第34話 ミヤケーランド 開園

「あ、お疲れ様です」


 肩で息をしている会計マンを出迎えて


「いやぁ、早速電話が来たから何かと思いましたけど。

 まさか県外にまで出張する羽目になるとは思いませんでした」


 2時間でやってきた。

 距離的に見るとかなり早い到着だった。

 この鶴見の湯に来るには30分ほどの山道を歩くのだから。


 博多ギルド会館にいたとして、あの電話の後すぐに出てきたとしても、かなり急いだのだと思われる。


「それで? なんで自分がここに呼ばれたんですかね??」


「まずはこっちにきてください」


 連れて行くのは温泉の入り口。


「はあ、気を遣ってくれているんですか?

 ちょうど、汗をかいたので流したかったんですよね」


 と、ネクタイを緩めながら暖簾を潜って


「ちょ。待ってください」


 服を脱ぎもせずに脱衣所を通過して行く俺たちを見て焦る会計マン。

 歩きながら服を脱いでいたようで、既に半裸だった。


「ほら。こっちです」


 浴場の中。

 サウナの扉を指した俺は、マッパの会計マンを見た。


「最初はサウナですか。

 通ですね」


「女将、ガン見しないでくださいよ」


「えぇ? だってぇ」


 と、恥ずかしげもなく女将は会計マンを見ている。

 この女将、果たして年齢は幾つなのか。


「オレは下がってる」


 無職男が一歩引いたところで会計マンを見て


 ガチャと、サウナの扉を開いた会計マン。


『ゴォォォォ』


 トラがいた。


「でっか」


「しゃちょよりでっかい」


「女将、あんまり見ない方がいいですって」


 平門が女将を引っ張って浴場から出て行く。


「あ、あああー」


 と名残惜しそうな声を最後に、ピシャッと扉が閉められた。


 同時に、サウナの扉が閉められて、


 全裸の会計マンは俺に向き合って


「少し、話しましょうか?」


「了解です」






「あれは、なんですか?」


 スーツを見に纏い直した会計マン

 俺の横に大将と女将。

 平門と呼ばれた片手のない男は、仕事に戻った。


「ダンジョンです」


 答えたのは大将で


「トラ?」


「そう。ペットです」


「テイマーですか?」


「召喚士です」


 と、代わりに俺が返答した。


「召喚士ですか。

 トラベラーのランクは幾つですか?」


「知りませんよ」


 女将がけろっとした顔で


「??」


「あのダンジョンに入ったら才能を貰ったの」


 うふふと笑う女将に

 ため息をつく会計マン。


「あのダンジョンは出現してどれくらいなんですか?」


「い、いや。自分には解りかねます」


 頭を搔く大将。

 

「一週間くらいかしら」


 と、可愛らしくウインクしながら女将が会計マンに愛想を振りまく。

 あ、会計マンの方のソファに座り直した。


 横について腕を組んでから


「奥さんはいるのかしら?」


「女将さん。その左手の指輪は」


「こんなのいらないわ」


 指輪を外して捨てる。

 チャリーンと床に弾んで転がって行くそれを追いかけるのは大将だった。


「自分は独身で彼女はいません。

 はい。それで。

 なんで自分が呼ばれたんですか? ダンジョンの報告なら調べたら番号があるでしょう?」


 そっちに電話してくださいよ。と、女将からメガネをグラグラされながら、それを鬱陶しいなとふり払って。

 会計マンは席を立つ。


「ここはそんなに有名じゃないらしい」


 俺が言うと大将が席を立つ


「失礼な!

