第21話 まさに青天の性癖

「だんなー。

 あかねーがこの家にすむっていってるけどー」


「いいんじゃないかな?

 あの漏らした部屋を掃除してそのまま使わせてあげるよ」


「なっ!

 おのれー。

 末代まで恨んでやる。シャワーで洗ってお風呂に浸かって頑張って洗っても、二日間のかぶれは治らないんだぞ!! まだ痒いんだぞ!!

 その私に掃除までしろと言いうのか!!」


 と「横暴だー」と騒ぎ立てるあかねを横目に。


「でもなんでここに住もうと思うんだ?

 別に辺境ってわけじゃないけど、何もないでしょ。

 東京のほうがいいんじゃない?」


「あかねーは、ぎょうかいで干されてる。

 もういんたいしたいって」


「へー。それでここに目を付けたと」


「でもぉ、あかねちゃんはトラベラーなのぉ?

 あんまり話は聞かないけどぉ」


「つよくないよ。

 才能(タレント)にめぐまれなかった」


 代わりにカイリちゃんが返答して。当のあかねはリビングにある掃除道具を勝手に拝借してから自身の部屋の掃除に行ってしまった。


「でもぉ、旦那さんもぉ、少しずれてるわねぇ」


 佐々木さんがジト目で俺を見ているが、実際何のことかわからない。

 そう訴えかける目でお返しすると


「この家ってぇ、幾らだったのかしらぁ」


「たしか12億って言ってたかな」


「さっき注文したベッドはぁ?」


「40万だったかな」


「えー? だんな、ベッドかったのー?

 せっかくだんなといっしょにつかうやつ買ったのにー」


「今買ったのは佐々木さんのだけど。

 というか、買うなら早く段ボールとから解放してあげてほしい」


「まだとどいてないー」


「いつ買ったの?」


「今」


と、俺が持っていた密林オンラインストアが表示されたタブレットがいつの間にかカイリちゃんの手の中にあった。


「へー。

 だんなー。さがし方がわるいですなー。

 せっかくお金があるのに、40万ってけちくさーい」


「なんだって? 俺は高いと思って」


「ほらー」


 そこに表示されていたのは、500万のベッド一式セット。


「高い。どうして」


「ふふん。

 私はとくちゅうでちゅうもんしたから!」


 カイリちゃんは注文履歴を表示してこちらに見せてきた。


「なんだって? 1500万?」


 おかしい。

 俺が探した時には、30万円が平均くらいだった。

 そうして、40万のベッドを発見して、謳い文句がよかったので購入したのだ。


 だが、カイリちゃんが一分未満で表示させたページには俺がさっき見ていたよりも桁が一つ多かった。


「もうひとつ買っちゃえ!」


 と、500万円するベッドの注文を確定した。

 

「いや、今買ったんだけど」


「新しい同居人にプレゼントすればぁ?」


 それもいいかもしれない。

 しかし、あかねが増えたところで俺に嬉しさは何もなかった。


 ●


 地下室には地震が来ても大丈夫なように耐震強化した工事を施した。

 そこにガラスケースを壁一面に並べる。


 中央には一つだけ、スケールでいうと1/4のサイズのフィギュアが入る程度のガラスケースを用意した。

 ケースを照らすように照明も新調した。


 ケースはすべてUVカット使用。

 最近話題の日焼けしないフィギュア棚となった。


「ふひひ」


 おっと。変な笑い方がでてしまった。


 俺は本来アニメや漫画が好きで、それを見て育ってきたといっても過言ではない。

 そうして、ダンジョンが存在している現代に生きていてよかったとも思う。


 転生して超能力を得て活躍する作品群は腐るほど見てきた。

 

