第23話 システムビジー・ナウ
『このゲーム難易度であれば、おそらく使用することはないと思いますが……安全第一、ということですしね。一応伝授しておきましょう』
心配性のサイトスに合わせ、女神が教えてくれた技で彼女を呼び出し、バグってしまったゲームを正常に戻してもらう。それが駄目なら、戻し方を教えてもらう。あわよくば一度完全にリセットして、王子たちのルートからやり直しをさせてもらう。あれこれと欲張ったことを考えていたサイトスだったが、待てど暮らせど反応がない。
「て、手順を間違えたか? だが、人目を避けて使え、以外の条件はなかったはずだが……」
部屋の掃除も身支度を調えたのも、女神を呼び出すに際しての礼儀だろうと考えたサイトスが勝手にやったのである。必須の条件ではないはずだ。「私用」コマンドなどと同じく、唱えれば効果が出るはずなのに、イルファリア降臨の気配は皆無。
「一体どうしたのだ。簡単に使えないコマンドなのは分かっているが、ここまでバグっているのだぞ。力をお貸しください、というか説明してください、女神イルファリアよ! あなたが作った乙女のための楽園が、大変なことになっているのですよ!?」
焦ったサイトスは、続け様に「
「やっと……!」
安堵の息を吐き、背筋を伸ばして女神をお迎えする準備に入ったサイトスであるが、その耳に届いたのは無個性なアナウンスだった。
『
「はぁ!?」
仰天して間の抜けた声を出しても、返ってくるのは同じく素っ気ない「
「イルファリア様はグレイシス様とは違う! この期に及んで我らを突き放し、あせる様を楽しむような御方ではないはずだ……きっと! だからこれは、単純なエラーメッセージとして捉えるべきなのだ……!!」
希望的観測も含まれているが、そこを疑い出すとキリがない。ひとまずは、負荷が高すぎる、という警告を文字どおり飲み込むことにした。ただし、それはそれで、すぐに次の問題へとぶつかってしまう。
「それにしても、負荷とはなんだ。お嬢様が妙なことをしたからか!? それとも、ルート併走バグのせいか……!?」
「ふわふわ姫」というゲームは、創世者であるイルファリア自らが大味な作りだ、と断言するようなシンプルな作りである。選んでおいてなんだが通常の進行であれば、チートコマンドも通せないほどの負荷がかかるとは考えにくい。
となると原因は、通常ならざる進行にあると見るべきだろう。ブリジットが暴走したせいでルート併走バグが発生し、そのせいでゲーム全体がビジーとなって、イルファリアは対応に追われサイトスの呼びかけに応じられない。そう考えるのが自然だ。
つまりはイルファリアの助力は当面、期待できない。アドバイスすら聞けない、ということだ。最悪の場合、ゲームが終了するまでずっと。
「嫌だ、ロウアー様のルートには入りたくない! あのルートは、お嬢様が傷付けられる……!!」
セイとアルバートのルートがいきなり修復されるとも楽観しにくい状況のため、サイトスは悲痛な声を出した。銀髪をかき乱し、激情に任せてもう一度壁を殴ってから、すりむけた手の甲を掴んで苦々しく吐き捨てる。
「……落ち着け、サイトス。最早お前自身が、最後の砦なのだ」
奥の手として取っておきたかったイルファリアに頼れない、それが今の段階で分かっただけでも良しとするしかない。もっと追い詰められた状況になった際、一か八かで女神に頼った瞬間に、「時間を置いてからお試しください」と言われても困る。グレイシスを喜ばせるだけだ。
「こうなれば、できるだけゲームの進行を妨害しないよう、ルートを進めていくしかない……」
これ以上の負荷を世界に、イルファリアに、何よりブリジットにかけるわけにはいかない。最悪の場合は従者たちのルートは捨てプレイと割り切り、できるだけ穏便に終えられるよう努めるしかない。
幸か不幸か、夕方になってようやく目を覚ましたブリジットも、連日の同時攻略ですっかり疲れ果てているようだった。
「ロウアー・ルートまで併走などとなったら目も当てられません。お嬢様、どうか流れに身を任せ、とにかく今回のルートは終わらせてしまいましょう」
「……そうね。それがいいと思うわ」
イルファリアの件は口にしなかったが、元々ブリジットは攻略対象の誰とも結ばれるつもりがないのだ。サイトスの念押しに、彼女は逆らう気力もない様子でうなずいた。
※※※
女神降臨失敗という痛手を抱えたまま、セイだかアルバートだかのルートはよたよたと進行していった。
最初のうちは、まだなんとか整合性が取れていた。前述のように従者たちのルートには共通するシーンが多い。二人が同時に出てきても、それぞれの台詞を勝手にしゃべるだけで、相手をするのは大変だが矛盾は生じない。
しかし話が進んでいくと、いよいよ個別のシナリオが始まる。
「あの、私がお相手で本当によろしいのでしょうか。失礼ですが年頃の姫君であれば、我が主とお近づきになりたいものでは……?」
己は地味な、つまらない男だと強調しがちなセイ。自分のルート内でも最初はブリジットのためにと、エルハルトと仲良くすることを熱心に勧めてくる。それでも彼との時間を喜んでくれる(と、セイが勝手に解釈してくれる)ヒロインに、レヴィンや親友アルバートまでも推薦してくるが、「あなたにはあなたの良さがあります」と言ってくれるヒロイン(と、セイが勝手に解釈してくれる)に次第に絆されていく。
「いつまでも、私のような者、などと言っていてはいけませんね。だって私は、天使のように美しく優しいあなたが、認めてくださった男なのですから……」
はにかんだ表情で、少しだけ強気な発言をするセイ。控えめなばかりだった彼にはなかった静かな自信が、内側から彼を輝かせている。
「レディもつくづく物好きだよなァ。……怒らないから言えよ、本当はレヴィン様目当てだって。そこからエルハルト殿下を狙ってる……とまで来りゃさすがにキレるが、姉上のほうじゃあるまいし、レディにそれはねえか」
セイの親友であるアルバートもまた、自分ではなくレヴィンに用事があるのではないかと警戒を見せる。しかし、特に女性には近寄りがたく思われがちなアルバートにわざわざ会いに来てくれる(と、アルバートが勝手に解釈してくれる)ヒロインに絆されていき、意外に繊細な部分をも覗かせてくれる。
「まー、なんだ。正直恋愛なんざ政治の道具、俺は死ぬまで剣を振り回していればいいと思っていたが……笑うなよ。今はレディのために、もっと強くなりたいと思っている」
照れ隠しに顔を背けながらも、ぶっきらぼうに断言したアルバート。やんちゃな少年めいた印象の強かった彼は、守るべき者を得た大人の顔をしていた。
彼等の主であるエルハルトとレヴィンもそうだったが、「ふわふわ姫」の攻略対象はいずれも心優しく誠実な、気の良い男たちなのである。ヒロインに対するチョロさへの疑問はあるにせよ、ブリジットと出会ったことで魅力を増していく彼等にサイトスの好感度も上がっていた。
それだけに、本当に悲しい。ルートがバグりまくったせいで、名台詞がお互いに被りまくっている上に、本来なら別の場所で起こるイベントが同時発生しているため背景まで被っていなければ、もっと感動できただろうに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます