第25話 さよなら、従者様たち

「なッ!?」


 いきなり視界を奪われた。自分の手さえ見えない真の闇の中でサイトスは、条件反射で腕を伸ばし、ブリジットを背中から抱き締めた。何が起ころうと自らが盾となり、彼女を守るために。


「きゃ……!?」

「申し訳ありませんお嬢様、お静かに、動かないでください!」


 腕の中で硬直しているブリジット。いきなり男の腕に囚われた恐怖が痛いほど伝わってくるが、緊急事態である。……もう二度と、何もできぬまま彼女の死を見過ごすなど嫌なのだ。


「分かった、わ。でも、無茶はしないでね、サイトス……」


 ブリジットの声は震えていたが、全身に入っていた力が徐々に抜けていくのが分かった。サイトスだと分かったからだ。彼のことだけは、信じ切っているからだ。

 それを実感し、サイトスが奥歯を噛み締めたところで、一陣の冷たい風が二人の頬を撫でていった。そして世界は、再び光を取り戻した。


「今のはスノーブルーか? だがあいつの出番はすでに終わったはずだ。一体何が、どうなっている……!?」


 そろそろとブリジットから離れながら、サイトスは焦りを口にした。

 従者たちのルートはレヴィンを止めることで終了となるが、その前段階でレヴィンが受けたエルハルトの手下による襲撃とは、ロウアーの狂言だったと突き止めるイベントが入る。スノーブルーと組んでいることも共に明かされるが、この時も彼は手を引くと約束するものの、姿は見せないまま退場となったはず。出てこないほうが処理の負荷が軽くていいだろうと考えていたが、まさかスノーブルーもどこかしらバグっているのか?

 不吉な予感は消えないが、世界が闇に包まれている間に、レヴィンの姿は消えていた。従者たちとブリジットの活躍により兄への誤解を解いたレヴィンが、エルハルトと話をしに行くから、と笑って出て行くこと自体は通常の流れだ。突然のブラックアウトが起こる前、レヴィンはまだ出て行くところまで話していなかったはずだが、どうやら少しだけイベントがスキップされてしまったようである。

 だが、進行に大した影響はない。兄弟王子の仲直りは、従者ルートではサブ要素である。


「ブリジット様。あなたのおかげで、レヴィン殿下は虚しい計画を思い止まってくださいました」

「レディ・ブリジット。レディのおかげで、俺も殿下も大逆の罪を犯さずに済んだ。礼を言うぜ」


 レヴィンがいなくなったことで、従者ルートの最終イベントが始まった。手を取り合って主たちの争いを未然に防いでくれたヒロインに、セイとアルバートが愛を告げ始める。


「そしてあなたのおかげで、私は私自身に胸を張れるようになった。以前より、少しは……ほんの少しかもしれませんが、良い男になれたと自負しております。ですから、どうかこれからも、私と共にいてもらえないでしょうか……?」

「なあレディ。レディに出会えたことで、俺は色々眼が覚めた。情けないが、俺にはレディが必要なようだ。頼む。これから先も、俺を支えてほしい」


 がんばって強気そうに振る舞うものの、つい元の自信のなさが顔を見せるセイの告白。一時はブリジットにも大逆の片棒を担がせようとした、情けない自分をきっぱり認め、一皮剥けた表情で語るアルバートの告白。

 相も変わらず音声がダブっていなければ、もっと感動できただろうに、本当にもったいないとサイトスは残念に思っていた。特にセイのほうは未来の王の従者であり、彼とのエンディングを迎えれば高い爵位を与えられることも語られるのだ。

 ブリジット様、ここで手を打ちませんか? とばかりにチラチラ視線を送るが、しゃんと背筋を伸ばしたブリジットの横顔は決意に満ちていた。


「ごめんなさい。私は、どなたとも結婚する気はありません」


 まあ、そうだろうとサイトスも潔く諦めた。セイとアルバート、個別にはどちらも素晴らしい男性ではあるのだが、同時並行バグによる負荷があまりにも重すぎた。ブリジットの男性不信以前の問題だったのだ。


「セイ、あなたは最初から優しくて真面目な、良い男だったわ。だからこそ、あなたさえ信じ切れないような私じゃない人と幸せになって」


 そこで終わりかと思いきや、ブリジットはしっかりとセイの目を見てそう告げた。


「アルバートは、正直怖いと思うことも多かったけど、駄目だと思えばしっかり反省できる素敵な人。今のあなたなら、女性のほうから寄ってくるわ」


 続けてアルバートにも、同じように決してあなたに非があったわけではない、と告げる。バグに集中を乱され、まともに彼等と触れ合えたとはとても言えないが、伝わるものはあった。ヒロインへの過度なチョロさを除けば、二人ともただ一人として選ばれるに足る人物だったのだ。

 だからこそ、ブリジットには相応しくない。


「ブリジット様……」

「レディ……」


 揃って彼女を呼んだセイとアルバートが、少し寂しそうな笑顔になる。


「……そう、ですか。そうですよね。分かっておりました。女神イルファリアに選ばれし乙女が、私のものになどなるはずがないと……」

「ま、そうだよな! ストラクス伯爵家の次女にして、女神イルファリアに選ばれし乙女。王妃にだってなれる器だもんなぁ……」

「は?」


 にわかに飛び出た問題発言にサイトスの目は点になり、ブリジットは「あ、あら」と動揺しつつも嬉しそうにつぶやく。


「まあ……私ってばいつの間にか、この世界の頂点に立てる存在に……?」

「お待ちください、いつからそんなことに!?」


 女神イルファリアに選ばれし乙女。レヴィン・ルートにて生み出されてしまった概念が、従者ルートでも創世神話に遡って刻まれてしまっていることは確認済みだ。だがセイとアルバートの言い様は、ブリジットが選ばれし乙女であることが周知の事実のようではないか。


「どういうことだ。女神イルファリアよ、一体この世界はどうなっているのです……!?」


 絶叫するサイトスも、記憶を取り戻して以来一番ふわふわ嬉しそうなブリジットも、セイもアルバートも王宮自体も、全てが金色の光に解けて消えていった。

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