第21話 腹黒、モラハラ、同時襲来 

 グレイシスの不穏な動きなど露知らず、サイトスは案の定揃って屋敷を訪れたセイとアルバートを出迎えた。


「これはこれはセイ様、アルバート様。いかがなさいました?」


 愛想良く尋ねた途端、二人は一斉に口を開いた。


「エルハルト殿下に、ブリジット様のお見舞いをしてくるように言われまして……正直、私自身も気になって……いえ、なんでもありません」

「レヴィン殿下に、レディ・ブリジットの見舞いをしてくるようにと言われてな。俺も顔が見たかったから、丁度良い」


 主の命だと前置きしながらも、自分がブリジットに興味があると匂わせてくる二人。昨日会ったばかりのヒロインに対する食いつきの良さ、さすが攻略難易度Fである。それはいいのだが、巨大な問題は解決していない。


「なるほど。それで、その……お一人で」


 確認の言葉に二人は珍しく、同じように気まずそうな表情になる。


「えっ、ええ……申し訳ありません、私だけで……エルハルト殿下は国王代理として、何かと忙しいご身分なのです」

「……まあな。レディもどうせならレヴィン殿下に来てほしかったとは思うが、あの方はああ見えて、真面目に王族の義務を果たしていらっしゃる。俺を遣わせたのも、その一環だと思ってくれるとありがたい」


 サイトスの念押しは、主はいないのか、という意味に取られたらしい。話を振るたび二人同時にしゃべり出すあたりからも、やはり互いの存在を認識していないようである。謁見の間では多少の会話を行っていたことを考えると、事態は悪化している。


「……少々お待ちください。お嬢様に取り次ぎますので」


 何食わぬ顔で言い置いたサイトスは、いったん下がってブリジットの部屋に行った。今朝はグレイシスを問い詰めていたので、朝の支度はメイドたちに任せていた。もちろんブリジットには昨夜の段階で、セイとアルバートの動向を探るために別行動を取る旨は伝えてある。

 ブリジットも二人の従者の動きは気になっていた様子だ。サイトスが入室するなり、そわそわと質問をし始めた。


「腹黒とモラハラ、どっちが来たの?」

「腹黒でもモラハラでもないお二人が同時に来られました。個々の反応自体は、個別ルートのとおりですが、それが同時並行となると……」


 そこ以外は現状問題はなさそうなのだが、現状でこのバグが収まるとも限らないので、サイトスの答えは自然と煮え切らないものになる。


「ねえサイトス、やっぱり」

「だからといって、修道院に逆戻りなどさせませんからね! もう一日、もう一日様子を見ましょう。どのみち、お二人ともすでに来てしまっているわけですから! 王子殿下の名代として!!」


 ブリジットはブリジットで、隙あらば愛され転生そのものを否定しようとしてくる。そうはさせまいと、サイトスは目の前の問題への注意を促した。


「くっ……殿下たちの名前を使って圧をかけてくるとは。仕方がないわね……」


 苦虫を噛み潰したような態度で妥協したブリジットは、サイトスに伴われて渋々と部屋を出、二人の従者を出迎えた。


※※※


 攻略対象併走、という異常を除けば、ゲームは滞りなく進行している。それというのもセイ・ルートとアルバート・ルートは共通展開が多く、ほぼ同じ場所で同じように進むのだ。主人に背中を押されてヒロインの見舞いに来た彼等が、ストラクス伯爵家の見事な庭を散策するという流れも等しい。


「性格以外は似た立場の二人だからな。王子殿下たちとも、ここまでは同じだが……」


 付かず離れず、垣根の陰に隠れて三人の様子を窺いながら、サイトスは独りごちた。

 背景の使い回しなどの都合もあるのだろう。大切な彼女を助けるチャンスを得た際に、乙女ゲームについての知識は一通り与えられている。


『本当に彼女の転生先はこのゲームでいいのですか? 攻略難易度は確かに低いですが、その分大味な作りです。登場人物は少なく、シナリオも短いですよ。ナビゲーターとしてあなたが付き添うのですし、失敗することはまずないのですから、もう少しゴージャスなゲームのほうが……』

