第14話 告白
●
<自宅> 31年7月15日 16時00分
【カイリちゃん復活祭】は大盛況のうちに終了した。
最終日の本当にラストでカイリちゃんが再登場し、歌を唄った。
会場には40万人のおしくらまんじゅうで、ライブ配信には1000万と、国内の10分の1が注目したステージとなった。
それだけ、カイリちゃんが愛されていた証拠でもあり、彼女を独り占めしてしまう俺は少し罪悪感がある。
実際、彼女を死の淵から救ったのは俺の力ではない。
拾った【復活の薬】を使ったからだ。
使っただけならまだ良い。カイリちゃんはそれに恩を感じたのかなぜかどうかわからないが、俺を慕ってくれて。
実際にその薬は一度しか使えないのだったら、俺も気持ちがよく両思いだったのだが。
その【復活の薬】は無限に増殖することがわかり、そんな大量に生産できてしまう薬でカイリちゃんの心を奪ってしまったのだと思えば、胃がきゅっとなる。
多分、ずっとそこが引っかかっていたのだろう。
少し前に買った家はかなり大きく、いや大きすぎて持て余していた。
二人で暮らすには余計なスペースが多すぎて。
地下2階と地上5階建てのビルのような自宅の周囲には2階部分を覆い隠せるほど高い壁が外と自宅を隔絶しており、門は二箇所しかない。
その2つの門をトラベラーから引退して警備会社を始めたという、会計マンの繋がりの男に任せて。
なぜか、俺たちは貴族のような生活をしていた。
「佐々木さーん。お代わりください」
「はぁい」
エプロン姿の赤髪の魔女佐々木は鼻歌まじりに茶碗を受け取って少し早めの夕食をよそった。
「さっちゃん、これ壊れたー」
「はぁい!」
スクリーンに投影されているのはレトロゲームの画面。と言っても、現在の主流のゲームとたいして変わらない。アニメ調の3Dのキャラクターのクオリティが変わったくらいで、システムは20年前に発売されたそのゲームとほとんど同じ。
カイリちゃんが持ってくるのは、コントローラで、おそらくゲームの中身よりもハードが一番変わったと思う。
物理的なボタンが廃止されたのはここら最近のハードで、カイリちゃんが持っているそれは左右別々に分かれているコントローラで大きさは掌で握り込めるくらい。それが赤外線通信で本体とほとんどラグなく繋がっている。
細かい動きも伝わるようで、フィットネスゲームがかなり流行ったらしい。
そのアドベンチャーとフィットネスが合体したRPGゲームを見つけたカイリちゃんはこの家に来てから暇な時間はそれに費やしていた。
「本当に、何も起こりませんねぇ。少しだけ身構えてたんですけど」
「著名人のプライバシーとかぁ、あんまり深くし過ぎると犯罪になるからぁ。
昔は家とかに押し掛けたりぃしてたみたいだけどねぇ」
「というかですね。どうして佐々木さんまでここにいるんですか?」
「えー。暇だからよんだ」
カイリちゃんが頬を膨らませながら言った。
特に、家が変わっただけで実は生活は何も変わっていない。
面倒になった俺は残ったお金全て口座に預け入れて、前と同じように宵越しのお金は持たない主義として日々活動していた。
変わったのは、【復活の薬】が再補充されたときに別容器に移す作業が増えただけ。
おそらくだが、1時間に一度瓶がいっぱいになるという法則を見つけて、意識して【復活の薬】をため込んでいた。
それを、俺以外誰も知らない筈だったのだが。
「だんなー。そういえばね、ペットボトルにたくさん入った黄色くてあわだった液体がたくさん見つかったんだけど」
という、カイリちゃんの言葉に俺は固まった。
「カイリー。それはあんまりぃ、言っちゃダメよぉ。
ボトラーって言ってねぇ、おしっこを部屋に溜めておく人種がいるのよぉ」
「え? やめてよ。」
カイリちゃんドン引き。
「少し飲んだのに」
げぇってはく仕草をしながら、
「おしっこの味は、しなかったけど」
と、本物を飲んだことがあるような口ぶりだった。
見ず知らずの液体を飲める精神が恐ろしい。
「そ、そんなわけ無いじゃないですか!
