第4話 Sランカー

<新宿ダンジョン・B139F> 31年7月8日 09時52分

 それは暗闇だった。漆黒の闇。光の全てを吸収して反射もしない。真黒。

 ブラックホールみたいだなと、自嘲する。


 しかし、悠長なことは言っていられない。

 既に二人が瀕死の重傷を負って、一人は死んだ。


 黒すぎてその全体像が把握できないその化け物は、一瞬にしてパーティを半壊にまで追い込んだ。


「体が、重い」


「これは呪いです。回復阻害と、ステータス減少、それにランダムテレポートがかかっています」


「とっても、さいあく」


 自身の利き腕たる右手に握られていた聖剣も今やどこに行ったのかさえもわからない。

 肩から先が既に存在していなかった。


「引きましょう。勝てません!」


「当然。でも」


「あいては、よゆう。私たちをてきとして、見てない」


 少し考える。

 転移クリスタルはもちろん持っている。しかし、呪いの効果であるランダムテレポートはかなり厄介だ。行き先が指定されなくなる。

 確かに、行ったことのある拠点と転移クリスタルは繋がっている。そこらのドロップ品であればランダムテレポートの呪いで壁の中や建物の中にめり込んで同化すると言った可能性はあるが、この転移クリスタルは才能(タレント)を持った転移術師が結晶に封じ込めたもの。その可能性はないと言い切れる。


 だが、このパーティがバラバラになることは避けたい。

 今や、私にかかった【呪い】のせいで、一定の距離が開いた瞬間に死ぬのはパーティメンバーだ。


「でも」


「でももくそもありません! 死ぬか生きるかです。

 流石に、触れている相手とバラバラに飛ばされることはないでしょうから、近づいてください」


「でも」


 それだと、化け物から吹き飛ばされて尚、生きている二人を回収して一緒に転移することはできない。

 私から離れて一定の時間が経てば死んでしまう。


「割り切りなさい! こういうことも織り込んであなたのパーティに参加したのではなくて!

 あなたはリーダーです。はっきりなさい」


「わかった。

 ここは、引こう。仕方がない。情報を届けるのが、優先、だと、………思う」


 俯きながら、非情な判断を下した。

 こんな時に自分の才能(タレント)を憎む。


 いつから変貌したのかわからない。パーティの能力を底上げする代わりに離脱者は死んでしまう能力。最初はただの自身の能力アップの効果しかなかった。

 レベルがあがるうちに効果が二人になり、三人になり今はパーティメンバー全てに効果が広がった。しかし、一度パーティを組んだら抜けることができなくなった。抜けたら死ぬ。リーダーである私から一定の距離離れたら死ぬ。人が死ぬから実際どのくらいの条件なのか判断できないけれど、確かに変貌してしまった。


 仕方がない。


 そう、割り切れないのも事実。


 狂墨は大きく息を吐いた。そうして、転移クリスタルを手にして生きている3人を集め転移を決断した。


 光が彼女たちを包む。


 こうして、その場には漆黒の化物とのパーティメンバーの半数が残された。



<ギルド会館・博多エリア> 31年7月8日 10時02分


 エネルギーとしての石油は既に現役を引退しており、このダンジョンが出現して30年で魔石がエネルギー産業を代替していた。

 どれだけ使っても、供給され続けるエネルギー。つまり時世代のフリーエネルギーとしてそれを使った乗り物が考案され続けた。

 その結果、自動車はダンジョンの少ない田舎を除いて、ほとんどの地域で見かけることがなくなった。


 その代わりに、路面電車が延々と道を走り続けることになった。

 ほとんどが自動運転となり、無限に等しい魔石エネルギーで動いている。


 その結果、ほとんどの道路や駐車場が見直され、建て替えや線路になっている。

 福岡・博多駅周辺もその影響を受けており、30年前と大して変わらない建物をしながら周囲のビル群は一度解体され、駅のみを残して平地にされた。そこに新しく交易の場としての政府のダンジョン機関であるギルド会館を設立した。


 こうして駅を中心にして「博多ギルド広場」と名称を変え、その広場を囲むようにトラベラーの用の専門店や素材店、都心の高級武具屋までが集結していた。

 つまり、九州のダンジョン関係の中心地が博多ギルド広場だった。




 福岡にダンジョンはランクAが3つ。ランクBが9つ存在している。

 ランクAの1つが<天神ダンジョン>であり、繁華街に突如として出現した巨大なダンジョンのせいで地下街の約半分が失われてしまい、地上にあったビル群も倒壊。機能をほとんど失ってしまい今では国内有数の巨大ダンジョンの1つとして有名になってしまった。

 

 ダンジョンの入り口に存在している転移クリスタルのゲートが光る。

 誰かが転移クリスタルを使って、ダンジョンから脱出してきたらしいことを悟ると、その周囲にいたトラベラーたちは救護セットや回復薬などをたくさん準備して待ち構える。


 基本的に転移クリスタルを使うものは命からがら逃げてきたものたちが多い。つまり五体満足とはいかないトラベラーがほとんどだ。そうじゃない限り、ドロップ品でありふれた転移結晶を使う。転移結晶の場合も同じような人だかりはできるが、商売に繋がる確率は低い。よって、転移クリスタルの光は商売人たちにとっては幸福の光とも言えた。


 光が収束して3人の人影が現れた。

 やはりというか、かなりの大怪我をしていると見た。

 一人は腕がない。抱き抱えられながら色を取り戻していく。


 しかし、その人だかりは動けなかった。


 その3人を見て誰もが息をのんだ。目を見開いて事実を受け入れられないでいた。

「Sランカー」


 誰かが呟いた。


 狂墨(クルス)率いる無敵のような強さを誇る日本を代表するトラベラーの総称だった。

 彼女は世界的にも有名なトラベラーだった。

 かなりの恵まれた容姿をしており、その才能(タレント)も一級品だった。

 政府指定戦略院の一人にも選ばれており、国民なら、いやそうでなくても一度は見たことがある美貌。

 そんな彼女は苦しみの表情を浮かべており、残り二人も浮かない表情だった。


「ここは?」


「天神ダンジョンの転移クリスタル出口です」

 

「そう。とりあえず、ギルドに案内してくれるかしら」


 右腕が無くなっている狂墨。その事実に足を止めていた。

 答える者は誰もいない。


「それと、解呪師は居るかしら? 一緒にギルドまで来てください」


 がくりと膝を着いたのは狂墨と一緒に転移してきたツインテールの女。彼女もトラベラー内では有名なアイドルとして売り出していた。しかし、よく見ると地面には夥しい量の血液が赤黒く流れており、尋常ではない怪我だとわかる。生きているが不思議なくらいだ。


 もう一人は深く帽子を被っている魔術師の風貌の女性。

 腰まである赤髪は不規則に長さが揃っておらず、あまり露出していないが、その腕は黒く変色していた。かなりの高温にさらされたのか炭化していた。


「誰か。私は、福岡はあまり詳しくないから」


「ーーーー了解しました」


 薬屋の一人が声をあげた。自分が持っている回復薬では彼女たちの怪我はどうしても治せないと考え至った。生きるためには、ダンジョン前出張所ではどうにもならないことを悟り、返事をした後に、博多ギルド広場にある本店に連絡を入れた。


「こっちです」


 天神から博多ギルド広場までは歩いて30分ほど。路面電車を使えば3分で移動することができる。

 彼は、無駄だと思いつつ今持っている最高ランクのポーションを渡しながら歩き始める。

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