第19話 バグった従者たち

 こうして始まった三周目、攻略対象たちとの初顔合わせの場となる謁見の間にて。エルハルトへ挨拶しようとしたブリジットのドレスの裾を、グレイシスが踏んづける。

 タイミングを読み、踏ん張って耐えようと試みたブリジットであるが、グレイシスはそれを見抜いていた。想定より早い段階で来た踏み込みに耐えきれず、ぐらりと傾いだ体に逞しい腕が伸びてきた。


「おっと!」

「危ねえ!!」


 玉座の手前より右から二本。左から二本。計四本の腕がすばやくブリジットを直立させ、同時に離れていく。


「失礼いたしました、許しもなく高貴な女性のお体に触れるなど……無礼をお許しください」

「確かにな。だが、殿下の前でみっともなく転ぶよりはいいだろうよ。それより、怪我はないか?」


 恐縮しきりに詫びてくれるのは、灰色の髪をしたエルハルトの従者、温和な人格者のセイ。ぶっきらぼうながら気遣ってくれるツンツン赤毛の青年はレヴィンの従者、褐色の肌と日焼けした肉体がまぶしいアルバートである。親友同士でもある両者に口々に言われ、ブリジットは男全般に対する恐怖を覚えるより先に戸惑った。


「え、ええ……大丈夫です。ありがとうございます、お二人とも」


 無難な礼を述べながら後ずさる彼女に、おや、という風にセイが瞳を瞬かせた。灰色の髪に囲まれた、いつも温和な顔立ちが意外そうに動く。


「ストラクス伯爵家のお嬢様が、私などにそのように丁寧な礼を述べてくださるとは……変わった御方だ」


 褐色の肌に鮮烈な紅蓮の髪が映えるアルバートが、ひゅう、と面白そうに口笛を吹く。


「俺の顔を見ただけで、嫌そうな顔をするレディたちも多いってのによ。面白ぇ、意外に度胸があるんだな」


 従者たちの反応に興味を惹かれたエルハルトとレヴィンも「セイが自ら女性に声をかけるとは」「アルバートのこと怖くないんだ、珍しいね」と、すでに相手役候補から脱落したにもかかわらず、律儀に興味を示す。連動してロウアーも反応し、やっぱり一陣の冷たい風が謁見の間を吹き抜けていった。スノーブルーは全員攻略しないとシナリオに直接顔を出すことはないはずだが、毎回フラグだけはきっちり立てていくようだ。いや、そんなことはどうでもいい。


「ど、どうなっているのだ、これは」


 狼狽えながらサイトスは状況を見守っていた。恒例の展開ではある。セイかアルバート、どちらか片方に転んだところを助けられたのであれば、だが。


「どうなっているの、サイトス。今回は腹黒とモラハラ野郎に左右から腕を引っ張られて、私が引き裂かれるルート……?」

「そういうのはありません! ……ありません、ないはずです!!」


 こそこそと近付いてきたブリジットに話しかけられ、答えるサイトスの声には確信が欠けていた。そんな残虐展開はないと断言したいが、そもそも二人の攻略対象に同時にフラグが立つなど、サイトスの知る情報にはないのだ。先が読めない。


「いかがされました? ブリジット様。失礼ながら、お顔の色が……」

「そうだな。せっかくの社交界デビュー、そんな調子じゃ失敗しちまうだろう」


 混乱した二人のやり取りを、セイとアルバートは都合良く解釈してくれた。従者たちが主たちに掛け合ってくれ、今回もブリジットの社交界デビューは延長となった。それ自体は両者に共通するルートであるため、構わないのだが、ブリジットも異常な状況だと気付いてしまった様子だ。


「これは、やはり……まずは従者たちを懐柔してその主を刺激し、相争わせよという女神のお告げじゃない?」

「女神イルファリアはそんな最悪のお告げはなさいません!!」


 グレイシスではあるまいし。その場ではきっちり撥ね付けたサイトスだったが、二人の騎士を護衛としてストラクス伯爵家に戻る道すがら、だんだん不安を覚え始めていた。

 それというのも、セイとアルバートは時折、互いがそこにいないもののように振る舞うのだ。


「修道院での暮らしはいかがでしたか? 私も昔、礼儀見習いに出されていたことがあるのですよ」


 これはセイの台詞である。


「ところでレディ、修道院での暮らしはどうだった? オレも昔、無理矢理預けられた時があったなー。何度か脱走しようとして、大目玉を食らったぜ」


 これは、セイとほぼ同時にアルバートが発した台詞である。

 レヴィンにも同じシチュエーションで似たようなことを聞かれた覚えはあるブリジットだ。ルート確定直後、さほど親しくない状況で共通点を探そうとすれば、質問が被るのは自然。しかしブリジットを挟んで馬車の中に座っている状況で、親友同士が相手の声など聞こえていないかのように質問してくるのは不自然すぎる。


「べ、別に、取り立てて話すようなことは……」


 混乱しつつ、毎度のことながらブリジットは素っ気ない態度を取った。


「そうですか。確かに修道院の暮らしは単調ですし、あまり語ることもないでしょうね。申し訳ありません、つまらない質問をしてしまいました」

「そりゃそうだ、ストラクス伯爵家の令嬢が逃げ出すようなこともないだろうしな!」


 気が利かなかったと恥じ入るセイ。あっけらかんと笑い飛ばすアルバート。ヒロインの言動をいいように受け止めてくれるのは、王子たちと同じである。ただし、同じタイミングで正反対の反応を示す二人の眼には、やはり親友の姿が映っていないようだ。


「それでは、私はこれにて。大丈夫ですよ、エルハルト殿下はああ見えて寛大な方ですから」

「じゃあな、レディ。少なくともレヴィン様は怒っちゃいねえから、気にせず休みな!」


 それぞれに主君の名前を織り込んだ別れの言葉を告げ、徒歩で王城へ戻っていく二人。当たり前だが同じ方向へと歩き出したのに、声をかけ合うこともない。前回も健脚だったアルバートの姿がいち早く見えなくなっても、セイが足を早めるようなことはなかった。


「腹黒とモラハラが相手を牽制した結果……という感じでもなさそうよね、今の態度」

「彼等は決してそのような方々ではありませんが、互いのことを認識していないのは間違いなさそうですね……」


 仮に相手を牽制した結果だとしても、目当ての女性そっちのけで陰険なやり取りをしていては嫌われるだけだろう。「ふわふわ姫」の攻略対象がそんな真似をするものか。多少なりともヒロインに対して当りが強いのはロウアーのみだ。

 そして言わずもがな、グレイシス。

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