 生まれた時からその超能力とは身近にある世界に居て、とてもラッキーだった。


 憧れの形が立体物。フィギュアを買うことで消化していたのだが。


 学園時代にそういった文化から離れざるを得なかった。


 まさに地獄。これほどまでに創作物と乖離した体験をするとは思わなかった。


 訓練に次ぐ訓練。

 時には死者を出すダンジョンアタック。


 そうして絞られた俺たちは、トラベラーとして優秀だった。





 超時空機動艦マクロニウスに出てくる歌姫たちのフィギュアを真ん中に飾る。

 スポットライトを当てると、そこはアイドルステージだった。


「すばらしい」


 誰もいない部屋で俺は拍手をしていた。

 耳が溶けるまで聞いたあの歌が。

 ライブで腕が脱臼するまでブレードを振っていた彼女たちが。


 部屋の中央で俺にだけのライブをしている。


 癒される。


 四方のガラスケースの中には、今や手に入れるのが困難な絶版フィギュアや、21世紀前半に販売されたフィギュアの1割を、ほぼ完ぺきな状態で飾られている。


 ここを、今まで存在するフィギュアすべてでいっぱいにしたいと考えていた。


「しかし、男のフィギュアも集めるべきだろうか」


 俺的には、女性フィギュアでも欲しいものとそうでないものはある。

 結局、現在ここにあるものは一時期狂ったように調べて集め回って、学園時代にすべて売り払ってしまったものが大半だった。


「金があればこうやって集めて飾ることができるんだよな」


 隣の部屋も同じようにショーケースを準備しているが、何も入っていない。

 この部屋にだって、まだ半分は飾ることができるだろう。


 さながら、この部屋はフィギュアの歴史美術館にしたかった。

 それでお金を取ることもできるか。


 無料で開放することも考えたが、無料だとたくさんの乞食が集まるだろう。

 お金を多少取ることで来る人間の質を考えるわけだ。


 なんて、金を持たない主義の俺が考えることでもないのだろうが。


 実際、この部屋を作るのに1億もかからなかった。

 その半分も使ってないだろう。


 フィギュア一体一体にもっと掛るかと思ったが、現実はかなりリーズナブルで集めることができた。


 と言いつつ、一番高いフィギュアは30万したが。


 今の俺ならどんな高いフィギュアも買えたが、オンラインストアやオークションには俺が欲しい物は流通していなかった。


 フィギュアとの出会いは一期一会。

 中古販売店で巡り合って、欲しいと思うと買う。買わない。

 そんな悩ましい時間が俺は好きだったのだが。


「今は何でも買えちゃうんだなー。困ったな」


 と、笑みがこぼれる。


 お金を持つとこうも違うか。


 いや、早めに使い切ってこの感情から逃げ出したい。




 「ぶーぶー」と、俺の携帯が鳴いた。


 いつの間にか着信音をカイリちゃんの声に変更されていて、「ぶーぶー」の次は、「どうしてでんわに出ないの? もしかしてべつの女の子とあそんでるの?」というカイリちゃんのセリフになる。


 どうしてか、変更はもうできず、ずっとこれだった。

 しかし、幸運なことにカイリちゃん以外の電話だとこの現象は起きない。


 だが、外で電話が鳴るときには注意が必要だった。

 といっても、電話してくる相手なんてカイリちゃんしかいないが。


 と、今回の相手は例のごとくカイリちゃんだった。


「ねーだんなー。

 てがみがきてるー」


 緊急な連絡ではなかったようだ。

 最近はひっきりなしに電話がかかってくる。

 

 俺は今フィギュアを愛でるのに忙しいのだが。


「後で行くよー」


「今がいい」


「えー。今忙しいから」


「忙しそうに見えないけど」


「いや、掃除とかしてるからねー」


「してないじゃん」


「? してるよー。

 わかった。今から行くから」


「いいよ。

 後ろにいる」


「はっ!?」


 振り返るとそこに電話を片耳につけたまま俺を見ているカイリちゃんがいた。


 座り込んで歌姫たちをにやにやして見ている俺を


 悲しそうな目で見ていた。

 やめろ。俺をそんな目で見るんじゃない。


「私に、興味ない?」


「!?」


「人形のほうがいいの?」


「そんな、わけ」


「じゃあ、今から私は人形になるから」


 ぼとりと携帯を落として。


 フィギュアになったカイリちゃんを見る。


 片足を上げで、右手はマイクを持っているのだろう。

 左手は斜め上に挙げていて、お顔はウインクして満面の笑み。


 ふむふむ。

 

「やはり等身大フィギュアは他にない良さがあるな」


 少しだけ膨らんだ胸を触る。


 むにゅん。と柔らかい触感。こやつ、ブラを着けてないな?