 最近ではネットで「健康の水」が売れてきたんだぞ!!」


 と、怒る。


「健康の水の出処はここですか。

 消費者庁から詐欺商品だと一般周知され始めてますので、やばいですよ」


「なに!?!?!?」


「そんなときは、これを振りかけて」


 俺はポケットから【復活の薬】を取り出す。


「それだと本当に健康になりますね。

 次期ロットからよろしくお願いします」


 会計マンが軽く流したが、

 それに食いつくのが大将。

 自身の手掛ける商品が国から目をつけられていると知って気が気じゃないのだろう。


「それで。

 三宅さん。続きをお願いします」


「ここにはダンジョンができた。

 別府では唯一らしいぞ」


「そうですね。

 来るときに軽く調べましたが、あまり大分県にはダンジョンは多くないみたいですね」


「そこで、俺はここをダンジョン体験アトラクションにしようと思う」


「アトラクション? ですか?」


「休憩所でもいい」


「真逆ですけど」


「とりあえず、ここはあまり難易度が高くない」


「それは<筑豊ダンジョン>で馬鹿になったのでは?」


「それもあるかもね」


「でしょう」


「まぁ、いいや。

 とりあえず、このダンジョン周辺の山を買い取って開発する」


「えっと。どうしてここですか? 

 正直福岡県内にはまだ手付かずのダンジョンはたくさんあるんで、そっちをお願いしたいんですけど」


「ここは、温泉がある」


「で?」


「あるからだ」


「はぁ。それだけですか。わかりました。

 少し時間をもらいますよ。調べます。

 今日はここに泊まりますから、よろしくお願いします。


 と、いうより。

 カイリさんが見当たりませんが?」


「ああ、カイリちゃんはユウナギたちとどっかいった」


「逃げられたんですね。ご愁傷様です」


「そんなはずはない!!」


「待て!! ここにカイリちゃんがいるのか!?!?」


 部屋に突入してきたのは無職男。


「カイリちゃんとはどんな関係なんだ!!」


 会計マンに詰め寄る無職男。


「三宅さんとカイリさんは結婚しています」


「!?!?!?!?!?!?!?!??!?」


 血の涙を流しながら、無職男が俺を見た。




「俺は、お前を、殺す」




 部屋を出て行った。

 なんだ、あの男。ずっと聞き耳立ててたのか?


「あ。ダンジョンに誰か来たみたいですよ。

 追い返していいかトラちゃんが確認してきたんですけど」


 女将の声。


「どうせあいつだろう?

 死なない程度に見張って貰うことはできますか?」


「りょーかい」


「あの」


 声を出したのは大将。


「もしわけないです。

 ご料理は予約制になってまして、今はカップ麺しかないんですけど」


「別府に来て、温泉も入らず、カップ麺。

 なんだこれ」


 と、会計マンはため息をついて頭を抱えた。


『もしかして、べつの女の子とあそんでるの?』


 ポケットが震えた。

 俺も背筋が凍るような感覚を覚えて

 それが、カイリちゃんからの電話だと認識するまで数秒を要して

 その間、無言の圧。


 電話に出た。


「あ、もしもし」


『いまなんじー??』


 時計を見て


「8時」


『いまどこ?』


「えっと。

 なんて説明すればいいか」


「もういる」


 背後からはっきりとした肉声。

 それは電話越しではない。


「どうして」


「じーぴーえす」


 カイリちゃんに続いて、ユウナギと佐々木さんと倒れ込むあかねがいた。


「ここ、食べ物、ないよ」


 何を言えば良いか分からなかった俺は、大将が会計マンに言った言葉を伝えて


「かばんのなかに、かっぷらーめんがある」


「そっかぁ」



 


