬に手を当てて、佐々木さんは目を細める

 最近まったく構っていないので、小さな復讐と言いたげに


「でもぉ、もうお家にぃ替えの歯ブラシ無いからぁ」


「だんなー、わたしのつかっていいよー」


「じゃぁ、それで」


「ええぇ?

 だめよぉ」


 洗面所に置いてあるカイリちゃんの歯ブラシに手を伸ばし、

 それを佐々木さんに止められる。


「騒がしいわね、朝っぱらから何よ」


 と、あかねがしょぼしょぼの目をコスりながらやってきて


「あかねの歯ブラシを貸してくれ」


「勝手に使えばいいじゃない。そこの赤いのね」


 コップに刺さっている一本のそれを指してから


「おやすみ」


 来た道を引き返して行こうとするので


「待ってぇ、あかねちゃぁん。

 もう朝よぉ」


 と、標的が俺からあかねに変わったので、

 俺はあかねの歯ブラシに歯磨き粉をつけて歯を磨く。





 それから朝に軽くランニング。

 姫路の一件が落ち着いて、イベントも何もなく平和な日常が続いて行くので、

 退屈しのぎに始めたランニングだが、これが予想以上に気分がよく、今ではアトリアナと狂墨が勝手についてくるようになっていた。


「最近はどう? ちゃんと攻略は進んでいるんでしょうね、リアナ」


「そこそこなの。

 カズから貰った武器が役に立ってるから、死にはしないの」


「そ。ちゃんとレベル上げしてなさいよ。

 新生Sランカーの次世代アイドルはリアナなんだから」


「それは、恐れ多いの。

 カイリちゃんの後釜は絶対に炎上するの。

 アイドル活動で炎上したくないの」


「わがまま言わない。

 カイリはどうせ私のものなんだから」


 黙って聞いていたが、その発言にいらっときた俺は

 狂墨を睨みつけると


「な、なによ」


 とふくれっ面に


「そうよ。あんたは私のものなんだから、その旦那が私のでも問題ないわけ」


「いつ俺がお前のものになったんだ?」


「い、一緒に暮らしてるんだから、そ、そういうことでしょ」


「そんなわけないじゃないか。

 そもそもお前は勝手に俺の家に住み着いているわけで」


「パラサイトなの。一匹いたら十匹いるの」


「お前もその一匹な」


 心外。というように、アトリアナはペースを上げた。

 黙って着いていく狂墨。

 

 アレは獲物を狙う構えだ。

 逃げろ、アトリアナ。頑張れ。


 俺は、いつものペースでランニングを続けた。




「ところで」


 と切り出すのは長禅儀で、

 朝食の食卓には、ちゃんと長禅儀の分も用意されていた。

 

 テーブルに座るのは、カイリちゃん以外の全員。

 カイリちゃんはテレビの前に寝そべって行儀悪くパンを齧っている。


「国って知ってるか?」


「馬鹿にするな、長禅儀のくせに」


「いやいや。ここ最近じゃぁお前らが学校で習ったような国境なんてあってないもんさ。今日もまた線が引き直された」


「カッコつけるな長禅儀」

「かえれかえれー」


 やじが飛ぶ中、なにもなかったかのように話を続ける。


「ここ日本もそんな動きが活発になってきたように思える。

 と言うか、お前のせいだよなぁ、ミヤケェ」


 と、テーブルに一枚のディスプレイを表示させる。

 スクリーンの要らない投射機は空中に映像を表示できるようになっていた。

 更に、それはタッチ機能付き。

 超音波でどこが遮られたかをm/secで計測。それを反映させているそうだ。


 画面にはMKsの社章。


「知らん」


「果たしてこれも見てそう言えるかな」


 と画面を切り替えようとする長禅儀だが


「違う。俺はMKsの運営にはまったく関わっていないからな。

 その生産物? 製造されたものと言うか、なにをしているのかさえ知らん」


「そうか。だが、全てはお前、ミヤケが仕組んだシナリオだと噂されている。

 というか、国自体がそういう方針だ」


「なにそれ怖い」


「日本としても特に不都合は無いからな。

 北海道が奪還できるかも知れない。それが希望だ」


「でもさ、北海道は自分から日本を裏切ったわけじゃん。

 それを取り戻す意味はあるの?」


「あるさ。とてもある」


「そうよ。カズは馬鹿だから、教えてあげる。

 口実がほしいのよ。戦争の」


「まて狂墨。自衛だ。日本は戦争はしない」


「でも、きっかけなんでしょ?

