第29話 50倍の戦争

「約束はきちんと守りましょう」


「はい」


 俺は貸し会議室の隅っこのほうでこじんまりとして


「私にも仕事がありますので、夕方とか言わないでどうせなら明日に回してほしかったんですが」


「あ、いや。

 俺もね。起きようとしたんだけど。

 したんだけど、寝てしまった。

 何を言ってるかわかんないと思うけd-ー」


「わかりますよ? 二度寝はとても気持ちがいいことくらい自分も分かります。経験あります。それでも、一度起きて眠る前に、一言くらいメールをくれても」


「げきおこ会計マン。

 はいわいろー」


 カイリちゃんの懐から出てきたのは、万札の束。


「まって、本当に賄賂じゃん」


「そういってる」


「えっと?」


「きょうのできごとをー、すべてわすれーる。

 がっこーのおはなしがくるのはあしたのあさー」


 帯にまかれた万札の束。おそらく100万円だろうか?

 それを上下にゆらゆらとさせながら、会計マンの顔の前で


「くっ、屈しませんからね!!」


 とか言いながら、会計マンは受け取ってそれをポケットに入れた。


「こ、これは三宅さんからの個人的なアドバイザー料です。

 そういうことにしておきます」


「副業大丈夫なの?」


「私は実際、公務員というよりフリーランスに近い働き方をしていますので」


 仕事はよくわからない。

 実際、学校を卒業してトラベラー業を主にして稼いできたし、それは仕事という感覚ではなくて、生活の一部だったから、つらいとも何も思わなかったけれど。


 会社に所属する、フリーランスになる。話は聞くけれど、実際何なのかわからない。


「じゃーわすれた?」


「えー、自分はどうしてこの会議室にいるのでしょう。

 どうして自分の前に三宅さんが正座しているのでしょう。

 ほら、立ってください」


 手を差し伸べてくるが、説教のようなことをされて早10分。

 足がしびれてしまって動けない。


 それを察してか、カイリちゃんが近づいてきて


 膝の上にドカッと座って


「くおっ!?」


「はいおしおきー。

 私なんかいかおこしたー」


 カイリちゃんは俺とユウナギと違って酒を飲まなかった。

 

 今は18歳からアルコールが飲めるように法が改正されているので、カイリちゃんも飲めるとは思っているが。

 それとも、酒にめっぽう強くてあんまり酔わない体質なのだろうか??


「ごめんって」


「ともーもしんだ」


 ユウナギは今も寝てる。

 頭が痛いと水を枕元に置いて放置してきた。


 そういえば、こんなときに【復活の薬】でも使えばよかったかもしれないが。


「じゃあ。またあしたで」


 カイリちゃんはそのまま、会計マンに手を振って。

 俺は、上にカイリちゃんが乗ったままで。


「では、またあしたの朝9時位でいいですか?」


「あ、了解です」


 俺はそう返事して、会計マンは貸し会議室を出ていった。





「私はかってにかぶをしている」


「なに? 突然」


「いいにゅーすとわるいにゅーす。

 どっち?」


「え? なに?

 聞きたくないんだけど」


「そう。私はてきとーにかぶをはじめた。

 ささきーともおもしろはんぶんでやっていた」


「そういえば、佐々木さんは今日見てないけど」


「ささきーがやらかしたから」


「なに? めっちゃ怖いんだけど。

 聞かなくてもいい?」


「べつにいい。

 たぶん、だんなはべつにどーでもいーとかいうとおもう」


「言わないけど。

 株? もう思い出したくないほど大量のお金を使ったってこと?」


「そう。とりあえず3おくえんをつかった。

 たぶん、はんつきくらいまえ」


「ということは、こっちに来てから?」


「そー。

 まず、いちばんたくさんおかね入れたところがとーさんした」


「え?」


「たぶん2おく。

 ささきーはにげた」


「え?」


「私もきょうしった。

 だいしっぱい。おしおきしていーよ」


「いや、現実感がないけど」


 そういえば、筑豊ダンジョンに来る前に、【復活の薬】が50億円で売れてなかったか?


「じゃーいい。

 それで、いいにゅーす。

 私がとーししてたほうがなんかあがってた」


「へー。どのくらい?」


「50倍」


「は?」


「50倍」


「は? いくら位?」


「5000まんが50倍」


「!?!?」


「あと、せんそーがはじまった」


「なに? その一大事!?」


「おととい? きのう?

 あかねーとげーむしてたときー」


「何かあったかな?」


「なんべーでダンジョンのけんりもんだい?? でばーんって」


「え? そんなの知らないけど」


「会計マンにきこう?」



 さっき出ていった会計マンが10分間のインターバルを経て貸し会議室に戻ってきた。


「えっと。なんでしょうか」


「せんそーがはじまった」


「はぁ。

 お耳が早いですね。でも、ただ単に国境付近にあるダンジョンがどっちの国の資産なのか、どちらとも主張して結果武力衝突になっただけの、単純なお話です。

 すぐ終わりますよ」


「田淵さん。それは楽観視し過ぎでは?」


 と、呼んでもないスタッフ(田中)がやってきた。


「楽観視。とは?」


「今までは紛争とか、外国では珍しい話ではないのはそうです。

 それに、経済的に弱い立場のダンジョン資産はとてつもなく重要なものになります。ですが、これまでは目立った戦力は使用されてきませんでした。

 しかしですよ? 今回の肝というのが」


 少しだけ、スタッフがためて。

 俺とカイリちゃん。それに会計マンを見渡した。


「この戦争の中心に、トラベラーが居る。という事実です」


「…………」


「それって」


「才能(タレント)が、兵器として使用されました」


「やばくない?」


「そうです。かなり、やばかったりします」


 だが、俺は話を戻して。


「え? カイリちゃん。それが株式50倍となんの関係が?」


「トラベラーのはなしはしらなかったけど。

 せんそーで、もうかるのはせんたんへーき」


「物騒だけど。

 それも、そうかも知れない」


「それで、50倍」


「でも、昨日今日で50倍ってヤバすぎない? ありえるの?」


「ありえないですけど。

 株なんて高くなりすぎると一旦止まりますし??

