第40話 噂は尾鰭がついて

 アトリアナ・メルボン。

 

 今俺の目の前に座っている彼女は、世界でも有数のトップ企業に名を連ねる、アドミラル・インダストリー・ユニオンの日本支部支部長をしているらしい。


 カフェにて、コーヒーを片手に


「あまり、美味しくないの」


「じゃあ飲むなよ」


「ココアが欲しいの」


「ユウナギよろしく」


「なんで」


 と言いながら、カウンターに歩いていく。

 俺はもう、先とは比べ物にならないくらいに貧乏になってしまったのだ。

 

 しかし、見栄を張るためにここはおごってやってもいい。


「アタシはアトリアナ。

 ここにはあなたを勧誘にやってきたの」


「勧誘? 別に俺は何もしてないけれど。

 才能も平凡だしね」


 「なわけ」と、遠くの席に座っている狂墨の付き人の男が。


 今は、アトリアナの動向が気になるのか、解散せずにそのままのメンツでカフェに入っている。

 しかし、一緒に席についているのは、俺とカイリちゃんとアトリアナだけ。

 

 そのほかは隣か遠くの席に座ってからケーキを貪っていた。


「貴方の【復活の薬】はアドミラル・インダストリーで研究しているの」


「………あれは吉田に売ったはず」


「あんな額、どこが用意したと思う?」


 首を捻る。

 一社で動かせる額など知らないが、尋常ではない額だ。

 数社がスポンサーになっていると聞いていたから、そのくらいは用意できたのかなと、素人ながら考えていたが。


「初期からアドミラル・インダストリーでの最大の案件になってるの。

 でも、最近別府? のディ●●ーランド? で同様のものが販売され始めたの」


「健康になる水?」


「そう。あれには微量の【復活の薬】と同じ現象を引き起こす液体が含まれていたの。

 あれの開発? 制作? はミスター三宅が関係しているとすぐに吐いたの」


「だ、だれが?」


「眼鏡の男。何も書かれていない紙の束を持っている日本人なの」


「「会計マン!!?」」


 カイリちゃんと俺が同時に驚いて

 

 ちょうど、そこにユウナギがココアを持って帰ってきた。


「え? どうしたの?」


「こいつが脅してくる」


 席に戻るかと思ったが、ユウナギは俺の膝の上に腰掛けて。

 カイリちゃんと違って身長があるので、俺の上に座ると前が見えなくなる。


「代理。

 それで? 用件は何?」


「あなたは誰? アタシはミスター三宅と話をしているの」


「ミス三宅よ」


「私も」


 カイリちゃんとユウナギが返事をして


「そう。よくある名前なのね。

 でも、用があるのは男の方なの」


「旦那様は話したくないみたい」


「旦那? あなたはメイドなの?」


「嫁」


「結婚しているのね? だったら一緒でいいの。

 こっちの国に来て欲しいの」


「いや、行っても何もできないけど」


 という、俺の呟きは無視されて


「どうして?」


 ユウナギが問い詰める


「【復活の薬】は危険なの。

 世界を破壊しかねない」


「それは、でみおん」


「そう、ね。

 あの破壊者デミオンとは別の意味なの。

 あっちは物理的な破壊。こっちは世界の関係が崩壊しかねないの」


「………」


「実際、今も健康になる水は我が国がかなり買い占め始めたの。

 会社にも買収を仕掛けたの。

 でも、あの眼鏡。強いの」


 悔しそうな顔をするが


「そんなに危険かね?」


 俺は、あまり情勢に疎かった。



「なぁなぁ。狂墨。

 【復活の薬】? ってなんだ?」


「わたしの腕が無くなった<天神ダンジョン>の動画は見てるのよね?」


「ああ。何回も見たぜ?

 傑作だよな」


「しね。

 でも、わたしの腕はここにあるわよね?」


「ああ、そうだな。生えてる。義手でもないみたいだしな」


「現代に確認されているダンジョン産のポーションでは部位欠損は直せない。

 それに、現代最新医術でも、内臓の培養はいくつか成功れはあるけれど、指や腕の再現はできてないわよね。

 でも、わたしの腕はこうして動けるくらいに生えた。

 そう、その薬を使ったら、生えたのよ」


「その、薬をあいつは持ってるってことか?

 ますます興味が出たな」


「やめときなさい? ちょっかいを出せばカイリがキレるわ」


「それで、何回も怪我して帰ってきてるんですよ」


 と、呆れたように男が言って苦笑い。


「ちょ、わたしのケーキには手をつけないで。汚いわ。

 ああ、スパゲティをそんなに勢いよく吸わないで、染みになっちゃう」


 ズズズズッっとミートソーススパゲティを吸う長禅儀に、不快な顔を向けてから


「でもよ、そんな薬なんて、レア中のレアじゃないか。おれは一度も見たことがないが。

 それをお前さんに使ったんだろう?」


「そうね」


「カイリにもか?」


「そうなるわね」


「それで、研究機関に回すほど残っていたのか?」


「知らないわ! でも、瓶を投げつけられて全部飛び出て無くなったんじゃないかしら?」


「最初から別の容器に移していたとか?」


「あんな見事な装飾の瓶よ? 本物としか考えられないわ」


「でも、投げつけられた時、最大容量まで入っていたって確認はしていないでしょう?」


「それは、そうね」


「ふーん。面白いな。

 でも、これか? 健康になる水」


 と、長禅儀のバッグから取り出されたのは、封の開いていないペットボトル。


「なんで持ってるのかしら?」


「噂になってるからな。

 確認のために買うさ」


「これにあの男が関わってるのよね」


「もしかしたら、三宅さんが出したものが【復活の薬】だったりしませんかね」


「は??

 きったな!!

 想像したじゃねえか」


「それを、わたしはぶっかけられたのね? そういえば、黄色い液体だったかもしれないわ」


「本当かよ。

 水飲ませに行こうぜ? ジャスミンか? カモミールか? なんか小便出やすくなる紅茶があっただろ? 

 頼め頼め!!」


「いや、冗談ですって」


「………だとすると、わたしの腕の中にはあいつのおしっーー??」


「あーあーあー。汚いですって。ここカフェですから」


 他の客からの視線に敏感な男が話を切り上げた。





「あなたの家に入りました」


「空き巣!!」


「だれもいなかったはず」


「アタシの権力には逆らえないの。

 で、見たの。

 真っ黄色の液体がたくさんバスタブにあったの」


「本当に、入ったんだな。

 警察に言うか?」


「別に、何も盗っていないの。無くなっているものがあれば、アタシに請求していいの。

 本物を見たアタシにはわかったの。あれは全て【復活の薬】なの」


「ば、バレちゃあしょうがない」


「ところで、【復活の薬】って何?」


 ユウナギは、知らないっけ?

 

「ともー。こっち」


 と、腕を引いてカイリちゃんはユウナギを俺の上から退かしてから


「で? 俺を米国に連れて行っても何もないぞ」


「ミスター三宅が体内で【復活の薬】を生成すると噂があるの。

 定期的に、それを提供してもらう契約。

 米国に来なくてもいいの」


「む。……」


 こいとか言ったくせに。


「というか?

 体内で? 生成?」


「きいろい。

 ほらぁ。だんなー。やっぱりおしっこじゃん!!」


「ち、違うって。

 色がそれに似てるけど。

 違うって」


「才能は人それぞれなの」


「いや、俺は小便が薬になる才能じゃないって!!」


「それを確かめるためには、一度米国へ来ることをお勧めするの」



 返事は明日でもいい。とのことで、俺たちは解放される。

 せっかく真っ当に生きることを決めたのに。

 こうも邪魔が入るなら、【復活の薬】なんてすぐに手放すべきだった。


 カイリちゃんに憧れがあったときに、手渡しされたから。なんて理由でもって帰らなければよかったのだ。


 いや、今もカイリちゃんに憧れがあるけれども。

 