 偉い人が言ってたわよ」


「なんだ? お前聞いてたのか?」


 狂墨はこう見えても、日本を代表する戦力の一人。

 『戦略院』でも重要なポジションに居るらしい。


 長禅儀をトップに据える日本を代表する「才能」の集まり。

 それが『戦略院』。

 そこで行われる会議で決まったことは、よほどのことでない限り、国会でこれからの方針としてまとめられる。

 

 政治家よりも権力のある集まりだった。


 の割に、みんな頭が悪い。

 いや、狂墨と長禅儀だけかもしれない。


 と、狂墨が言っているのは先日行われた会議の内容で

 特別顧問のトモがオンラインで繋げていたのを、俺が勝手に聞いていたものだ。


「偉いでしょ」


「いいや」


 頭を振って否定する長禅儀。


「これから各国と協力して新ソ連をぶっこわーす」


 右手をグーに、胸の前に持っていってハイポーズ。


「まぁ、最近デミオンの噂聞かないし」


「あれは死んだと思う。

 私は腕を切り落とした。多分死んでる」


 物騒なことを口走るトモ。

 しかし、新ソ連だからこそ、金を積めば手に入っただろう【復活の薬】を持っていないはずがない。デミオンはそれを使って生き延びているに違いない。


 今は雌伏の時だ。


 あいつの「才能」は圧倒的に「多」と対峙するときに最大の効果を発揮する。

 今考えている各国協力して、という作戦を待っているのかもしれない。

 集まったところを一気に殲滅。

 

「死んでいるかわからんが、調査の結果、この地球のどこを探しても反応が出なかったことがわかっている。

 新ソ連は、デミオン一強で抑止力となっていた。

 確かに、俺や狂墨ほどではないにしろ、『戦略院』のメンバーに匹敵する奴らはいるだろう。

 しかし、それでも目下最大の脅威であるデミオンが確認されない以上、叩くには今しかないのだと」


 熱弁する長禅儀だったが、


「どうしてそれを俺の家でやるんだ?

 ネットにでも配信すればよかっただろう」


「そうだな。

 こちらの最強の矛である、東の天使はお前を説得しないと出てこないだろう。

 そう考えたからだ」


「トモはもう戦わないよ。

 家で俺とゲームするからな」


 黙っていきいていたトモが一瞬驚いたような、そうして安心したような顔をして。

 食べ終わった食器を持って立ち上がり、佐々木さんが「いいわよぉ」と、みんなの食器も重ねて片付けを始める。

 トモもそれに合わせて席を外れ、テレビの前に陣取るカイリちゃんの上に座った。

 

 そんな光景を後目に、俺たちは話を続ける。


「戦力という点なら、あんたで十分だろ。長禅儀」


「たしかに」


「だろ。

 それで全員が幸せになれる」


「だったら、私でも良くない? こいつなんかより役に立つわ。ねぇ、リアナ」


「え、無理なの」


「はぁ?」


 即答に怒りを表す狂墨。


「まぁ、今すぐに答えがほしいわけじゃあないし、そもそも助けを求めに来たわけじゃぁない。

 さぁ、温泉に行って帰るかぁ」


 と、伸びをする長禅儀。


「しかしな」


 背筋が凍る様な殺気を飛ばす。

 その場の全員が戦闘態勢に移行する。

 寝転がってじゃれていたカイリちゃんとトモさえも一瞬にして立ち上がり目つきが変わる。


 それぞれの魔法が、杖が、天戟が、一瞬で長禅儀に向けられて。


 俺は乗り遅れたので、突っ立っているだけ。


「はは、これだけの大戦力。

 俺でも一苦労だな」


  力を抜く長禅儀に合わせて、トモたちもそれぞれの構えを緩め、魔法も解除する。


「世界は動き始めている。

 この間のA○SIMOの解析で、敵は一枚岩ではないことがわかった。

 あれは、地球外の何かで、ダンジョンとはまた別のなにかだ。

 明確に敵意を持っている俺達の排除すべき存在だ。

 地球上で、人間同士で争っている現状じゃ、外敵から攻め込まれると滅亡だな」


 一呼吸おいて


「誰かが世界を統一するとかしないと、脅威から護れない」


 俺を指差す長禅儀。


「しるかよ」


 カイリちゃんは俺の手をぎゅっと握れるくらいまで近づいていた。


「せかいとういつ。ゆいいつおう。

 せかいさいきょう。わたしはそれのおよめさん」


「お膳立てしろよ」


「任せておけ」


 これほど頼もしい返事は聞いたことがなかった。















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