というか、隠してたのにどうして知ってるの?」
「だんなの部屋は隅々までチェックしてる。
さいきん、隠し扉を発見した」
「いやらしいわねぇ」
「えっちなほんは、見つからなかった」
「そりゃ三次元で満足してる証拠よぉ。よかったわねぇカイリ」
からかうような佐々木は口元を隠して
「そうなの? だんな」
「へ? あ? いや、そうですね。
カイリちゃんがいる生活はすごく楽しいなー」
と、言ってはいるが。
実際は生殺し状態が続いていた。
お風呂に入ってバスローブ姿のカイリちゃん。
寝起きで目蓋を擦りながら部屋から出てくるがはだけたパジャマのカイリちゃん。
部屋着のホットパンツがかなり際どくて頑張れば中が見えそうなカイリちゃん。
しかし、どのカイリちゃんも俺に不満げな視線を送るだけで、それだけだ。
俺はこういう時にどう言った対応をすれば良いのかわからない。
正直にいえば、付き合ったこともなければ結婚なんて初めてだ。
カイリちゃんはどうなのか知らないが、
事実、朝起きて一緒にご飯を食べてゲームして別々にお風呂に入って寝る。
そんな生活を続けていた。
暇だから佐々木さんを呼びたくなるのは、至極当然だといえた。
「だんな、かなり不満? 欲求不満?」
俺の棒読みと、微妙な間を感じ取ったのか、カイリちゃんが俺の顔を覗き込むようにしてこっちに来た。
「実は、何もしてない」
「へたれぇ? それとも、カイリじゃ勃たない?」
「あー、いや。
そうではないんだけど。なんだかね、他のファンに悪いなって」
「そりゃあ、別のファンと違ってあなたは運が良かったもの。
人生は運ゲーよぉ? カイリを助けるイベントで重要なキーアイテムを持っていた。
それは間違いないのぉ。
だから据え膳は食べなさい!」
子供を叱るように、佐々木さんは俺に言った。
「そう。他の人は縁がなかった。
だんなから助けられる運命だった。
だからそんなことを言わずに、処女をもらって欲しい」
カイリちゃんは俯く俺の肩に手を置いて力強く叩いた。
それに、俺は覚悟を決めた。
正直、【復活の薬】が引っかかっているんだ。それを言って仕舞えば気分も晴れるはずだと思えた。
「実は、大事な話があるんだ。
まぁ、そんなに長くはないけど座ってて欲しい。
さっき話題に上がったあの黄色い液体が関係あるから、一本取ってくるから座って待ってて」
「性壁の暴露ねぇ? カイリも私も理解のある方だからぁ」
「だんなのおしっこを飲むのは妥協する。それで気分が晴れるなら努力する」
「いや、そんな話じゃないけど」
「え? もしかして女の子じゃダメって話ぃ?」
「それと液体がどう関係が?」
「かけると女の子が男の子になって、男の子が女の子になる。そんな特殊な溶液だったりしないぃ?」
「え? わたし、それ飲んだけど」
「生えてーーー「ない」ーーー残念ねぇ」
「まぁ良いや。少し待ってて」
俺は部屋から一本のペットボトルを持ってくる。
正直、この液体があるから問題なんだ。
潔く捨てることだってできたはずだ。
しかし、それができなかった。カイリちゃんが持った瓶だからという理由ではない。
もっと心の奥底で打算的な何かがあった。
宵越しの金を持たない主義の、唯一の親友が言っていた言葉。
『銭はな、使わんと意味ないんや』
それだけをはっきりと覚えている。
この無限に薬が出てくる瓶は、魔法のお金製造機だと思った。
かつての親友はこの機会を有効活用するだろう。無限に銭が湧く瓶を使って金儲けをするだろう。
既にこの世に居ない友人が心に引っかかって俺の判断を鈍らせている。
それは知っていた。しかし、はっきりと認識したのは今だった。
「これは、【復活の薬】。
カイリちゃんが回復した薬と同じものだよ」
2リットルのペットボトルなみなみに注がれている。
それだけで、国が買えるほどの価値があるかもしれない。
机の上にコトンと置いたそれを見て、カイリちゃんと佐々木さんは黙りこくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます