第8話 あぶく銭が多すぎる!!

「ああ。目を覚ましたのね。王子様が助けてくれたのよ」


 佐々木がからかうようにクルスに告げた。

 クルスは俺を一瞥して、かなり不機嫌そうにそっぽを向いた。。


「あなたが、どうして」


「いや、あんたを助けるつもりはこれっぽちもなかった」


 正直に言って、クルスは顔だけ、体だけの偶像でしかなかった。

 テレビに彼女が写っていればそりゃあ視聴率は取れるだろう。

 

 動画映えもするし、どれだけ悪い表現をしても彼女は間違っても美人でないとは言えない。

 黒髪に吸い込まれそうな真っ黒な大きな瞳。日本人離れした立体的な顔。

 身長は高い方で、胸も大きい。腰付きもかなり出ているところは出ており引っ込んでいるところは引っ込んでいる。まさに理想的な女性なのだ。


 それが、政府指定戦略院というダンジョン探索で有効なタレントと能力を示し、一人でも現代兵器と対等に戦え更に1つの街を壊滅させられるほどの戦力を持つ人間が所属できる機関に属しているのだ。

 

 どんなメディアも放っておくわけがない。

 否応なく、特集が組まれ、テレビでは毎日のように「今日の狂墨」として活躍が報道されている。


 そんなテレビの向こう側の存在が目の前にいて、それを助けようと善意を働かせた結果、酷い罵倒を受けて。


 助けない方が良かったと少しだけ思ったが。


「そう」


 と、なぜか安堵の表情を浮かべて、しかし次には俺を睨みつけるように


「一応、お礼を言っておく。でも、これで終わり。

 はい、確認して。私に恩を売ったなんて思わないで」


 俯いて、左の手首に付けている端末をいじり始める。

 

 チャリンと。

 俺が所持している携帯端末の音が鳴った。


「何をしたんだ?」


「治療費を払っただけよ。

 かなり色をつけてるから、これ以上私たちに関わらないでほしいわね。

 後、私の腕を回復させた。なんて風潮しないでくれるかしら。黙っておく事を条件にその金額は丸々あげるわ。無かったことにするから」


 ふんと、鼻を鳴らして立ち上がると。


「いくわよ。カイリ、佐々木。

 渋谷に置いてきた仲間を助けにいくわ」


 お尻の埃を払いながら声をかけるが、当の二人はそれに反応しようともしなかった。


「なぁに? 少し大変だったからここでしばらく休んでいくわ。

 博多に来たのなんて久しぶりよ。子供の頃一度来たっきりだったかしらぁ?

 かなり景色が変わっているから、観光してから帰るわね」


「はぁ? そんなの許されるわけないじゃん」


 声を荒げるクルスだったが、それに重ねるようにカイリちゃんが


「ちゃんと、かくにんして。

 もう私たちはパーティじゃないから」


「そうよぉ。だっていやいや組まされたんだもの。

 お国の決定には逆らえないからぁ。でも、これで終わり。

 救出には一人で行ってね。別に他のメンバーってあんまり好きじゃないのよね? おっぱいばっかり見てくるし」


 魔女佐々木は、自分で谷間を強調させるような服装を着てはいるが、それは有名パーティの宣伝のために嫌々だという噂はかなり有名だ。

 更にパーティメンバーに入っていたのも無理やりだったとは初耳である。


「な? パーティから外れると呪いで死んじゃうでしょ? なんで?」


 と、自身のステータス画面を表示して確認を始める。

 しかし、ここは野次馬たちが集まる「博多ギルド広場」の真ん中である事を失念しているのか、呪いの事を大声で暴露してしまった。

 

「呪い?」「Sランカーが?」「それって呪いでステータスが上がってるって事?」「対価がある才能(タレント)って」


 それから「Sランカーの狂墨は呪われている。」という限りなく本当である噂が立ち始める。

 現代のSNSを通じた情報の伝達は目を見張るものがある。


「解呪されてる? あんで?」


 ぽかんと表情の抜けた顔をして、それを野次馬たちが写真に収めていく。

 現代でも盗撮という軽犯罪はまだまだ現役で、正義マンたちがそれを諫めているが治ることはないだろう。


 兎にも角にも、狂墨とカイリちゃんと佐々木にはもう越えようのない壁ができてしまったこと。それは時間が経つ以外に解消されないであろうことがわかった。


「じゃあね。すみー。

 私はだいにの人生をおくるから」


 俺を立たせて半回転させると、カイリちゃんは俺の背中を押しながら広場を離れようとする。

 

「まぁ、気が向いたら戻るからぁ。もう振り回されるのはうんざりよぉ」


 なんて言って、魔女佐々木も俺たちについてくるのだった。


「ああ。そう」


 クルスは、俺たちを一瞥してから深呼吸をして息を整える。

 自分の生えてきたうでの感触を確かめながら、「武器がないな」と呟いた。

 この光景を見ていた高級武具店の店主だろうか、数名が営業をかけたようで彼らに連れられるようにしてこの広場を去った。

 

 こうして、Sランカーの騒動は一旦なりを潜めることになった。




「あ、ちょっと待って」


「どした?」


 小首を傾げながら足りない身長で俺を見上げるカイリちゃん。


「確認してなかったから」


 と、自身の電子端末を取り出すと電源を入れて驚愕に目を見開いてしまった。

 カイリちゃんはびっくりする俺の手から端末をひったくってから、同じように驚いた。

 その画面を佐々木に見せて「あらまぁ」と口を押さえた。その手は赤黒くひび割れていた。


「佐々木さん、その手」


「ああ、動くようになったのだけれど。

 復活の薬の量が足りなかったのかしらね。飛沫が少しかかるだけでここまで回復するなんて神級よ。でも私の魔法ではこれ以上回復は見込めないわね。

 まぁ動くだけマシよ」


 黙って、考える。

 じっと見ていたので、「あんまり見ないでぇ」と茶化すように佐々木はその手をポケットの中に隠した。

 俺は、ある事を思った。

 それは賭けでもあった。


 もしも、俺の復活の薬を差し出せば。


 俺が持っているよりもトップランカーが何度も使えるようになった方がいいのではないだろうか?

 

 それでもかぶりを振って、今考えるのは辞めた。少なくともカイリちゃんが触ったこの瓶を手放すわけにはいかなかった。


 後でこっそり貸してあげよう。

 と、後何分で瓶が満たされるのか考えた。ああ。時間を測ってないからいつかわからないな。


「ねぇ」


 と、関係ない事を考えていた俺の思考をぶった斬ってカイリちゃんが俺のお腹を叩きながら


「0が9個あるけれど」


「そうなんだよ。やばいよね」




 端末の中に表示されていた受け取った金額は


【1,000,000,000円】



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