第39話 お尻 と お胸

 宮城県 仙台市 ホテル


 俺はベッドに腰掛けて、その横にカイリちゃんが座っている。


 隣のベッドにはユウナギとあかね。

 テーブルの方に佐々木さんが座っていて、立って壁に背をつけているのが長禅儀。


 扉の前にいて俺の方に姿を見せない狂墨と付き人の男。


 こうして、一室にSランカーと日本トップトラベラーが集まった。

 そのうち二人は、俺と深い関係にあったカイトを知っている。


「だんなー。落ち着いた?」


「逆に落ち着かないけれど」


 周りを見回して、全員が俺に注目しているのがわかる。


「カイトがカイリちゃんのお兄ちゃんだったなんてね」


「そう」


「俺は、あいつを殺した」


「そうじゃない。ころしてないよ」


 カイリちゃんが優しい言葉をかけてくれるが、俺は震える両手を見て


「生き残るのはあいつの方が向いていた。

 あれは、3月だ。3年前の」


 俺は、思い出したくもない過去を語る。

 カイトの妹と兄に聞かせるために。



●●●


 2028年 3月 <天神ダンジョン>


 学園の最終試験を間近に控えた日。


 俺とカイトは二人して<天神ダンジョン>前にできたカフェでお茶をしていた。


「今日は稼いだな。

 夕飯はかなり豪華に行ける。前哨戦だ」


「前祝だろ。明日で終わりさ」


「だな。まさか、おれがここまで残るとは思わなかったぜ」


「それは俺も思ったよ。

 お前の才能、戦闘向きじゃないしな」


「和。お前のおかげさ」


「もっと感謝しろよ」


 俺の才能は武具の強化。

 それは、誰の武器にも強化を付与できた。

 カイトが持っている得物にも付与して、上手く学園での成績を騙していた。


「このままパーティ組んでトラベラーしようぜ?」


「元々からそのつもりだろ。

 というか、お前は俺の才能がないと無能だしな」


「それは言い過ぎ。

 おれだって才能はあるからな?」


 カイトの才能は『視界強化』。

 それは、目に見える情報量が増えるだけ。

 見えないところは見えないし、モンスターの気配を感じることもない。

 つまり、目が良くなっただけだった。


「それは、果たして本当にあると言えるのだろうか」


 がっはっはっは。

 と笑うカイトだったが。

 時期に少し真面目な顔になって俺の目を見て


「明日は武器強化はしないでくれ。

 実際おれがどこまで行けるのか挑戦したい」


「それは明日の試験じゃなくて良くないか?」


「いぃや。明日がいい。

 むしろそうじゃないといけない。

 おれがもしそれで試験をクリアできなかったらそこまでだ。

 それでトラベラーを辞めようと思う」


「なんで突然」


「突然でもそうでもないさ。

 おれは向いてないならそれで別の道を探したいのさ」


 そういえば、カイトは実家がいやで全く別の地域に来たと言ってたな。

 元々は東京周辺に家があるとか。


「俺の才能は他人にも影響できるんだ。

 それを使ってもお前の能力だろう?」


「それは、どうかな?」


 悩むそぶりを見せるカイト。

 俺は、少し考えてから


「わかった。

 どうせ、5層へいくだけだしな。

 10層にも行ってるんだ。問題ないだろう」


 と、軽く考えていた。

 むしろ、武器の強化だけで能力が変動するなんて誰が思うだろうか。


 俺の強化の才能は高くはない。

 実感で1.3から1.5倍くらいだろうか? 

 実測したことがないので、なんともいえないが。

 その程度で実力が変わるわけがないだろう。


 そう思っていた。


「それで? 焼肉か?

 寿司か? おれはしゃぶしゃぶに行きたいが」


「なんでだよ」


 ツッコミながら。



 試験当日。

 俺はカイトの剣に手をかざしてから俺の才能を解いた。


「これでいいか?」


「ああ。少し。重いな」


「重さは変わらないだろ」


「そうか?」


 頭を捻りながらカイトはその剣を腰に直して。

 この時、俺の才能を本当に理解していなかった。


 装備強化とはなんなのか。

 本当に重さも変わるのか。


 最初から調べておけば良かったのだ。


「じゃあな。俺は先に行くからな。

 ゴール地点で待ってるぜ」


 カイトはそう言って俺に背を向けて手を振る。


 それが俺のみた最期のカイトだった。


 彼がどう死んだのか。

 どうなったのかは、知らない。


 ただ、カイトの剣が真っ二つに折れており、

 体がぐちゃぐちゃになっていたのを見た。

 顔は綺麗なままで、驚愕に目を見開いていた。


 

 後から気がついたが、俺の才能は攻撃力の強化だけではなく。

 重さ、防御力、耐久力、切れ味などに影響することがわかった。


 もしも、カイトの剣の強化を解除した時、耐久力がガタ落ちしていたとしたら?


