第23話 筑豊ダンジョン

「帰宅」


「おかえりー」


 一緒に帰ってきたカイリちゃんが返事をして、靴を脱ぎ散らかしてから駆け足で自分の部屋に行ってしまった。


「ああ、お帰りなさいぃ」


 と、エプロン姿の佐々木さんが出迎えてくれて


「今日はぁ、お鍋を作りましたよぉ」


 と、ニッコリ笑顔。


「やったね」


 もつ鍋。大量のホルモンを投入して煮る鍋料理の一種。

 俺も郷土料理に詳しくないからよくわからないが、福岡県の有名料理だ。


「それと、明日暇?」


 と、俺は佐々木さんに尋ねてみると


「時間はあるけどぉ、お掃除とお洗濯しないとぉ」


 と、人差し指を口元に充てて考えるようにして


「じゃあ、昼くらいから出かけよう」


 俺は風呂場のほうへ歩いていく。


「はぁい。

 あ、上着預かりますねぇ」


 脱いだ上着を佐々木さんが預かって、俺は下着姿になって


「じゃぁ、晩御飯の準備しときますねぇ」


 風呂場の入り口で別れて。


 下着類を洗濯かごに入れてからバスルームに入場


「おそーい」


 と、先客がいた。


「なっ!?」


「せなかながしてー」


 カイリちゃんの小柄な背中。

 細い線で描かれているようで、触ったらポキッと折れそうだ。


 しかし、こんな細腕、小さい体でも俺より何倍も力が強い。


 ダンジョンって不思議だな。


「?? だんなー。

 はやくー。さむい」


 と、体を震わせながら俺に顔だけを向ける。


「あ、ごめんごめん」


 湯船にたまったお湯を桶ですくって、バシャーっとぶっかけて。


「ぶはーっ!!」


 頭からお湯をかぶったカイリちゃん。

 驚いて跳ねるように俺に体当たりして


「はなで! いきしてるときに! 水かけないで!!」


 と、涙目で訴えてきた。


「ご、ごめん」


 平謝りするしかなかった。

 考え事をしながらやるべきではなかったな。と


「……………ぶはっ」


 俺は、正面からカイリちゃんを見てしまって鼻血が出た。


「あ、だんなのえっち」


 カイリちゃんは控えめな胸を隠しながら。

 

「でも、べつにだんなならいいし」


 なんて言いながら、すとんと最初座っていた椅子に座りなおして


「はやく、せなかながしてー」


 と、ちょっとだけ声が上ずっていた。


 



 次の日、俺とカイリちゃんと佐々木さんとスタッフを連れてタクシーに乗り込んだ。


「なんで自分がいるんでしょうか?」


 疑問を投げかけてくるスタッフに対して俺は


「同じ国家公務員からのご指名だよ」


 と、メールを見せた。


 会計マンからのそれで、要約すると「スタッフを連れて筑豊ダンジョンに来てください」とのこと。彼はすでに前日から前乗りしているらしい。

 ということは、昨日の税金やらなんやら話してすぐに出発したのだろうか。


「なんでぇ??」


 スタッフはタクシーから外を見ながら、さながら無理やり連れ去られる侍のようなセリフを吐きながら。


「筑豊? 田川?

 歴史の授業で聞いたことがあるわぁ。八幡製鉄所ぉ? があるところよねぇ」


「そこは北九州」


「九州ぅ? それってどこぉ?」


「ていこくのよこ!」


「どこだよ」


「さがていこく! さいきんはぞんびぱにっく」


 カイリちゃんは情報端末を扱いながら俺にその画像を見せてきた。


 佐賀にあるCランクダンジョンから怪物があふれてきた!

 なんてニュースになってた。


 実際、福岡に住んでいる俺にとっても佐賀は少し影が薄い存在だった。


 カイリちゃんた東京都民は佐賀なんて知らないだろう。

 

「北九州は、福岡で二番目に大きな街です。

 かなり前の戦争で武器を作っていたので空襲されるほど有名でしたね。

 そこにエネルギーを供給していたのが筑豊炭田です。その入り口が今やダンジョンになってしまってまして」


 スタッフが解説気味に話すが、実際佐々木さんはよくわからないという顔をしていて


「あ、地図を見ながらのほうがいいですか?」


「いいわぁ。別に場所がわからなくてもいいものぉ。

 二回目があるとしても一人じゃないものぉ」


 と、俺を見てから。


「まぁ、俺はこれから何度か来るかもしれないし」


「私、ラーメンたべたい」


「ほぉ、カイリさん。いいところに気が付きましたね。

 筑豊ラーメンとは、福岡ラーメン戦国県の中でしのぎを削る一つです。

 確かに、全国的には博多ラーメンが有名かもしれません。

 しかし、福岡県にはそのほかに筑豊ラーメン、久留米ラーメンといくつか種類があります。

 自分の中では久留米、筑豊、から大差で博多と、良いほうから並びます」


「へー。

 一番有名な博多ラーメンが一番下なんだ」


 俺が少し話題に食いついたと思ったか、スタッフが、目を輝かせて


「そうなんです!」


 とすごんできた。


「福岡のラーメンは基本的に豚骨スープがメインです。

 味の好みは人それぞれですが、豚骨が最も濃ゆいのが久留米。こってり油ましである人からすれば臭いとまで言わすのが筑豊。そして、一番あっさりしている博多。

 自分はやはり、久留米ラーメンが一番でーーー」


「はいはい。これから先は戦争よぉ」


 と、佐々木さんは止める。


 タクシーの運転手がミラー越しでスタッフを殺しそうなほどの目つきでにらんでいた。唇には血が流れた跡があり、嚙み切ったのだとわかる。

 親の仇というほどに憎たらしいという気概が伝わってきた。


「ふん。久留米の良さがわからない奴と話し合えはしない!」


「だが、一番受けがいいのが博多ラーメンばい。

 世界に進出して、ラーメンといえば博多! って知らんのか?

 世間が狭か」


 タクシーの運転手が堪えられずに口を出してきた。


「何がわかるってんですか?

 たくさんラーメンを食べてきましたけどね。

 博多のどこのラーメン屋も味が薄いんですよ。お湯を入れすぎてるんじゃないですか? それとも、タレを出し惜しみでもしてるんじゃないですかね?」


「そりゃあ、久留米に染まったその舌で博多のラーメンば食べてもそうかもしれんね。でも、ちゃんと味わえば一番が博多って理解できるっちゃ」


「てんかいっぴん」


「「 !? 」」


 その単語で、二人の舌戦が停まった。


「じろうけい」


「「 ぐっ 」」


 身じろぎをして、タクシーが揺れる。安全運転をしてください。


「しょうゆ」


「「  ………  」」


「みそ」


「味噌ラーメンなんてラーメンは存在しない!!」


「そうだ!!」


 意気投合してしまった。





 そうしているうちに、いつの間にか201号線にたどり着いて、田川に降り立った。

 

「ここが、人里離れた<Aランクダンジョン>か」


「人里は別に遠くじゃないけど。

 ただ、田舎で人が少ないだけばい」


 タクシーの運転手に、これで。と数枚の万札を握らせて


「おつりはいいですよ」


 と帰した。


 一度はやりたかったセリフだ。


「たりた?」


 カイリちゃんが尋ねてくる。

 この前は、「おつりはいいです」なんてかっこつけて降りていくと、カイリちゃんが「たりないけど」と、お金を数えて足りない分を払っていた。


 かなり恥ずかしかったので、今回はメータを見てそれよりも多いお金を支払ったのだ。


「足りたよ」


「ここがだんじょんねぇ。

 一見ただの洞窟のような感じしかないわぁ」


 と大穴だが、佐々木さんはそれを見上げながら。


「あ、ようこそ。

 三宅さん、カイリさん、佐々木さん。それに、田中さん」


「だれ?」


「そうだそうだ」


 俺とカイリちゃんは突然現れた会計マンに


「田中さんですよ? 一緒に来られたんでしょう?」


 と、スタッフを指して


「ああ、スタッフの名前か」


「だれかとおもった。でもスタッフのほうがキャラがある」


 田中って名字は確かにありふれている。

 だとすれば、あだ名のほうが通りはいい。


「じゃあ、スタッフで行きましょう」


「ちょ、田淵さん!!」


「ってだれ?」


「そうだそうだ!」


 俺とカイリちゃんはスタッフの口から突如叫ばれた名前に


「えぇ? 田淵さんでしょう? かなりお金のやり取りをしたって聞きましたけど?」


「ああ、会計マンの名前か」


「だれかとおもった。でも会計マンのほうが通りがいい」


 田淵という名字はあまり聞かない。

 すると、会計マンより田淵のほうがいいのかもしれない。


「じゃあ、会計マンで行きましょう。

 ちなみに私の役職は担当経理マネージャーです」


「そんな呼び方どうでもいいじゃないぃ。

 早く行きましょぅ? 日が暮れるわぁ」


 と、佐々木さんが音頭を取って、とりあえず、<筑豊ダンジョン>という、未開のダンジョンへと足を進めるのだ。





<筑豊ダンジョン・B5F> 31年8月3日 14時30分


「うわっ、また出た!」


 目が光る骸骨の手には、先が三本に分かれている槍があった。


「トライデント。またですか。

 こんなにBランク装備が沢山あるなんて宝の山じゃないですか」


「はぁ、はぁ。

 かなりつかれた」


「とりあえずぅ、あれで最後にしときましょうぅ?

 このペースじゃ持たないわぁ」


 と、Sランカーの二人が根を上げる。


 俺は、あまり先には出ず、とりあえず殴れそうな骸骨をコンコンとたたいていた


 ハイペースに次ぐハイペース。

 それに、一体一体の強さが、ほかのダンジョンの5層の比じゃない。


 こんなのが田舎にあって、そりゃあ攻略されずにほとんど放置されるわけだ。


 ここに、学校を設置できるのだろうか?


 


 いったん地上に出てきた。


「強すぎんか?」


「でしょう? 政府に言ってるんですが、ここはSランクでいいじゃないか? と」


「そしたらぁ?」


「調査員を派遣します。なんて言ってですね、もう三年が経ちました」


「放置されてるのぉ? おもしろいわねぇ」


「あ、はい。これどうぞ」


 と、スーパーによく置いてある魚の形をしている醤油刺しをみんなに渡して。


「ほら、ぐいっと!」


 カイリちゃんは臭いでそれが何かわかったようですぐに飲み干して

 それを見ていたスタッフと会計マンは、意を決して口に含めた。


「!? これは」


「まぁ、どう? 回復した?」


「そ、そうですね」


「いくらで売れそうかな?」


「このサイズでしたら、10万円ほどで」


「いや、それ以上に売れるだろう。田中さん。これは口外しないでくださいよ?」


「疲れが取れるポーションでしょう? これは新発見ですよ?」


「違う。鑑定で見てみてください」


「こ、これは」


「俺は、ほら、みて。

 右手が光ってる」

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