第10話 カイリちゃん 復活祭

 その会議室はかなり豪華絢爛で、俺たちのようなトラベラーが入ってもいいような雰囲気ではなかった。

 そこには受付嬢が入る前から、二人ほど待機している男がおり、彼らは俺を見て視線をこちらに動かした。値踏みするような視線に萎縮する。


「彼が?」


「はい。まあ、そうです。お話だけでもと」


「話すだけじゃなくて、実行までしてくれないと」


 受付嬢の説明に俺は重ねるように言ってから、男たちから睨まれて俯いた。


「まず座ってください。ギルド前でイベントをしたいようですが、今ですか?」


 眼鏡をしてパリっとしたスーツに身を包む男がいう。彼は会計の担当なのだろうか、机にはいくつかの資料と計算途中だろうかメモと計算機が放置されたままだった。


「あ、今がいいんですが。特に理由はないんですが」


 まぁ、勝手に10億円を使い切ろうとしているだけなので大した理由じゃないというのも確か。

 

「資金が10億と言いますが、規模によって額はまちまちです。それに、何をしたいのかにもよりますが希望というか何をするのか決めていますか?」


「え、あ、いや。全く。

 イメージとしては屋台とかたくさん並べて、おっきなステージを立ててそこでアイドルとか歌って。

 フェス? みたいな大規模なイベントがいいなって」


「そんな。当日じゃ無理ってわかりませんか? それに当日依頼して歌ってくれるようなバンドもいませーーん?

 カイリさんでは?」


「あ、わかる? そう。私。

 歌ってもいいよ。でもいんたいライブだけど」


「引退? ですか? まぁそこには追求しませんが。

 とりあえずS級のアイドルがいるから、あとはローカルアイドルでもいいか。

 メインステージは、音響の会社に依頼して使えるようにして、ーーーー」


「なんか形になるかもしれないね」


「そうだといいけど」


 カイリちゃんは少しワクワクしているようで、俺はそれを見て癒される。


 とりあえず、計算を始めた会計マンが終わるまで沈黙の時間が続いて、もう一人の男が


「あ、華田君。戻っていいよ」


「承知しました。正直終わるまで拘束されるものと思ってましたから。では、失礼します」


 と、この部屋を後にした。

 数分後。会計マンが顔を上げて

 

「とりあえず、試算しましたが。

 まぁ10億円は過剰ですね。」


「今は8億しかない」


「どちらにしてもです」


 メガネをクイっとしてから彼は続ける。


「屋台は組んだところから営業開始でいいでしょう。今すぐ連絡しましょう。

 ステージ設営は、メインステージは元々からありますから音響会社に依頼してアイドル用に調整してもらいましょう。

 警備などですが、やはり無料イベントというのは昔から治安が悪くなりやすいので中堅以上のトラベラーを雇うべきですが、ここはギルドなのですぐに集まるでしょう。それにあなたもCランクでしたね」


「おっと、全員を覚えているんですか?」


「いえ、Cランク以上です。それだと三百人いませんからね」


 実際はもっと多いが、彼のいう人数は福岡ギルドの所属数の話であろう。

 しかし、逆に考えればCランク以上のトラベラーは九州に300名もいないということでもある。

 福岡ギルドは九州全体を管轄しているので、九州内の支部に登録されていても本籍はこの博多にある本部で管理されているのだ。


 もっとも、Sランクトラベラーは福岡ギルドにも二人しか存在していない。


「それはそうとですね。

 やはり、どれだけ早めてもこの会場を賄えるほどの規模は人を集めるだけでも半日はかかるでしょうね。

 1日で終わらせるつもりですか?」


「あー。何も考えてなかったな。

 金はあるから何日でもいいな」


「でしたら、今日は前夜祭ということで、明日からが本祭としましょう。

 では、連絡をますので、少々お待ちを」


 と会計マンは電話を耳に当てて、電話を始める。

 二、三回と繰り返した後に、「はい。見積もりを出しましょう」と、ニヤリと笑った。


「今連絡したのは、イベント会社のようなもので、この規模だと1億でも足りるそうです。

 しかし、飲食経費など全て負担となると、もっとかかるとのことですが、もっと細かく計算しないといけません。

 とりあえず、仮に500店舗きたとして、一食1000円で1,000,000円の、各平均300食売ったとして1億5000万円。

 アイドルの営業などで2、300万ほどでしょうか? の10組? まぁそこは1億円でキャステング会社にでも投げればいいでしょう。

 とりあえず、3億円ほどでしょうか? 光熱費や広場の利用料金など細々としたものもありますが、とりあえずそんなところで。」


「じゃぁ、それで」


「うた。歌うのひさしぶり」


 ソファに座る俺の膝の間に座っているカイリちゃんは体重を俺に預けてルンルンの気分が見て取れる。

 

 窓の外に見える広場には、すでに二、三店舗の移動販売車が出店しているのが見えた。

 今、電話して5分も経っていないと思うのだが。


「じゃあ、とりあえず5億円」


 と、端末の依頼申請ページからクエストを発行すると、


「ああ、待ってください」


 会計マンが言った瞬間にその申請が却下される。

 隣のおじさんがやったようだ。彼は何なのだろう。


「依頼というより、もうこれはギルドが主催しましょう。

 資金はあなた方が提供ということで。個人開催よりもギルド開催の方が人が寄り付きやすいでしょうから」


 とりあえず、ここに。

 と振り込み先の番号を紙に書いて渡してきたので、その通りに入力してから入金を完了する。


「はい。確認しました。

 収支などは終了後にお知らせします。もしも金額が足りなかった場合や余った場合には徴収させてもらったり返金させていただきますので」


 満面の笑みを浮かべる会計マンは「これで終わり」というように手を叩いて。

 俺は終わったので後は向こうの仕事かと、席を立った。


「ああ。そうです。祭りの名前を聞いていませんでした。何か、おありですか?」


「ありますよ! 【カイリちゃん 復活祭!!】」


「引退するけどねー」


 とカイリちゃんは付け加えた。


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