第7話 惚れっぽくて飽きっぽい

 3分後に再起動した俺は、ことの成り行きを見守っていた。

 だが、一向に狂墨は起きないことが心配になった。

「そんなに、きになる?」


「まぁ、そうだなぁ。腕が生えるのはかなりの体力でも消耗するのだろうか」


「別に、いいよ。ね」


 あぐらをかいて座っている俺の脚の上にカイリちゃんはお尻を下ろして座った。

 それに俺は動揺を隠し切れないが、それでも会話は続けようとした。


「生きてれば、それでいい」


 クルスに視線を向けて、恨みがまし異様な声音で


「でも、また、ダンジョンにいかないといけなく、なった」


 それになんと答えていいのかわからない。

 カイリちゃんとクルス含めたSランカーは、日本でもトップクラスの実力と貢献度を誇っている。国内外から評価の高いタレントを持つクルスは個人資産でも国家予算並だという。彼女をそう足らしめているのは、ダンジョン産業のトップを走っているからに他ならない。

 今回、右腕を失ってほぼ毎日ダンジョンに潜る生活から脱却できたかもしれない。と密かにカイリは思っていた。

 流石に福岡に転移してきた時は、自身の体が半分になっていたのでそんな余裕はなかったが、しかし、クルスの呪いから解放されるとすれば、それでも良かったのかもしれない。


「すみーが起きたら、たぶん、ついて行かないといけない」


「仕方がないと思いますけど」


 むぅ。と少し不満げに鼻を鳴らして、こてんと俺の胸のあたりに頭をおいた。


 そんな光景に、周囲の野次馬たちや信者たちからは恨みの目を向けられるのだが、それでも弁えているのか、逆にカイリちゃんの望まない行動をとることはなかった。

 必要ならば暴力で解決できてしまうのだから。

 それは、カイリちゃんにとって現代兵器をどれだけ持ち出そうが効果がないこと。つまり、これまでの行動からカイリちゃんは究極的には暴力に訴えることがわかっているので、あまり刺激しないようにしているのだった。


 だが、今のカイリちゃんも流石に18を超えている。年齢の割に思考や体つきはかなり幼いが、暴力的な思考はほとんどないと、本人言。


「すみーは呪われてるから。

 パーティをくむと、死なないと、死ぬ」


「というと?」


 Cランクのトラベラーである俺にとって、あまり呪いとは縁が近いものではない。

 呪いの装備や呪いの才能(タレント)が存在することは経験上知っていたのだが、それがどれほどの振れ幅をしているのかが、わからない。


 果ては、パーティを組むと死んでしまうなんて話は聞いたことがなかった。


「そりゃあ、隠してるから、しかたがない」


 政府指定攻略所属のメンバーが呪われているなんて、知られると第問題だろう。

 国家の兵器なのだから。


「でも、そんなこと俺に言っていいの?」


「いい。私は、もう抜けたい、から」


「もうダンジョンは嫌になったの?」


「いやでは、ないよ。

 ただ、今は、君と一緒にいたい、かな」


 俺の膝の上で少し縮こまったカイリちゃんは、少し体温が上がった気がした。

 そんなことを言われた俺も、かなり顔面が熱くなった。

 体温の上昇。そうして、俺の前には包み込んで持って帰れそうなくらいに小柄な彼女。


 据え膳食わねば。というやつかもしれない。


「ねぇ、少しいいかしら?」


 背後から忍び寄る声に、俺たちはびくりと揃って肩を震わせる。


「さっちゃん。どうしたの?」


 先に正気を取り戻したのはカイリちゃんで、その声の主、赤髪の魔女佐々木ーー通称さっちゃんーーに返事をした。

 俺もそちらを向いたが、不満気な表情を浮かべていた。


「気になるのよね。ほらステータス画面見てみて」


 俺に対しての発言ではないだろうことは目に見えていて、カイリちゃんが自分の画面を表示して確認していた。横目で確認できたが、レベルが3桁くらいあった。それ以上は失礼かと思って顔を逸らした。


「呪いが、ない?」


「クルスちゃん、死んだのかな?」


 さらっと物騒なことを言った佐々木は、倒れているクルスをみてため息をついた。

 

「呼吸してるから、生きてるわね。

 でもどうしてかしら。さぁて。今のうちにパーティ離脱っと」


「あ、私も」


 そうして二人はクルスのパーティを抜けて呪いから解放されたようだ。

 

 カイリちゃんは「よし」と画面を消した後に、中腰になって俺の膝から立つがそれはただ方向転換するだけだったらしく

 「よいしょ、と」

 向かい合うように俺の膝に座り直した。

 「ぎゅーってして」

 と、彼女は俺に密着してくるので、雰囲気に乗せられて俺も抱きしめた。

 体温を感じる。

 ダンジョンで死にかけたらしいのに、女性の甘い匂いがする。

 じとっと濡れた服のせいで俺の服も濡れたが、それがより体温を伝達させ。

 変な気分になる。


「これで、私はフリー。何も、もんだいない。結婚しよう」


 俺の胸に顔を埋めてカイリちゃんがプロポーズしてきた。

 当然、俺の思考回路は爆発して、


「はい」

 

 と答えた。しかし、逆じゃないのか? 

 しかし、「え? いやまって!?」 と正常な思考回路の俺が待ったをかける。


「だめ。一回良いっていったから、だめ」


 その光景を面白そうに笑ってみていた魔女佐々木は


「救世主に惚れるのはお約束よねぇ。

 カイリはほとんど死んだ状態から生き返ったわけだから、君が白馬に乗った王子様くらいカッコよく見えてるのかもね」


と、吹き出しそうな声音で言った。


「そう。つりばし効果。私はいちど死んだ。だから次の人生はあなたと共にある」


 勝手に契約されて、クーリングオフは効かないようだった。

 でも、それは俺にとってはラッキーなのではないか?

 憧れのカイリちゃんが俺の嫁になるなんて、昨日までの俺が信じるわけがない。


「揶揄ってるわけではーー「ないから」」


 とキッパリと言われてしまうと、かなり嬉しい。


 のだが


 それと同時に何か違う。という違和感が俺の中に出現した。


 それでも、今は喜ぼう。彼女がいないただのオタクだった俺に、憧れのアイドルと結婚できる転機がおとづれたのだから。


「カイリちゃんが飽きるまで、遊んであげてねぇ。カイリって惚れっぽくて飽きっぽいから」


 ふふふ、と佐々木が縁起でもない事を言った。


「こんなことって、以前もあったんですか?」


「まぁ、人間に向けたことはなかったかしらね」


 佐々木の回答が怖かった。



「ん。んんん?

 私の腕が、あるのはどうして」


 クルスが目を覚ましたようだった。


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