第36話 世間は狭い?
「姐さん。まだ行くんですかい?」
「そうよ。
まだまだ潜るわ」
「どうしてそこまで」
狂墨と付き人の男以外は全く喋らない。
それでも、狂墨はいいと思っていた。
コミュニケーションは余計だと。
カイリと佐々木と別れたあとから、何もかも思い通りにならなくなった。
すると、彼女らの才能を当てにしていた自分が嫌になる。
こうなると、長禅儀のように単独で発動する才能が自身にあればよかったと思う。
【復活の薬】という、万能の薬で今まで呪われていた才能が、自身の思うように作り変えられたのだと思っている。理想が具現化したのだろう。
何倍にも効力が上昇した才能だったが。
それは、一人よりもパーティメンバーとダンジョンを攻略しているときのほうが圧倒的に効率がいい。
悔しながらも、狂墨は一人になれないでいた。
パーティに課せられた魔石のノルマは既に達成しており、これ以上深い階層に潜る場合は、他のメンバーが足を引っ張る。
今回の臨時パーティは、魔石の回収がメインのクエストであるために、狂墨と付き人の男以外は戦闘は得意ではない。
「どうせなら、もっと魔力の強いものを回収したいじゃない?」
「それで人が死んだら元も子もないですよって」
「私が居るのよ? そんなわけないじゃない」
と、半年近く前の出来事をもう忘れてしまったのだろうか。
パーティメンバーの二人が死に、狂墨よりも単独戦闘力の高いカイリが瀕死になったあのユニークモンスターの出現に。
「何その顔。
不満があるなら帰れば?」
「そうしたら、弱体化するのはお互いでしょう?」
狂墨の才能はメンバーの人数とその個人戦闘力の大きさで何倍にも変わる。
こんなダンジョンの真ん中でメンバー人数が変わると、その分戦力が落ちる。
「ふん。わかるなら着いてきなさい?」
最近は猪突猛進が顕著になった。
戦果を欲して、生き急いでいるようだった。
「知りませんからね」
と、狂墨が先頭に、メンバーたちはかなり嫌な顔をしながら着いていく。
階段を降りて下の階層にたどり着いて
「また居る」
「研究はあまり進んでいないようですよ」
「邪魔」
ブヨブヨの死体。
この階層に降りて、その数は倍以上になった。
モンスターもそれを避けているようで、狂墨は蹴飛ばすと、弾け飛んで体液を散らす。
それでも、ダンジョンに吸収されず、まだ生命活動をしているのだろうと考えられた。
「まだ増えますよ」
もう一匹も蹴り飛ばして遠くへ飛んでいく。
ギャン。というモンスターの鳴き声がしたが、それ以降気配がなくなり。巻き込まれて死んだのだろう。
「あれは、無視が一番ね。何もない」
「無視するにしては道に居すぎでは?
帰りません?」
降りてきてすぐだが、視界に入るダンジョンの細い道には横たわる死体もどきが沢山おり、避けていくには狂墨の背後に居るトラベラーたちでは足元が悪く、モンスターと戦闘はできなさそうだ。
これ以上降りるとしたら、Aランク以上の戦闘に向いたトラベラーと来るべきだろうと思ったが。
「行くわよ」
「だめだこりゃ」
◎
「ここが<天神ダンジョン>ねぇ」
長髪の黒。
全身ずんだれた服を着て、ダンジョンに挑戦するような格好では無いことは明白で。
大阪から南のダンジョンでは一番攻略が進んでいることから、<天神ダンジョン>にはかなりのトラベラーが居た。
その中で、この男は浮いていた。
「さぁて、お手並み拝見」
■
その日、博多ギルド会館に持ち込まれたドロップ品を見て、ギルド全体が湧いた。
Sランクの魔石。
<天神ダンジョン>だけではなく、全国的に珍しい最高評価の一品。
それが、この<天神ダンジョン>でもドロップするのかとトラベラーたちの熱が上がる。
「これをどこで?」
「250層くらいかな」
「にひゃく?? まだ100層くらいしか攻略されていないはずでは?」
ぱっとしない男がホラを吹いているのかと、受付の女性は笑って。
「さぁね。
とりあえず、筑豊? ってどこ?」
「博多駅があるでしょう? そこの8番線に乗ってください。
ダンジョンに行くのでしたら、新飯塚で降りてバスで田川方面へ行ってください。
今は、結構<筑豊ダンジョン>は盛り上がっているみたいですよ」
「そうだよね。
その噂も確かめに来たのさ」
「へぇえ」
受付の女性はもう興味を失ったのか、男の後ろに並んでいたトラベラーの対応をはじめた。
▲
男はその場違いな巨大なビルを見上げて
「どうしたんだい? 入学希望者ですかい?」
そこには、<筑豊ダンジョン>の担当となったスタッフの姿がある。
彼は、黒い服を着乱して居る男に話しかけて
「ん? ああ。べつに入学してもいいけど。
オレより弱いやつに教えを請うことはないな」
「Aランクのトラベラーも居ますし、元Sランカーの………
って。
長禅儀!?!?」
「呼び捨てか? 田中」
「なんでここに? って、お前なら丁度いいかもしれん。
この<筑豊ダンジョン>。
かなり難易度が高くてな。カイリさんでも5層で面倒そうにしていた」
「へぇえ。
カイリでも。
じゃあ、オレ以外は攻略できそうにないよな。
もしかして、オレの専用ダンジョンだったりしてな」
「そう思うなら、一回挑戦してみればいいさ。
とりあえず、今日は泊まるだろ? 暗いしな。
僕の部屋使うかい? 三宅さんから用意してもらったけど、広すぎて」
「そうだなー。
三宅っていうのか」
「あっ!?」
長禅儀の声音が変わったことを感じ取ったスタッフは口を抑えるがもう遅かった。
「色々、福岡が騒がしかったんで来てみたけど。
田中も関わっていたとはねぇ。面白くなってきたな」
「まぁ、名前が知られたって問題ないよね。
カイリさんと結婚しているって、有名だし」
「それだけじゃないよな。
このビルも。最近の健康になる水? それも。
別府のトラベラーになろうアトラクションも。
最近のトラベラー関連の中心にはカイリが居るって話でな。
そうすると、その相方も居るだろ?」
「そりゃ。当然だけど」
嫌な予感がするスタッフ。
「デミオンは最近は落ち着いているが、その周辺も騒がしくなりはじめた。
米のアドミラル・インダストリーって知ってるか?」
「まぁ、名前というか。有名じゃないか。
この日本にもかなりの部分で依存してるところがある」
「この前な。
莫大な金が動いたんだ。
うん千億ってな」
「っ!?」
「その顔。知ってるな?」
青ざめるスタッフ。
一昨日、暇になって自慢しに来た三宅が言っていた。
「【復活の薬】ですか」
「おー。
知ってるじゃないか。
三宅だろ?」
「な、なななな。違います。違いますとも」
「いや、隠さなくっていいって。
べつにどうこうするつもりは無いしな。
とりあえず? 挨拶かな? 妹が世話になってるってな」
「妹、妹。
ユウナギさんですか?」
「誰だそいつ」
「あかねさんでしょうか?」
「違うなあ」
「まさか、佐々木さんってわけじゃ」
「違うだろ」
「カイリ、さんです、か?」
驚いたように
「まぁ、幼馴染って感じかな?
チビのときから面倒は見てたさ」
「知らなかった。
カイリさんもそんな話は」
「まぁ、兄貴が死んでからはあんまりオレとも話してないなぁ」
「兄ですか?
カイリさんにお兄さんが居たとは」
「まぁ、どっちかってぇと
兄貴とオレが同じくらいの歳ってことで遊んでたな。
その妹がくっついて来てたって感じか?」
考える素振りをするスタッフ。
そういえば、僕は友達が少ないから知らなくて当然か。と。
「まぁ、オレも福岡に来るのはカイリの兄貴が死んで墓参りに来たぶりか」
「お兄さんはトラベラーだったんですか?」
「まぁな。
全く才能に恵まれなかったが。
というか、トラベラーになる前に死んだかな」
「というと、育成学校ですか?」
「そうだな。
オレはそんなところに行かずとも最強だったが、あいつは違ってたな。
オレに引け目を感じたのか。知らんが、勝手に福岡まで行きやがって死んだ」
「そ、そうですか」
「あいつは、頭がおかしい奴でな。
金金うるさかった」
「そんな人も居ますねぇ」
「『金は使わんと意味ないんや』とか言って、カイリにも洗脳してた」
「はぁ。
でも、三宅さんもお金は使ってこそ! とかほざいてますよ」
「カイリはそこに惹かれたんかなー?」
「違うと思いますよ」
「あー。悪い悪い。
思い出話とか、オレのキャラじゃない。
そうだ。
このビルが学校なんだろう?
オレが採点してやろう」
「日本一のトラベラーから評価いただけるんですね?」
「というか、どうしてオレに敬語を使う?
タメでいいだろう?」
「あれ? 敬語使ってた?
ん? 職業病かもしれん」
●
11月6日 福岡県 自宅
「カイリちゃーん」
「なに?」
リビングでテレビを見ていたカイリちゃん。
こっちを向いて
「俺。宇宙に行きたい」
「エバは?」
「研究機関を作るにはどうすればいい?」
「えー。私にきかないで」
と、ふいっとカイリちゃんはテレビに戻った。
宇宙戦争とか言いながら、基本的に地上戦しかしないセーバーを振り回す映画の再放送。
「やっぱり、俺自身が専門家じゃないといけないかな?」
「旦那様。
ほら。こっちみて」
ユウナギは、体にぴっちりと張り付いているテラテラした全身を覆う赤いスーツを着ていて
「エバパイロットが来てるやつ」
「エッロ」
そのスタイルを全面的に押し出すコスプレ。
カイリちゃんの舌打ちが聞こえる。
「俺、宇宙にいきたい」
「旦那様は宇宙だよ」
「違う」
「あらぁ。
珍しくぅ、悩んでいるようねぇ」
エプロン姿でコードレス掃除機を片手に
「ほらほらぁ。カイリ。邪魔よぉ」
と、掃除機でカイリちゃんを転がしながら
「会計マンはぁ、居ないのぉ?」
「あれは、今忙しいみたい。
ミヤケーランドがやばいって」
会計マンいわく、第二号ランドも考えるほどの人気盛況ぶり。
健康になる水も、かなりの売上で。
一部が俺の口座に入金されているが。
目玉が狂いそうな程の金額が変動しているのが分かっている。
「友達が少ない」
「それは残念。嫁で満足して」
うわーんと。ユウナギに抱きつこうとしたら、それをヒラリと躱されて。
「そっちに転がってる方にして」
「………カイリちゃーん」
カイリちゃんのお腹に顔をうずめてハスハスする。
「うげぇ」
「ほらぁ、掃除のお邪魔よぉ」
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