第13話 ノリで家を買う
<ギルド会館・大会議室> 31年7月9日 09時30分
簡単にいえば、そのイベントは乗っ取られた。
「申し訳ない。こんな大規模に人が来るとは。
流石に、カイリさんの引退イベント8時間なんて考えてもいませんでした」
会計マンはそう言って頭を下げた。
カイリちゃんが8時間歌い続けた結果、全国各地のファンが平日にもかかわらず駆けつけて来た。
途中参加は当たり前。
1万人でも多いのに、その20倍の20万人がこの広場に殺到し、警察まで動員された。
深夜にも関わらず、呼ばれたアイドルたちが歌い続ける。
さながらゲリラフェスだった。
この人が集まるイベントに目をつけない筈がないスポンサー達は、こぞって宣伝を出すためにギルドに連絡をよこした。
その結果、元々から5億円じゃ足りなくなっていた運営費を賄えるどころか、それをとって余りある利益を生み出すことになった。
結局、俺が出した5億は戻って来たし、ライブ出演料と、粗利を10億円ほど手に入れてしまった。
つまり、お金を使うどころか振り出しの2倍になってしまったのだ。
2日目にして、その動員数は30万人を超えて、カイリちゃん引退ライブの余韻はまだまだ覚めることを知らなかった。
そのカイリちゃんは疲れたのか、ギルド会館会議室の片隅で毛布をかぶって熟睡していた。
「予想外すぎて、何もいえねぇ」
「それはこちらもですよ。
出店は広場の外にも広がっています。20年前は考えられなかったですよ。
今は車も無くなって、博多駅周辺は整備されていますから道路は基本歩行者用ですし、かなり広いので両脇に屋台を開いても余りあります。
出店希望はすでに500店舗を超えていまして、前代未聞の規模ですよ」
イベントを軽く見ていた。
出店を呼んで無料にしてれば人は来るだろうと、甘く見ていた。
人は来たが、今回のイベントは屋台無料の宣伝よりもはるかに「カイリちゃん」のイベントだった。
そりゃあ、日本を代表するアイドルの引退ライブなんて、お金にならない筈がないので、どのテレビ局もこぞって放映するだろう。
それのついでに、屋台が全て無料というなら、移動費を引いてもかなりお得になる。
「まぁ、イベントはどうでもいいや。
とりあえず、またお金が増えたのが問題だ」
「ああ、その金額は税など差し引いた後の額なので、一週間後くらいには明細が自宅に郵送される筈です」
「カイリちゃん復活祭は、俺の祭りじゃなくなったのが辛いな」
「20億円ですよ? カイリさんと結婚なさるのですからセキュリティの高い家に引っ越すのもありかと思いますよ」
会計マンが笑う。まぁその通りだ。俺が住んでいるのは1LKの6万円のアパート。
そこにカイリちゃんと一緒に暮らすには、民度が低いかもしれない。
「そうかもしれない」
「ここに私が手掛ける住宅ブランドがありましてね。
少しお安く提供できますよ」
と、会計マンが営業スマイルを見せて、紙の資料を見せて来た。
どれもが一軒家であり、だが4000万から2億円ほどの金額帯がほとんどだった。
「いや、もっと高くていいんだが。手持ちの金額全て使ってもいいし」
「そうですね。そんなに高い物件は置いてないんですよね。
私の店では余り回転しないものですから。一番高くて、これとかどうでしょう」
次は紙ではなくタブレットを見せて来た。
博多からは少し遠いが、海を一望できる5階建ての物件。
地下室もあり、離れに映画館が設置されている。
価格は、驚異の12億円。
「高すぎんか?」
「ご希望は20億円ですよね」
「まぁ、そこでいいか。少しダンジョンまで遠いのが玉に瑕か?」
「即答ですね」
「あぶく銭だからな。それに家は資産だ。一括で購入してればずっと住める」
「そんなお金でも少しは残しておかないと、もしもの時がありますからね」
「言っても俺はCランクトラベラーだからな。本気を出せばかなり稼げる」
「このご時世ですからね。才能が羨ましいです」
と言いながら、このポケットの中に入っている【復活の薬】を売れば一生遊んでも使いきれない額が手に入るだろうことは目に見えている。
それに、この薬は増殖する。
もしもの為の対処は薬でどうにかなるだろう。
なんて、口が裂けても誰にもいえないが。
「では、この家は購入ということで。
入金はーーーあ、確認できました。鍵は午後に渡しますね。今から清掃業者等に仲介して即座に住めるようにして引き渡します」
「ありがたいなぁ。
今の家の解約とか、引き払いとかここでできたら楽なのに」
「お店によりますねぇ。できるところもありますが」
「サンライズホームっていうんだが」
「ああ、そこなら大丈夫ですよ。
では引っ越しも業者を使って部屋そのまま移動してもらう感じで良いですか?
光熱費などは、ご自身で解約して頂きますが」
「助かる。どのくらい払えば良い?」
「いえ、これもサービスで良いですよ。
何せ、12億円を一括ですからね。並の人では不可能ですよ」
ははははと、笑う営業マン。
「今日はいかがされるんですか?」
「復活祭を回ろうと思う。
まだやるんでしょう?」
「そうですね。おそらく明日も明後日もやる予定ですよ。
カイリさんにはもう一度ライブをしてもらうかもしれませんが」
「もう、引退したぞ?」
「このイベントが終わるまでは引退なんてさせませんよ!」
ニコニコしながら
「出演料は言い値で支払うでしょうね」
とりあえず、イベントは成功したみたいだった。
なぜスポンサーが付いたのか。どこに利益を見出したのか。
俺も余り詳しくはないからどうともいえないが。
カイリちゃん引退の衝撃的な話題。もしかするとダンジョン攻略に集中するのかもしれないという期待。
最初から潤沢にあった予算に裏付けられた屋台出店無料化。
テレビ局もほとんどが取材に来ており、同時に上がった狂墨のネットスキャンダル。
その話題性だけで、かなりの会社が食いついた。特にダンジョン武具メーカーが率先して宣伝広告を打ち、それに便乗する形で巨大資本の飲食チェーン店が参入した。
それだけで、最初に準備していた5億円など優に超えていたし、まだそれ以上に増えて行った。
数時間してカイリちゃんが目を覚ますと、俺たちは出店に朝食を食べに行く。
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