 次の日の朝、俺たちは同じ部屋に集まって会計マンが算出した計算結果を見ていた。


「この山周辺の価値は、2億円前後ということで。

 まぁ、すでに所有者との交渉は終わりましたので、1億8千万円でした。

 どのくらいの規模か全く聞いてませんでしたので、大体チバニーランドくらいの大きさと考えてすでに買いました」


「チバニーランドの大きさってよく分からんけど」


「東京ドーム10個分くらいです」


「それもよく分からん」


「まぁ、三宅さんが不自由ないくらいですよ」


「じゃあ良いや。

 それで? 土地で2億円って、想像より行かなかったな」


「というより、道の舗装や商店ですか? 建物建設の方がかなりかかります」


「お、お任せで」


「こればかりは、少しビジョンを聞いておかないとわかりませんよ。

 実際、全く理解できてませんので」


「ど、どうしよう」


「どうしてぇ、ここに土地を買ったのぉ?」


「何も考えてなかった」


「最初はぁ、何を考えてたのぉ?」


 佐々木さんの問いに俺は頭を捻って


「ダンジョンがあるから、後温泉があるから。

 なんかできないかなぁーって思って」


「別府だし、観光ついでにトラベラーになるツアーをしましょう」


 ユウナギが提案してくれて


「じゃあそれで」


「???」


 会計マンの頭には目に見えるほどのはてなマーク。


「えっと?

 つまり、<筑豊ダンジョン>みたいなことですか?」


「あっちは、学校」


「???」


「あ、ほら。

 才能が得られるツアーでもしましょう?」


 無職男もそうだったが、ダンジョンがなければトラベラーになることは難しい。

 それに、ダンジョンがあっても難易度によっては<筑豊ダンジョン>のように挑戦することすら難しい場合もある。

 

 それによって、トラベラーは首都圏に多く、地方の田舎には少ない現象がある。

 それが、都会以外の開発の遅れと、田舎の人員不足を招いている。


 田舎の人間が気軽にトラベラーになる機会を作れば、良いんじゃないか?

 

 なんて「今」思った。


 と、会計マンに伝えたところ


「わかりました。

 努力しましょう」


 俺はとりあえずの資金として学校と同じくらいの30億円を会計マンに渡した。



 10月21日 大分県 別府市 鶴見の湯


「三週間くらいで形になるもんだなぁ」


 最初は鶴見の湯(ダンジョン)から麓までの道路の整備をした。

 ユウナギが木を切り飛ばしてカイリちゃんが切り株を抜いてくれたので、かなり楽だった。

 会計マンも、そこが1番のネックだと言っていたので、一瞬で終わったことですぐに工事に入った。


 それから、鶴見の湯本館の改良が始まった。

 今までの10倍の人間が寝泊りできるほどの大きさになり、別館まで建った。


 鶴見の湯の源泉は、ダンジョンのある元の位置から少し離された。

 サウナが入り口だったダンジョンは扉が外されて、分厚い門が置かれた。


 これは、東京のダンジョンの出入り口に使われている特注品を取り寄せたものだった。


 そうして、鶴見の湯の本館に併設する形で、博多ギルドオンライン受付を配置した。

 これで、ドロップ品の買取や、クエストの受注などもできるようになった形だ。


 ツアーの中で、オンライン受付をしてダンジョンに入り、もしも才能が手に入った場合は半年の期間のうちに博多ギルド会館へ正式な登録をすればトラベラーになることができる制度を、会計マンの主導ものとで導入された。




「三宅さん。これを」


 受け取ったものは、小切手。


「これはアイデア料とスポンサーからです」


「????」


 QRコードを読んだところ、俺の口座には50億円が入金された。


「なんでぇ?」


「オンラインや、このやり方は他のダンジョンでも応用が効く可能性があります。

 そこに出資したスポンサーたちからです。一応政府も噛んでます」


「いや、俺、やるって」


「大将さんは、ここで大きくなった【ミヤケーランド】を頑張って運営するそうですよ」


「なんだよ【ミヤケーランド】!!??」




 「健康の水」

 密かに人気になり始め、品薄で転売などが横行し始める。

 理由は至極簡単だった。

 本当に健康になるからだ。


 腰や足の悪かった老人たちが、健康の水を定期購入していた老人ホームで飛び跳ねて走り始める現象が起きたからだった。


 さらに、マスターズ世界陸上80歳代の部の一人が世界記録更新を樹立して発言したことが発端で一般人たちにも知られ始める。


 この水の入手場所は「別府」だった。

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