第25話 黒酢
結婚式とは。
特にこれといった山場なんてないし、ただ単に牧師の前で愛を誓いあうだけだった。
淡々と進んでいき、俺とカイリちゃんは本当に結婚してしまったのだ。
「これでほんとうのだんなー」
「本当に結婚してしまった」
コンシェルジュ会計マンはいつの間にかカイリちゃんの戸籍を福岡県に移動させており、それによって俺とカイリちゃんは戸籍上でも夫婦になってしまった。
推しアイドルと結婚するなんてファンからすれば血の涙がでそうだが。
それもこれも、時の運の神様のおかげだ。
そうして、びっくりなことに。
俺にはもう一人の嫁ができてしまった。
名前を、ユウナギ トモという。しかし、俺の籍に入ってしまったのでミヤケ トモになってしまった。
だが、俺はユウナギとあえて呼ぼう。
「本当に愛を誓えますか?」
重婚を経験したことがないだろう牧師の前で誓いの言葉。
「はい」
と、ユウナギ。
「多分」
と、俺。
牧師は俺に軽蔑の目線を向けてきて。それでも進行してくれるのでやはりお金は偉大だ。
「では、誓いのキスを」
ウェディングドレスのベールを上げて、真正面から初めてユウナギの顔を拝見する。
うわ、まつげ長。肌が綺麗すぎてやばい。
薄い唇だが、艶があって、それがヌッと突き出されて
俺も、覚悟を決めてブチュっと。
さっきカイリちゃんともしたけれど。
キスって、人によってこんなにも感触が違うのかと。
唇がくっついた瞬間に、見開かれるユウナギの瞳。
大きく、漆黒色をしている。夜空のように光が煌めいていて、吸い込まれそう。
「あむぅ」
俺の唇が吸い上げられる。
吸盤のように。舌が無理やり俺に入ってきて驚愕。
ビクッと俺の体が跳ねて、一歩下がる。
チュパっと、盛大な音を鳴らして離れるユウナギ。
「なっ!??!!?」
「キスとは、こういうもの?」
「さっき見てたじゃん!! カイリちゃんの!!」
「口の中の動きは全く見えてない」
「そ、それもそうか」
納得する俺。
「あの、キスしてぎゅってして終わりなんで」
牧師が俺を睨んだ気がする。
いや、気の所為だろう。神の使いである牧師がそんな人欲にまみれたことなどするはずがない。
「ほら。旦那様。はぐー」
両手を俺の方に向けて、ユウナギは歩いてくる。
「まぁ、それくらいは」
ギュッと。
カイリちゃんにはない触感がある。
ムミュンと押し付けられている。
「ほら。旦那様。
これは今日から旦那様のものよ」
「何か本でも読んだの? 何に影響されてるのかな?」
「ババア共が」
「田舎の山姥たちめ」
だが、それを教えた本人はここにはいない。
結婚式の出席者は、俺とカイリちゃんとユウナギと佐々木さんと会計マンとスタッフの、計6人。
それ以上、というか、ユウナギの家族は離れて住んでいるらしく、筑豊ダンジョンのある田川には4時間かかるとのこと。
こんなに交通の便が発達した時代に4時間とも思うが、実際に都会は魔石の恩恵があり発展するが、田舎は30年前と大して変わっていない部分のほうが多い。
<筑豊ダンジョン>がこうやってほとんど放置されている現状からもわかるように、圧倒的にトラベラーが足りておらず、資源もまだまだ手付かずの状態だ。
「じゃあ、とりあえず終わり。
披露宴に行きましょう」
会計マンの手配した披露宴にはかなりお金をつぎ込んだ。
その額800万円。
もっと入れてもいいと言ったが、こういった類の催しは実は天井があったりする。
俺が「カイリちゃん復活祭」と題して行ったイベントは実のところ青天井であって、いろいろな有名人が来たり、出し物、屋台をたくさん並べたり。そういうところで散財できるが。
結婚披露宴など、会場代は決まっているし、料理もコースだし、式場スタッフは有限だ。どれだけお金を積んでも、解決しないこともある。
これでも、相場の2倍以上を出して高速で準備をしてもらったのだ。
「披露宴って、誰を呼んでるの?」
「ババアとジジイ共。
ここらへんではお世話になってるから」
「お世話になった人にほとんど他人の俺を紹介するのか。
旦那として。
俺、殺されないかな」
「そのときは、私がまもるからだいじょうぶー」
と、カイリちゃんはカタログを見ながら。
式場では、引き出物として呼んだゲストにプレゼントとして送る、来てくれてありがとうカタログが存在する。
それをどこからか入手してきたのだろう。
「だんなー。これいい」
と、見せてきたのはペアのパジャマ。
高級ブランドの製品らしく、かなりの上物。
「私もそれでいい」
「えー。だんながいつも2まいきるのはあつくるしーよ」
「片方捨てればいいじゃない」
「だんなー。どっちをすてる?」
カイリちゃんは、自分とユウナギを指してから。
なんだ? 結婚して早々に離婚なのか?
「いや、選びたくないけど。
カイリちゃんは、早く家のダンボールを片付けてほしい。
パジャマとか、動物のやつ買ったとか言ってたけど、着てるの?」
「あー。いっしゅうかんくらい前にどどいてたきがする。
あけたかなー? どうしたかなー? じゃあ、ぱじゃまはやめとくー」
「それがいい」
「じゃあ、これで」
と、ユウナギが指すのは紅茶パックの詰め合わせ。
「それでいいんじゃない?」
俺が答えるが、
「それは、おもしろくないよー。ねーだんなー」
「いや、俺は面白さなんて求めてないけど」
「面白いと言ったらこれ?」
黒酢。
「どうして?」
「健康を気にする歳じゃないけど気にしてみた」
「うーん。3点」
「何点満点?」
「1万点」
「ひっく」
「くそじゃん」
いつの間にか、披露宴会場に着いていた。
ガチャリと扉を開けて
「ああ、新郎様、ご新婦様方、まだ会場には入らないでください」
と、式場スタッフが駆けてくる。
「なんでー?」
カイリちゃんの純粋な疑問。
「えっとですね。段階というか、流れがありますので」
「ながれなんて、どうでもいいよー。
おなかへったー」
と、腹をさすりながら。
なんか、純白ドレスを来たままそんな動作をされると、ニヤニヤしてしまうな。
子供ができる行為なんてしたことないが。
「ああ、えっと。どうしましょう。
どうすればいいのでしょう??」
と、式場スタッフがあわあわと右往左往しながら。
「別に流れなんて気にしない。
特に、呼んだ人もどうでもいい、基本他人だもの」
とぶっちゃけるユウナギに、式場スタッフがぽかんと動きが止まった。
というか、何ならもうカイリちゃんもユウナギも結婚式をして満足していた。
披露宴の準備だけさせて、もう帰りたそうにしているのがありありと伝わってくる。
「かえる?」
「それもいいけど、ユウナギはご両親呼んだんでしょ?」
「まぁ。呼べと旦那様が言ったから仕方がなく」
「というか、驚かなかったの?
挨拶って、俺とユウナギ。昨日というか、会って12時間も経ってないけど」
「問題ない。
魔法少女が認めるなら、人柄は問題ない」
「だめだよー。だんなは私をかんきんしてはずかしめる」
「そんなことした覚えないけど」
「されましたー」
ぷいっとほっぺたを膨らませて。
それでも、監禁なんてしたことないが。
したのはカイリちゃんだろう。あかねを部屋に閉じ込めて。
「このまえも、はだかをみられたー」
「夫婦だったら普通じゃないの?」
「?? ふつうじゃないよ」
と、頭おかしいぞこいつ。みたいな顔をするカイリちゃん。
俺も、時々カイリちゃんがよくわからなくなる。
「でも、ちゃんと結婚したから、今日の夜は私は初夜を迎えるんだわ」
頬を染めるユウナギに
「そういえば、まだだんなーにしょじょをあげるのわすれてた」
「そうだね。貰ってない」
「くそ。あかねーに先を越されたか」
「え?」
「まって、変な誤解を呼ぶ言い方をしないで!」
真っ黒な目で見られると怖いから。
ユウナギは、説明を求めるように俺に圧をかけるよう。
「あかねとは本当になにもないし、あいつ部屋から全然外に出てこないから」
「そのへやに、いりびたってるだんな」
「いや、スマ○ラ面白いし。あいつゲームクソうまいから」
「そのふらんくなよび方むかつく。
私のことちゃんづけしかしないのに」
「それは、カイリちゃんは神々しいし。
というか、実際憧れてた人と、どう接すればいいのかあんまりわからん」
「べつに、いままでどおりでいいよ」
「旦那様。
今から私のことも、トモちゃんと」
「ユウナギは、ユウナギで。
もっと仲良くなってからで」
「じゃあ、今日の夜からで」
「んと??」
「それはずるい。
だんなー。ここでおしたおしていいよ」
「それは俺が社会的に死ぬ」
「しんでもみすてない」
「私は夜でいいや」
俺は心労で倒れそうだ。
●
8月6日 渋谷ギルド・Sランカー専用会議室
「佐々木が結婚?」
「いや、カイリちゃんの方です。佐々木の魔女は動きなしですよ」
狂墨はバリバリと頭をかきむしりながら。
ボサボサになった髪はかなりの量が床に散らばる。
「誰も彼も。口を開けばカイリカイリって。
なんなの。もう」
「仕方ないじゃないですか。
カイリちゃんほどの索敵能力のあるトラベラーがいないってわかっただけでもいいじゃないですか」
「それは、どうでもいいの。
そうじゃない。
何? 結婚? そんなのわたし、できないわ!!」
「いやぁ、しようと思えばできるでしょう」
「だめよ。わたしが結婚すれば、日本に外国が攻めてくるもの」
「そんなことないと思いますがねー」
「今は、カイリも佐々木もいない。
わたししかいないのよ? 攻略院って、どうしてそんなに無責任な人が多いのかしら??」
「だったら、クルスさんも手を抜けばいいんですよ」
「だめよ。ありえない。
わたしは日本の守護者だから」
「今は全国民から嫌われてますけどね」
「それは! カイリとあの男のせいよ!!」
「あの男って、よくわからないんですよねぇ。
動画でも後ろ姿しか写ってないですし、それに、少し乱暴でしたけど伝説の薬を投げて、結果みんな回復したわけじゃないですか。
クルスさんが恨んでいるのは、なんかわかんないんですよね」
「わかって。この気持ち。
わからないと駄目よ」
「だって、自業自得って言ったらそうじゃないですかー」
だが、あの悪態一つで、どうしてここまで嫌われないといけないのか。
別に、人に暴力を奮ったわけでもないのに。
「あの男がなにかしてるんだわ。
とにかく! 今カイリはどこにいるの?
明日はそこに行って、クソ男にクレーム入れるんだから」
「それより先にやることあるでしょー」
「駄目よ」
なにが。と男は思ったが、この状態の狂墨を放おって置くほうが危ないなーと、いつもながらに思って。
新幹線のチケットを3人分手配してから、端末で情報を検索して
「なんだか、カイリちゃんも佐々木の魔女も今、<筑豊ダンジョン>にいるみたいですねー」
「どこ、そこ」
「福岡県の、真ん中? くらいの山の中ですよ。
石炭とかで有名で」
「八幡製鉄所ね。知ってるわ」
「いや、違いますけど」
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