第30話 とりあえず帰宅
アドミラル・インダストリー・ユニオン。
米国に本社を置く、ダンジョンから採掘される魔石や素材を加工してトラベラーに貢献している第一工場受託工場。
魔石からエネルギーを取り出し、米国全土に提供しているエネルギー産業のトップも兼ねており、ダンジョンから得られるほとんどをグループ企業が占めている大企業である。
グループ全体の雇用者数は全世界で1,000,000人を超える。
その全世界に存在している役員が緊急で召集されたのはこれで2度目だった。
「どうして事が起こる前に止められなかった?」
画面の中の会長の咆哮に役員たちは萎縮する。
「申し訳ありません」
謝るのは南アメリカ支部を任せられているアトリアナ・メルボン。
若くしてダンジョンから「分析」の才能を得てこの地位にまで上り詰めた。
本社からもかなり手塩をかけてもらいながら成長し、ゆくゆくは幹部になるだろうと目されている若手である。
しかし、チリと新興国の間で起こった「大量殺戮」は、大きなマイナス点をつけられるだろう。
「フィツ・ロイ地方なんて田舎、全くマークしていませんでした。
その周辺のアグハ・サンの山にダンジョンが出現したのは存じてましたが、そこで武力衝突なんて」
「言い訳は聞きたくない。
このアドミラル・インダストリーの支部長が情報戦で負けるのは、大きな意味があるのがわからないのか?」
「も、申し訳ありません」
だが、新興国の情報なんて、存在くらいしかわかっていないのが本音である。
正直正式名称を知っている者のほうが少ないだろう。
「そもそも、そのダンジョンを巡って、声明が出されていただろう?
なぜ注目していなかった?」
「いつもどおり、チリが折れて終わるとばかり」
この役員5,000人は居るだろうか? その誰もが同じだと思っていただろう。
だから、アトリアナを責めることができないでいた。
「しかし、スタッフは確かに10人送っていました」
「それで?」
「デミオンの『量子砲』以降連絡が付きません」
「その前に予兆などあったのではないか?」
「本当に。本当に、何もなかったんです」
「………だが、本当にわからんな。
しかし、現地の民間人以外にもアドミラル・インダストリーの社員。つまり、USSA人が巻き込まれて戦死してしまった。ということか?」
「死亡したかどうか、現在確認にフィツ・ロイ地方へチームを派遣しています」
「わかった。
では、アトリアナ。まずは、南アメリカ支部を解任する。
全てに置いて注意を払うべきだった。この経験を糧にし次につなげるように」
「はい」
次を与えてくれることに驚きとともに、胸をなでおろした。
全くのノーマークの紛争で、トップトラベラー「デミオン」が出現するなど、誰が予想できたか。
「そうして、本題に入る」
5000人もの前で説教をされたアトリアナはもうこの会議から抜け出したかった。
画面の隅っこで小さくなって影を薄めることに努力する。
「おそらく、米国は【ジャスティカ聖公国】へ非難の声明を出すだろう。
そうして、戦争が始まる可能性がある。いや、チリに対しての援助を強化するだろう。そこで、我がアドミラル・インダストリーの売り込みを始める。
これがなにかわかるか?」
会長の手にあった小瓶の中。
少量の液体がチャプンと揺れた。
「噂になっているーーー?」
誰かのふと口から出た言葉。
「【復活の薬】の原液だ」
アドミラル・インダストリー・ユニオンは当然日本にも支部が存在している。
日本はダンジョン研究の第一国ということで、米国の技術を持ってして先端技術等遅れている部門も存在した。
ベンチャー企業がある投資家から得た伝説の【復活の薬】を、その会社ごと買い取ることで米国本社にも「原液」が研究対象として回ってきたのだ。
そう、圧力をかけたのがこの会長本人であるが。
日本の小さい研究所よりも遥かに高度な研究所を米国内に作り提供した。
やはり、この半年間研究していた経験は、その論文レポートよりも役に立つ。
たったの20mlしかないその【復活の薬】を。
「噂は本当だったというわけだ。
実際に、実験として四肢欠損で瀕死のトラベラーに使用し、見事にすべてを取り戻した」
画面に映る各国の役員たちの顔色が変わったのがわかった。
「量産すれば戦争は変わるぞ」
なんて、会長は笑って。
「だが、全く再現できん」
結論はシンプルだった。
まだ、研究に本腰を入れて1ヶ月。
構造は全くの未知の領域。
「あのー。
その前にいいですか?」
「許可する」
「【ジャスティカ聖公国】??