「よし」


 カイリちゃんフィギュアを持ち上げて。

 カイリちゃんフィギュアは臨機応変にされるがままになって、状態を解いて、へにゃんと俺の肩に担がれる。 


 俺は部屋を出て、隣に作った同じようなフィギュア部屋の扉を開ける。


 同じように部屋の中央にはガラスケースがあり、先ほどの部屋との違いはその大きさだった。


「等身大フィギュア用のケースを買っててよかった」


 と、カイリちゃんフィギュアをその場に寝かせて、ガラスケースを開ける。


 その中にカイリちゃんを入れてふたを閉める。


 カイリちゃんフィギュアは先ほどと同じようなポーズで(今回は両足が地面についている)。


「やはり、等身大フィギュアは他にない良さがあるな」


 カイリちゃん入りのガラスケースの正面に腰を下ろして俺は眺める。

 じっと。

 じっと。

 じっと。



 三十分たたないうちに、真っ赤な顔になったカイリちゃんを見て

「やばい」と俺はカイリちゃんをケースから出した。


 空気穴はあるはずなのだが。


 そうして、カイリちゃんは解放されると同時に走って部屋から飛び出していった。


 


 次の日、リビングで朝ご飯を食べようと出てくると、その入れ違いにカイリちゃんが顔を隠しながら小走りで出て行った。俺を避けているように思えて少し悲しくなった。


「あんまりぃ、じっと見られるのはぁ恥ずかしかったみたいよぉ?」


 とご飯をよそって持ってきてくれた佐々木さんにお礼を言いながら


「だって、かわいいじゃないですか」


「まぁ、そうだけどぉ」


「じゃあ、わたしを見てみるか?

 今ならヌードでもいいよ!」


 うっふんと、セクシーポーズをしたあかねを横目に見て。

 「間に合ってるんで」と辞めておいた。

 あかねは特に俺の好みではない。

 確かに、アイドル顔だしかわいらしい系だと思うが。

 やはり人間好みがある。

 

「うーん」


 腕を組んで考えているときに


「あぁ。これ手紙よぉ。昨日来てたみたいだけれどぉ」


 と、手渡されたそれ。


「回復薬研究所?」


 封は空いてた。


「研究で出た利益とその結果得られる報酬の分配?」


 もう振り込んであると書かれていた。


 俺は確認するために口座アプリを開いた。


 【3,560,000,000】


 25億円ほど増えていた。

 振込履歴から、今回の回復薬研究で出た利益は20億円。

 あれ? 5億ほど多いが。


「またカイリちゃん配信したの?」


「自重してるみたいだけどぉ。

 多分あかねちゃんねぇ。持ってた資産とか家とかいろいろ売ったみたいよぉ?」


「どうして俺に?」


「だってぇ、あの子、部屋から出てこなくなって何日目ぇ?

 引きこもりにはお金はいらないみたいよぉ?」


「芸能活動は? 博多座で好演してたんだろう?」


「あぁ。

 芸能活動をやめたらしいわぁ。第二の人生をあゆむそうよぉ」


「それがニートって、いいのかよ」


「お金は貰ったから、いいんじゃないかしらぁ」


 そうか。いいのか。

 特に俺には関係ないしな。


「でも、なんでこんなに金が増えたのか」


「【復活の薬】が世に出てきたからぁ、いろいろなところから技術提供を受けたみたいよぉ? それゆえにたくさんの国から狙われてるみたいだけどぉ。

 よかったわねぇ、ちゃんと彼がギルド役員でぇ。

 情報操作は完璧みたいねぇ」


 そういえば、薬の出どころである俺のほうには大した影響はなかった。

 ちゃんと会計マンは活動しているのだろう。


 と、手紙の最後に目を通して


「会いたい?

 俺に会っても何もないと思うけど」


「やっぱり最初に投資した人にはぁ、ちゃんと挨拶したいんじゃないかしらぁ?」


 佐々木さんは、食器を片付けながら言った。


 その後ろ姿はルンルンだった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る