「かえるの?」


「うん。別に、アトリアナさんは俺の家に勝手に入ったらしいし。

 それは、福岡じゃん」


「それはそう」


 と、俺たちは仙台空港にタクシーで移動して


 空港で下りたとき。そこには、狂墨の姿もあった。


「どこまでついてくるんだ?」


「ど、どこでもいいでしょう?」


「いや、今から帰るから。

 お前たちの泊まる部屋はない!」


「なんでアンタの家に泊まる前提なのよ!

 わたしはホテルでもいいわよ!」


「ほらぁ。意地張らないのぉ。

 部屋は余ってるんだからぁ、寝るくらいはできるわよぉ?

 三宅さん、ベッドたくさんかったからぁ。余ってるしねぇ?」


 と。

 そういえば、安い方のベッド。

 結局開けてなかった。


「そ、それなら。

 泊まってあげてもいいわよ?」


「いや、ホテルなら、ホテル行けよ」


「な。どっちよ!!」


「俺は一貫して来るなと言ってるが!」


「いいわ! わたしが泊まってあげるって言ってるの!

 ねぇ、カイリ」


「こなくていい」


「最近よく絡むわねぇ?

 関わらないんじゃなかったのぉ?」


「そ、そんなの、どうでもいいでしょう!!」


「どうでもよくないんだよなぁ」


「ほら。お前たち。そんないちゃついてないで。

 こっちに運ばせたジェットをみろよ」


 長禅儀が声をかけてきて


「そうだった。

 プライベートジェット」


「私は普通の飛行機で帰る」


「え? 一緒に乗ろうよ」


 カイリちゃんの超禅儀嫌いがぶり返した。

 いや、元々から変わってなかったか。

 せっかくお話しできるくらい回復していたのに。


「あまり、あれをしんようしないでほしい。

 だんなー。

 あれはバケモノだから」


「そうよ。ケダモノ」


 あかねが自分の体を守るように腕を組んで


「変態よ!

 汚いし。

 どこをどう見れば、アタシがあんなやつに好意を持ってるの??

 おっぱい触られたんだけど!!」


「許せない!」


 ユウナギが才能を発動して翼戟を召喚しようとするのをカイリちゃんと一緒に止めてから


「まじで?」


「まじよ!」


「あかねーのそれにかちはない」


「あるから触られたのよ!!

 正面から、グニュっと行かれたわ!!

 持っていかれたのよ!!」


「ゆだんしてるから」


「は、早かったのよ!!

 ゴキブリ並よ!」


「い、いつ?」


 俺は驚いて。

 

「さ、さっきよ!」


 興奮しているあかね。

 抱き留めるようにユウナギはあかねを守っている。


 長禅儀を睨んで


「変態は殺すわ」


「むり」


「どうして? 私とカイリちゃんならいけるでしょう?」


「あれいがいはいける。

 わだいのでみおん? もいける。

 でも、あれはむり」


「まぁ、トップランカーだし」


「そうじゃない。

 あればもんすたーをたべて自分のものにする」


「食べる?」


「すてーたすをきゅーしゅーする」


「そんなばかな」


「それがあれのさいのー」


「え?

 こっち来る前に<筑豊ダンジョン>に行ったとか言ってたけど」


「もう、私たちにはたいしょできない」


「………。あかねちゃん。諦めた」


「なんでよ!!

 あの変態!! 野放しにしていいの??」


「いやあ。

 多分、ミサイル打っても死なないんじゃないかなぁ?」


 ダンジョンのモンスターには、現代兵器が全く効かないモンスターも存在していた。

 それも吸収しているとしたら、無敵だ。


「むしろ、おっぱいだけでうんがいい」


「そんな訳、無いでしょ!!」


 長禅儀。過去に何をしたんだ。

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