ってどこですか?」
チリの戦争相手の正式名称だった。
●
9月15日<筑豊ダンジョン>
「いやー、壮観ですね」
ダンジョンの目の前に建てられたビル。
「でも、どうしてこの名前なんですか?」
「かっこいーから」
「センス皆無だけど」
「ともーのほうがだせぇ」
「いや、どっちもどっちだったけど」
「「だんな(様)ーはもっとない」」
カイリちゃんとユウナギの声がハモって。
【私立セント・ヴィレリア学園】
名前の割に、東京にあるビルをそのまま移植したような姿をしている。
全身ガラス張りで太陽光を反射している。
30階建てのビルであり、しかし、それしかない。
ポツンとビルがダンジョンの前に聳え立っている。
シュールだ。
というか、田舎に全く馴染んでいない。とても違和感でしかない。
「でも、30億円出すだけでいいの?」
「だけってぇ、額じゃぁないけどねぇ」
「国がもう30億円を支援するそうですからね。
合計で60億ですよ?」
「私のほうがおーい」
「それは、そうですね」
会計マンは俯いて、すぐに俺の方を向き直してから
「しかし、三宅さん。すべてを放り投げていいんですか?」
「そりゃあ。
俺にトラベラーのイロハなんて教えられないしな。
金を出して名誉だけもらってあとは、はいって感じ」
「旦那様。
日本の国立育成学校は教育者がいないから」
ユウナギの指摘に、俺はうなずいて
「ごもっともなことを言うね。
でも、ここはダンジョンの真横。しかも高難易度だよ。
高位のトラベラーに攻略してもらいながら、休みの日に講師としてね」
「まぁ、かなり無理難題ですけどね。
1層でも強いモンスターはいますから。下手すると命に」
心配そうな会計マンをよそに。
「それは、パワーレベリングだよ。
レベルが上がれば、何でもできる」
俺は自論武装する。
「そうですかね?」
「きっとそう」
「あと、たれんと」
カイリちゃんが付け加えて。
結局、そうだ。才能がなければ死んでしまう。
そうでないなら生き残る。
宵越しの金も何も持たなかった俺の友人のように。死んでもその残滓すら無くなって人から忘れられるだけ。
「でも、ここには金があるから。
依頼として高位のトラベラーが護衛しながらやればいい。
それに、命の危機があった方が強くなるんじゃない?」
「ほらぁ。身勝手なことぉ、言わないのぉ」
「だんなーがおかしくなったー」
「そう。旦那様。
ダンジョンは危険って教えないと」
「俺だって、言いたくないけど。
育成学校と差別化するんだよ。俺は、最後、親友が死んでダンジョンの危険を実感したから」
それは、カイリちゃんも佐々木さんにもわからないかもしれない。
と思ったが。
「そう。そうか。そうかも。
だったら、からだがまっぷたつになればいい」
カイリちゃんと結婚するきっかけは、特殊なモンスターにSランカーが襲われたからだった。
それで、カイリちゃんは体の肉が半分以上削げ落ちて死にかけていた。
「そうだ。
【復活の薬】をたくさん使おう」
「それいーね」
カイリちゃんが踊り始めて
「何それ」
と、ユウナギが聞いてくるので
「伝説の薬」
「どうしてそんな話になるの?」
「持ってるからね」
「??」
「あかねに持ってこさせよう」
「部屋から出てくるのぉ?」
「来なかったら追い出す」
「この学校に住み着きそうねぇ」
佐々木さんがビルを見上げて
「ざーこがやくにたたーん」
カイリちゃんのかなり強烈な言葉。
「でもぉ、危険よぉ?
【復活の薬】ってかなり少量でぇ、50億円になったんでしょぉ?
あかねちゃんに持ってこさせるのは流石にねぇ」
「うーん。
じゃーかえる?」
「それもそうだな」
「旦那様の家。私の家」
ユウナギはふむふむと妄想しているようで。
「ああ。では、あとは任せてください。
と、言いつつ。ここは田中さんに任せて自分も一度福岡本部に帰らないといけないんですが」
「よーし。
かえる」
カイリちゃんの号令で俺はタクシーを呼んで
「れっつごーほーむ」
●
一ヶ月半のホテル暮らしが終わって、その日の陽が落ちる前に自宅に帰り着いた。
「げげっ!?
帰るなら帰ってくるってれんらくいれなさいよぉーー!!」
リビングの扉を開いたところで、下着姿のあかねが居た。
大きなテレビにはゲーム機が接続してある。
リビングはかなり散らかっており、所々にお菓子の袋が散乱している。
その光景を見た佐々木さんが目の奥を光らせて
「あかねちゃーん??」
「な、な、ななな。
たすけてーかずくーん!!」
佐々木さんに追いかけられるあかねが逃げながら俺の方へ
仕方がないなぁ。と思いながら受け止めようとしたら
俺の脇を抜けてリビングから抜けていった。
「なにしてんの? だんなー」
「あかねちゃん、半裸だったけど。
旦那様。どんな関係なの?」
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