 重さが変わることを知らなかったのは、俺は才能を解除したことがなかったからだ。

 一度も検証をしたことがなく、思い込みだけで攻撃力が上昇するだろうと思っていたから、ガード性能や切れ味に関係していたなんて考えたこともなかった。


 それに気がついた時。

 カイトは俺のせいで死んだのだと実感した。


 それがバレるのが怖かった。

 俺のせいで人が死んだのだ。


 今回の卒業試験では唯一の死亡者だった。

 それも、こんな低層で。


 誰も笑えなかった。

 カイトはムードメーカーで、俺より友達が多かったし、誰とでも仲良くなれた。

 ただ、才能に恵まれなかっただけで、俺なんかより圧倒的に価値のある人間だった。


 そんな彼を殺したのが俺なのだ。


 誰から責められるのか。

 彼の友人からどう殺されるのか。

 

 想像しただけで怖かった。

 逃げ出したかった。


 しかし、逃げたら逆に怪しまれそうだった。


 だったら、俺もカイトと同じように行動すれば誰も俺を殺さないだろうか?


 誰にでも声をかけて、仲良くする。

 積極的に問題解決に取り組むし

 宵越しの金を残さない


 真似をするだけじゃ足りない。

 俺がカイトになれば殺したことがバレないだろうか。





「だんなーのせいじゃないよ」


 頭を抱えて俺は黙り込む。


「だんなーはわるくない」


「そうだよ。旦那様」


「俺が実力を誤認させていたのが悪いんだよ」


「そうかもなぁー。

 そうか。あいつは変わらねぇなー」


 長禅儀は腕組みをやめてから一息ついて


「しかし、お前の才能がどうでも。

 実際頼りきりで自分で自主練でも何もしなかった奴が悪いさ。

 それに、お前は現場にいなかったんだろう?

 それは自己責任さ。お前が感じるなんて傲慢さ」


「傲慢」


 そう呟いて


「だが、お前はカイトを真似ていたのか?

 そんな変な性格も?」


 長禅儀の問いに、俺はどう答えるといいのか頭を悩ませる。


 実際、カイトの真似は長続きしなかったから。


「ああ」


「ぜんぜんにてなーい」


 妹にそう言われるとそうなんだろう。


「だんなーは、だんなーだから」


「そう。旦那様は会った時から旦那様だよ」


 でも、カイリちゃんと会ったのも、ユウナギと会ったのもこの半年のうちだ。

 俺は、本当に俺なんだろうか。


「でもぉ、本当にぃ、責任を感じることはないわよぉ?」


 佐々木さんが言って


「だってぇ、ダンジョンはぁ、自己責任がルールよぉ

 そこで亡くなったってぇ、自己責任なのぉ」


「…………」


 そう言われても納得できない。


「だんなー。きにしないで?

 あにーはかってにしんだだけ。

 だんなーのさいのーは知らないけど。

 だんなーのさいのーで、あにーのいきしにがかわるわけないから」


「辛辣」


「でもそーだし。

 すみーのさいのーならかわるかも。

 でも、だんなーはそうじゃない。

 そのていどで、じつりょくはかわらない。

 あにーはかってにしんだだけ。だんなーのせいじゃない」


 それもそうか。

 武器の性能が変動したところで、それを扱う人間のステータスが変動するわけではないのだ。

 カイリちゃんのいう通りなのかもしれない。


 だったら、俺はこの数年。

 何をしていたのだろうか。


 低層でお金を稼ぎ。

 それでその日暮しをして。


 人助けをして。初心者にも優しくして。


「そう、だといいね。

 少しだけ、すっきりしたかも。

 でも、俺はすぐに変われないから」


 大きなため息が出る。


「ユウナギ? たくさんあるお金をもう寄付してしまおう?

 今の俺には大きすぎてもう触りたくないよ」


「一時期の気分で行動すると後悔する」


「経験?」


「そう」


 ユウナギはうなずいて。

 でも、俺は辞めない。

 今まで、あまり考えなかったが。

 お金があっても仕方がないのだ。


 あぶく銭があっても俺は変わらない。


 




「本当ですか?」


 次の日、俺たちは東北大学の3つの研究室に口座にある金額の大半を投資した。


 というのも、寄付や譲渡しようとしたら、大学側から拒否されたためだ。

 何やら、教授の力関係や、大学間のいざこざなど。それに税金等あるので、俺はエンジェルとして研究所にお金を投資した形。



「3000億あれば一生遊んで暮らせるぜ?」


「一旦身軽になりたかったからね。

 カイリちゃんはお金のない俺は嫌い?」


「お金は好きだけど。

 今はだんなーの方が好き」


「私はお金の方が良かったけれど」


「ともーはりこん」


「いや。こんな短期間で離婚すると貰い手が居なくなる」


「ユウナギは大丈夫だろ」


「離婚するの旦那様?」


「する? しない?」


「かずくん。私と結婚する?」


「あかねとはそのままの関係でいたいな」


「そう。わかったわ」


 嬉しいのか、残念なのか。少し肩を震わせて。


「わたしって、どうしてここに来たのかしら?

 なんかどうでもいい話だけ聞いて、今日が終わりそうだわ?」


「どうでもいいって、

 結構重要そうな話だったじゃないです? 特に、三宅さんの才能って、研究しがいがありそうですね」


「武器の効果が高くてもそれが、1.5倍で増すならヤバそうね」


「そうなんす! 絶対、今の認識している才能よりやばいんすよ」


 盛り上がっている狂墨と男。




 所持金は【¥30,000,000】。


 あぶく銭はもう無くなった。

 これからは、まっとうに働いてお金を稼いで行こう。


 カイリちゃんとも、ダンジョンに挑戦していこうと思う。



 と、俺たちが大学から出ようと門に差し掛かった時だった。


 黒塗りのリムジンが止まって、そのせいで俺たちの足が止まって


「だんなー。リムジン買えば良かったのに」


「金銭感覚を戻すところから始めよう。

 今までが適当すぎたんだ」


 実際は、得た金額の1割がギルドの三宅名義の口座に振り込まれているが。そのことを全く忘れているのだった。


 ガチャりと、リムジンの扉が開いて、


「なんかデジャブだな」


「そうね。わたしも思ったわ」


 腕をくむ狂墨。

 いや、お前なんだがね。


 出てきたのは、金髪で碧眼。

 セミロングを風になびかせて。いい匂いがする。

 スーツを着た出で立ちで、その双眼で俺を見据える。


 彼女が俺たちの方へ歩き出して、

 カイリちゃんとユウナギが俺の前に出てくる。


「これはてきのにおい」


「ライバルね」


「あなたが三宅? ボスが呼んでるので来て欲しい。

 代わりにこの体をどうにでもしていいの」


 と、ワイシャツのボタンを外して、そこから見える豊かな胸とレースのついたブラ。

 が、ガシッと顔を掴まれて、そのまま後頭部から地面に激突。

 

「変態」


「えっちだんなー」


 なんだ。その新しいロボットの名前みたいな。

 金髪美人のおっぱいは、お嫁という防壁で見れなかった。


「へい彼女? おれといいことしない?」


 長禅儀の声がして


「もっと身なりを整えて欲しいの。

 汚い。汚物ね」


「だれ?」


「どうして、私のなまえを知ってるの?」


 そういえば、カイリちゃんもユウナギも三宅だったね。

 忘れていたが。


「アタシはアトリアナ・メルボン。

 アドミラル・インダストリーの日本支部に派遣されたの」


「へぇ。名前だけはぁ有名よぉ?」


「佐々木さん。知ってるの?」


「枕のリアナ。

 有名よぉ? 体でぇ、今の地位にいるみたいよぉ?」


 そうか。今俺はカイリちゃんとユウナギの尻しか見えないが。

 どちらもいいお尻をしている。


 それは置いておいて。


 アトリアナ。あのおっぱいはいいおっぱいだ。


「それでもアタシはやってない!!」

 

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