 それに、50倍って株所持している人が一気に買い占めたんでしょうか? どういう原理で50倍になったのでしょう??」


 頭を捻るスタッフと会計マンだが。

 彼らがわからないなら俺がわかるわけがない。

 事実、俺の学歴は高卒だ。多分トラベラー育成学校が専門学校扱いだと思うが。


「そうすると、またお金が増えたんですか? 三宅さん」


「あー。そうなりますねー」


「えー。私のおかねー」


「何に使うの?」


 興味本位で聞いてみた。


「??」


 小首をかしげるカイリちゃん。

 腕を組んで


「かぶ」


 ああ。こうやってギャンブラーがまた一人増えていくのか。

 





 <日本国攻略院>

 魔法少女カイリが実質引退をしてしまい、日本国のトラベラー戦力は半減したと言っても過言ではない。

 Sランカーを牽引していた実力者のもうひとり、魔女佐々木も現在は活動休止中。


 トラベラー活動が自由だとはいえ、世界的にも有名な2人がほぼ同時にいなくなり、攻略院は混乱を極めた。


 そこで、現状攻略院トップの狂墨主導のもと新たに5人を選定した。

 申請<日本国攻略院>は7人となり、活動を初めて直後にそれに遭遇する。


「量子砲!?」


 『デミオン・ハバジッチ』の得た才能の名称。

 指定の任意の方向へ真空を発生させそこに超加速させたビームを放射するだけの才能。

 規模はデミオンの調整次第であり、世界的にも有名なチリのトラベラー。


 戦略院内でも仮想敵として扱われて久しい。


 それが、地上で使用されたらしい。

 その情報が入ってきて、円卓に座る新・攻略員の5人は目に見えてうろたえる。


「落ち着きなさい。

 我が国に対してではないわ。

 特に警戒はしておくに越したことはないけれど」


「クルスの言う通り。

 オレたちは戦力を見込まれてここに居るんだ。一人ひとりがデミオンに匹敵する」


 ここに居るのは大半が若い。

 平均で20歳程。

 いちばん年齢が高い男は、カイリや狂墨が所属する前から居るがそれでも26歳になったばかり。


 名を『長禅儀 和朋』という。

 彼の才能はクルスのように仲間を強化して超人にするようなタイプとは全く性質が違うが、強化タイプのトラベラーである。

 敵を殺せば殺すほど、その力、能力を吸収し自分のものにしてしまう才能。


 すでに、渋谷ダンジョンでは彼単独で、カイリが所属していた時点でのSランカーが攻略していた階層の優に2倍の深度を攻略していた。


 圧倒的な1位。不動の頂点。

 彼が、「君たちは強い」と攻略院のメンバーを評価すれば自信になる。


「カイリがいればよかったのだけれど」


「結婚したんだろ? 新婚さんに出張ってもらうことでもないさ」


 落ち着いている長禅儀。

 狂墨はそれに内心でムカついていた。

 メディアに全く露出しないせいで、彼の評価は全くの無風。

 

 だが、対して狂墨はまだネットでは叩かれ、パパラッチが増え。

 ストレスで髪が抜け始めていた。


「だが、オレたちができることなんて傍観だけさ」


「それも。そうだけれど」




 アルゼンチンの国土にあった都市がダンジョンで発展し国として独立してはや15年。チリと面している山に大きなダンジョンが出現したのが半年前。

 トラベラーで発展した国である通称『南ゼンチン』は、才能を積極的に研究しており、それを戦争兵器として使用していた節がある。


 トラベラーを人間兵器にしている国に対して、世界統合政府機関に属しているチリは見過ごすことはできず。


 最終的にどう行った展開だったのか情報がないが「量子砲」で二山程消し飛ばされ、ダンジョン周辺の地図が書き換わったらしい。


「世界の裏側の出来事だけれど。

 でも、これは良くない展開だということはわかるよね。

 才能は兵器になり得る。

 人間派が増えそうだなぁ。これからオレたちの立場が厳しくなった」


 人間派。

 トラベラーが持つ才能を良しとしない、人間第一主義のグループ。

 日本でも活動していたが、表立った問題はほとんどない。

 今回の戦争で、一気にこの日本でもトラベラーと戦争を結びつける輩が増えるだろう。そういったグループにどう対処してくか。

 これも、攻略院のイメージ戦略だ。


 今までは、カイリ、佐々木、狂墨のメディア映する偶像(アイドル)がいたが。

 それももはや存在しない。


「難しいですね」


 円卓の男の一人がつぶやいて。

 狂墨は、これからのことも考えて唇を噛んだ。

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