『いえ、よろしいのです。波乱はもう結構、安全第一! ヒロインが確実に幸福になれる難易度を、最優先でお願いします!』


 それは、「ふわふわ姫は愛されまくる」というゲームへの転生が始まる前のこと。まだサイトスという名も与えられていなかった彼の力説を聞いて、長い金の髪をたなびかせた女神は納得の表情になった。


『それもそうですね、ごめんなさい。確かにあなたの言うとおり、彼女も人生にこれ以上の刺激など必要としていないでしょう。女の子の幸せは千差万別、一人一人が心からの笑顔で生きていけるようお手伝いするのが、私の役目なのですから……』


 強大な権限を持ちながら、どこまでも謙虚に自身の役目を果たそうとする女神イルファリア。「ふわふわ姫は愛されまくる」のみならず、数多の乙女ゲーム世界の創世神である彼女自身が、典型的なヒロインのように健気な努力家である。愛され転生のチャンスをくれた恩人でもあるイルファリアのアドバイスを無下にするのは気が引けたが、攻略難易度Fだけは譲れない条件だった。


「……俺が付き添ったところで、確実にブリジット様を守れるとは限らないからな……」


 イルファリアに罪はない。罪はいまだに己を信じ切れない、それだけの力を持ち得ない、サイトス自身にあるのである。

 最初の運命の日が始まる直前まで、執事として、理想のナビゲーターとして、鍛錬を重ねてきた。決して手を抜いた覚えはないが、本来のチャートであれば今頃、ブリジットはエルハルト、さもなくばレヴィンの妃として、よくいる乙女ゲームヒロインの幸福を掴んでいたはずである。サイトスはその横で、万が一の時に備えて睨みを利かせていれば良かったはずなのだと思うと、正直徒労感は強い。


「……いやいや、成就しなかったとはいえ、レヴィン殿下には心を開きかけていたではないか。お嬢様の心の扉は、少しずつ緩み始めている! お前が諦めてどうする、ここが踏ん張りどころだ、気張れサイトス……!!」


 彼女の幸福を心から願っている存在など、最早自分だけなのだから。……彼女自身でさえ、放棄してしまった願いなのだから。

 切なる想いでブリジット様がんばれ、とエールを送るサイトスであるが、ブリジットにかかっている負担は大きい。ただでさえ彼女は、いまだに攻略対象たちを──男を、信用し切れていない。

 サイトス抜きで共に過ごすだけでも厳しいのに、セイとアルバートのバグは収束の気配がない。互いの存在を完全に黙殺したまま、ブリジットが何か言えば個別に反応してくる。同時にしゃべり出す二人の声を聞き分けるだけで一苦労だった。


「あの、お二人とも、私をからかっていらっしゃるのではないのですよね?」


 三十分ばかりは必死に相手を務めていたブリジットだったが、ついに限界が来た。白い肌からすっかり血の気が引いた彼女に言われ、二人の従者はひどく驚いた表情になる。


「は?」

「あぁ?」


 重なった声には面食らったという響きしかない。「ふわふわ姫」ワールドの男たちは、攻略対象でなくてと非常に紳士的なため、多少訳の分からないことを言っても激昂したりはしない。感情の起伏が激しいアルバートも、ヒロインだけにはなぜか怒りを感じない、という設定なのである。


 しかしバグがどう作用するか分からない。何よりブリジットを休ませる必要があると、サイトスは判断した。


「失礼いたします。お嬢様は、まだ体調が思わしくないようでして……!」

「ああ、なるほど……申し訳ありません、楽しすぎて長居をしてしまいました」

「確かにそうだ、すまないなレディ。女としゃべってこんなに楽しいのは初めてで、つい……」


 何食わぬ顔で口を挟んできたサイトスにも、セイとアルバートは口々に気の利かない己を責める。別々に言ってくれれば、多少はブリジットにも響いたかもしれないのだが、現状はノイズでしかあるまい。ブリジットの休息を最優先としたサイトスは、従者たちの見送りも他の使用人に任せ、自分は彼女を部屋まで送ることにした。

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