第20話 陰謀は密やかに
「……今の時点では判断は出来かねます。たまたま今だけ、ルート判定がおかしくなっているのかもしれません。私たちも疲れています。明日以降、どちらがどう動くのか、それを確認してから改めて結論を出しましょう」
「そうね……確かに、疲れたわ」
攻略も三周目。慣れてきてもいい頃合いだが、今回はのっけから雲行きが怪しい。順調だった例しはなく、そもそも順調であれば周回など必要ない、という話はこの際置いておこう。これ以上ややこしいことにならないよう、サイトスは釘を刺しておくことに決めた。
「状況は非常に不確定です。失礼ですが、お嬢様の不要な行動がこの結果を招いたのかもしれません。どうぞおとなしくなさって、ご自身が愛されるに足る存在であることを自覚なさってください」
ブリジットがチート能力に手を出したこと。それ以前に、うっかり先の展開をバラしてしまったがためにサイトスも知らない設定が生まれたことで、ゲームがおかしくなった可能性はあるのだ。違うとしても、愛されヒロインに相応しくない行動はとにかく取らないでほしい。
「だったらサイトスも、自分がどれだけ私に信頼されているか自覚して」
ブリジットも譲らず、逆に詰め寄ってきた。
「私がセイだかアルバートだかと結婚したあと、あなたはどうする気なの。婚家にまで異性の使用人を連れて行けるの?」
「ご心配なく。年頃の令嬢の世話を、執事がメインで行っている時点でおかしいので」
そのへんは結構ガバガバなのだが、ブリジットの幸福に関係ないところはガバガバで結構。正直な話ブリジットが愛し愛され、一生幸福に暮らしていけるなら、自分が側にいなくてもいいとは思っているが、それも彼女に語る必要はない。
「私の夢は、あなたがあなたを全ての不幸から守ってくれる男性と結ばれ、身も心も寛いだ人生を送られることです。この世界の全てはそのためにある。どうぞお嬢様、私の幸福の邪魔をなさらないでください」
「……ずるいんだから」
サイトスの幸福でもあるのだと言われてしまえば、ブリジットは渋々引き下がった。が、どう見ても完全に納得した風ではない。そこでサイトスは、彼女を大人しくさせるために妥協した。
「一つだけ、いい情報を差し上げましょう。セイにしろアルバートにしろ、彼等のルートでは誰も刺されません」
「まあ、そうなの! じゃあサイトスは、痛い思いをする必要はないのね!!」
ぱっと表情を明るくするブリジット。それだけ、自分は大切に想われているのだ。それだけで十分ですと胸の中でつぶやいて、サイトスはうなずいた。
「ええ。ですから、このルートで決めていただきたく思います。私としても、お嬢様のご希望としても、お相手は王子のどちらかのほうが良いかと考えておりましたが……権力から遠いほうが、巻き込まれる可能性も下がりますし」
「そうね……そういう考え方もあるわね」
うまく誘導できたようだ。ほっと胸を撫で下ろしたサイトスは、ブリジットを部屋まで送り、彼女がベッドに入るところまで見届けた。サイトス自身も自分の部屋に下がり、早めに就寝する。
じっくり英気を養って、明日は早起きしなければ。セイ・アルバートいずれのルートであるにせよ、舞踏会に出たものの二人の王子のどちらにもさほど相手にされず、カンカンになったグレイシスは明日の朝早く屋敷に戻って来るスケジュールなのだ。
※※※
馬車が近付いてくる音で飛び起きたサイトスは、帰ってきたグレイシスに昇り始めた太陽と競うような速さで近付くなり「私用」コマンドを使った。王子たちへの文句を侍女に言いまくっていたグレイシスは、すぐに彼女たちを下がらせ、自分の部屋へとサイトスを連れてきた。
「一体、何がどうなっているのです」
扉が閉まると同時に、サイトスはまくし立てた。グレイシスには三周目が始まった直後、機を見て軽く挨拶はしてあるので、前回までの記憶があることは確認している。余分な前置きは要らない。
「周回ごとに攻略対象が変わっていく。それがこのゲームのルールのはずだ。一妻多夫ルートもあるとはいえ、一度に二人を攻略するルートなんてない。おかしなルートに入ってしまったせいか、何やら盛大にバグっている気配もありますし、一体どうして……!」
「わたくしに聞かれても困るわ。わたくしは所詮、ヒロインの障害物として配置された駒に過ぎないのだもの。ゲーム全体の動向に関わるなんて、できるはずがない」
八つ当たりしないでほしい、と言わんばかりの回答は予想の範囲内だ。負けずにサイトスは食い下がった。
「毎回あなたがお嬢様を転ばせて、抱き留めた方が攻略対象として選ばれているではないですか。つまり、あなたが攻略対象を決めているのでは?」
「さあ? わたくしは決められた通りにやっているだけ。今回はあの子が警戒していたので、タイミングを外したり深めに踏みはしたけど、それだけよ。誰がブリジットを抱き留めるかまで、わたくしは知らないわ。わたくしが決められるなら、誰にも抱き留められないか、むしろ助けを求めて突き飛ばされるルートに決まっているではないの!」
「ソウデスネ」
どさくさに紛れて趣味の話をしないでほしい。引いてしまったサイトスに、今度は逆にグレイシスが質問してくる。
「むしろナビゲーターのあなたのほうが、緊急事態に関する情報を持っているのではなくて? わたくしはそもそも、従者たちのルートにはあまり関わらないから、現在のところは混乱はないわ。でも、いつ影響が出るか分からないじゃない。困るのよね、悪い虫がうずいてしまいそうで……」
ふふ……とグレイシスは妖しい笑みを浮かべる。確かに、この調子であちこちにバグが発生すれば、先の展開を知っているはずのサイトスにも把握できないことが増えていくかもしれない。その隙を突いて、グレイシスが悪趣味を満たそうと思えばできるのかもしれない。
「──馬鹿なことを考えないでくださいよ、グレイシス様」
「あら怖い顔。だから、そうならないように、持っている情報があれば共有したいのよ」
「共有と言われましても……ああ、そうだ」
迷ったが、グレイシスを野放しにしておいて、知らないところで姉妹タッグなど組まれてはたまらない。彼女のプロ意識を見込んで、率直に頼むことに決めた。
「お嬢様の動向は常に見張っておりますし、おっしゃるとおり今回のルートでは、あなたはほとんど王城に行ったきりだ。大丈夫だとは思いますが……実は今回、お嬢様は私抜きでご両親から情報を引き出そうとするなど、不穏な行動に出られたのです。そのせいでバグが発生した可能性があります」
そう前置きしてサイトスは、例の「女神イルファリアに選ばれし乙女」なる概念について説明した。
「グレイシス様。あなたはプロの悪役令嬢であり、お嬢様の敵対者として定められている。仮にあの方から話しかけられても、協力するようなことはないでしょうが……万一ブリジットお嬢様が女神に選ばれし乙女云々と、おかしな話を始めても完全否定してください。概念の補強が進んだ結果、本当にチート能力など手に入れられては困りますので!」
「分かったわ」
あっさりとグレイシスは請け合った。サイトスは大丈夫だろうか、という表情を隠せずにいたが、玄関が騒がしくなってきたことに気付いて慌てて出て行った。セイかアルバート、あるいはその両方がブリジットを訪ねてきたのだろう。
「がんばってねサイトス」
白々しい笑顔で彼を送り出したグレイシスは、にまりと人の悪い笑みを浮かべる。
「さあ……そろそろ本気を出してちょうだいな。可愛い可愛い、私の妹……」
掛け値なしの愛情をこめて独白してから後方、自分以外は誰もいないはずの空間を振り返る。
「私自身も、そろそろ本気を出していきましょう。協力してくれるわね? スノーブルー」
「そうだね。キミに協力すれば、この世界の真理に近付けそうだから」
一陣の冷たい風が紫に支配された室内を吹き抜ける。漆黒のローブの裾と癖のない水色の髪をさらりと揺らすは、この世界に存在する数少ない魔法使いの一人。天才少年スノーブルーは、静かな声で悪役令嬢の呼びかけに同意した。
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