第38話 トラウマと 

11月14日 東北大学 宇宙工学部 ダンジョン研究科


「それで? なんでうちに?」


 学部長の佐伯が俺と向かい会って


「いやぁ。それは一番有名っていうか。

 すでにある研究機関よりも、学生に沢山投資したほうが思ったことやってくれるかなって」


「どういうことをさせたいんですか?

 答えになってないので……」


「旦那様は、宇宙の研究所を1から作りたいけれど、最初からある研究所に投資しても研究目標を設定できない事を悩んでる。

 だから、最初から作りたいって言ってる」


「はぁ」


「まぁ、そんな感じ。

 だから、お金は出すから俺は宇宙に行きたい」


「頭おかしいんじゃねぇの?」


「なんだ?

 あんたはどうなんだ?」


「オレはダンジョンで十分さ。

 まだまだクリアが見えてこないが、それが面白い」


 長禅儀が俺を見てから


「それよりも、最近ダンジョンでよく見るブヨブヨのよくわからんやつの研究をさせろよ。丁度いいだろ?」


「それは、俺が宇宙に行くのと関係ない」


「ほらぁ、三宅さぁん。

 地球外のなんとかってぇ、言ってなかったかしらぁ?」


「スタッフが、なにか言ってたような。気がするけど。

 生物学? 俺には知識がないからなんとも」


「はて。

 マックスのことですか?」


「は? マックス?」


 佐伯が首を傾げて俺たちの話に割り込んでくる。

 

「そうです。ダンジョン内で最近良く発見されるモンスターではないなにか。

 私達も独自に入手しまして研究を続けている次第です。

 そちらにも資金注入をしていただけると?」


「ほらな。

 いい機会じゃないか。そっちにも金かけろよ。

 どうせ使い切れない額あるんだろ?」


「それは、そうだが。

 研究機関の一般的な費用を知らん………」


「100億円程あれば」


「ユウナギ」


「はい。だったら」


 と、即その額を振り込んだ。


「はっ!?」


「はい。これでマックス? の研究の話は終わり。

 今日は宇宙の話をしにきたから」


「は、はぁ。

 では、何がしたいのか。を教えてくれますか?

 研究所というか、教授ごとに専門が違いますから」


「そうだなあ。

 俺を載せて宇宙に飛んで行けて、異星人と交流したい」


「そ、それはぁ」


 佐伯の顔には不可能。なんて文字が浮かんで見えて


「そりゃ傑作だ。

 バカにもほどがあるだろ」


「笑うな長禅儀」


「呼び捨てとは、こわいこわい」


 わざとらしい演技をしながら、

 まだ俺にひっついて顔をあげようともしないカイリちゃんをみてから


「カイリを変なことに巻き込むなよ~」


 と、部屋を出ていく


「どこ行くんだ?」


「散歩。オレも大学って初めてきたんだよ」


 がらら。と、扉が開かれて姿を消す長禅儀。


「邪魔者は居なくなった」


「長禅儀さんですか。

 珍しい名字ですよね。もしかして?」


「そう。トップランカー」


「サインもらわないと」


 佐伯が俗っぽくつぶやいた。



「宇宙旅行ですか。

 それを一般的に普及させるとなると、かなりの金額がいりますよね」


 佐伯の話をまとめると、


 ・一般人の宇宙旅行はまだ先になるだろう。

 ・宇宙船の開発には最先端技術を詰め込んだ宝箱のようなもので、ここじゃなくても一機を作るだけで100億は軽く超えるだろう。

 ・そもそも、学生にそんな大金を使っても経験が足りない


 と、夢物語だと一蹴した


「だったら、1000億円?

 くらい打ち込むか」


「!?!?!?」


 佐伯の顔色が変わる。

 青白く、驚愕。化け物を見たような顔だった。


「税金とか。そこらへんって、俺よくわからんけど。

 会計マンがやってくれるでしょ」


「そうね。

 旦那様の言う通り。私も宇宙に行きたい」


「あの、くそやろうはしんだ?」


「あ、カイリちゃん」


「どうして私のまえにかおをだせるのか。

 しねばいいのに」


「カイリちゃんが怖い!」


「うわぁ。カイリ。めっちゃ嫌ってるじゃん。

 これまでに無いくらい。怒ってる」


「そう? 私にはわからない」


 ユウナギがあかねに聞いて頭をかしげる。

 確かに、カイリちゃんは怒ってる声音だが、あまり表情に出ていない。


「あれはごみ。

 それは、どうでもいい。

 だんなー。なんであんなやつとしゃべるの?

 りこんかいぎ」


「嫌だ。じゃあもう喋らない。

 無視する。

 離婚なんて無理」


「それでもいい。私が一番嫁になる」


「お嫁に順番は付けてないって言ってるだろ?」


「3番と4番」


 と、あかねと佐々木さんを順に指さすユウナギだが

 強く佐々木さんに睨まれて「ひぅ」と声を上げて縮こまった。


「長禅儀と、カイリちゃん。何か関係があるの?

 なんか、長禅儀の野郎。兄貴とかほざきやがって」


「そう。あれはあにーのともだち」


「カイリちゃん。お兄ちゃんがいたの?」


「そう。だんなーもしってる」


「え? 知らないけど?」


「しゃしん。みた」


 俺が持っている写真なんて二枚もない。

 それを見たということは


「カイト…………?」


「そう、それがあにー」


「えっと、コーヒー入れましょうかね」


 佐伯が空気を察してキッチンまで逃げた。


 俺も口が乾いてきた。


 カイリちゃんをよく見ることが出来ない。


 一種のトラウマだった。


 あまり、掘り出されたくない話。

 頭を掻いて。


 大きく深呼吸。それでも、俺の心臓はバクバクと止まらない。


 脈拍が上がる


「だんなー?」


 俺にひっ付いているカイリちゃんが俺の変化に一番に気がついて

 

 冷や汗が出てくる。それをカイリちゃんが自分の袖で拭いながら。


「はぁ。はぁはぁ」


 うまく息が出来ない。

 呼び起こされる記憶。


 あのとき。


 俺が間違わなければカイトは生きていた……かもしれない。


 何度も何度も考えて、そのうちに忘れた。

 というより、記憶の奥底に封じ込めたのかもしれない。

 無意識のうちに。

 思い出したくなかったそれの蓋が、意図しないカイリちゃんが開けた。


「どうしたの?」


 俺の顔を覗き込むカイリちゃん。

 俺は強くカイリちゃんを抱きしめて、息を整えようとする。


 佐々木さんとあかねは何も出来ずに見ていて、ユウナギは俺に水を差し出してくる。


 呼吸が落ち着くまで数分はかかっただろうか。


 既に元の席に佐伯が居て、コーヒーが人肌くらいには冷めていたときに意識がはっきりした。


「……むりしないで。

 わすれて」


 カイリちゃんの心配そうな声。 

 ユウナギが俺の後ろからギュッとしてくれる。


 豊かな胸が後頭部に押し付けられて、それが感じれるまでには戻ってきた。


「ごめん」


「えっと……1000億円のお話は、後日ということで??」


 佐伯が嬉しそうな、残念そうな複雑な顔をしながら


「そうねぇ。体調がぁ、優れないようだしぃ。

 また後日でぇお願いしてもいいかしらぁ?」


「あ、はい。いつまでこちらにいらっしゃるんですか?

 都合を付けて準備をして連絡をさせていただきます」


「これ、私のこれに繋がるから」


 と、あかねがユウナギの言われるままポケットから取り出した紙を佐伯に渡す。


「わ、わかりました」


 俺は、その話が終わる前にふらつく足取りで部屋を出ていく。

 カイリちゃんは俺を支えてくれながら

 「ごめん。ごめん」って誤りながら。


 ■

 

 大学の正門から出たとき、タクシーが目の前に停まる。


 そこから出てきたのは


「見つけたわ!! あら? 既に瀕死だわ!! 

 これはラッキーよ。止めをさそうかしら!!」


 俺たちの目の前に腕を組んで現れたのは狂墨だった。


「ひまじん」


 カイリちゃんがジト目で見て


「今日の朝までダンジョン籠もってたんですけど」

 

 と、小声で狂墨の後ろにいた男がため息を着いて


「な、なによ佐々木」


「本気でぇ、体調がわるそうだからぁ、明日にしたらぁ?」


「べ、別にこいつに用があったんじゃないからっ!!」


「なに顔を赤くしてるのかしらぁ」


「してない!!」


 俺も見たかった。

 だが、今は歩くので精一杯だった。

 

「なにしにきた? だんなーはいまじゅーしょー」


「長禅儀は? 一緒にいるんでしょう?」


「あれはしんだ。ごきぶりといっしょにたたいてといれにながした」


「そりゃあ、いっつも黒いトレーナーに毛玉付けて小汚いけれど。

 でも、そう言われるとゴキブリに似て無くないわね。

 いや、ゴキブリかも」


 うんうんと、頷く狂墨。

 俺はこいつが理解できない。


「そうか。オレはゴキブリか」


「そうよぉ。残念だったわねぇ」


 背後で長禅儀と佐々木さんが


「ちょ、長禅儀!?

 そうよ。別に私が言ったんじゃないからね。

 カイリよ。カイリ!!」


「ごきぶりよりうんち」


「お? ソッチのほうが可愛いよな」


 あかねに同意を求める長禅儀。

 

「ぜっんぜん。どっちもキモい」


 ガチトーンに長禅儀は落ち込んでから


「それで? どうして狂墨がここにいるんだ?」


「別に、大した用はないわ!!」


 デーンと効果音がなりそうなほど、はっきりと。

 胸を張って狂墨は言った。

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