第15話 選ばれし乙女

 無能を装っているがレヴィンはエルハルトが言っていたように、十分頭が回るし体も鍛えているのだ。当初考えていたほどのゲスではなくとも、どこでスイッチが入るか分からないし、スイッチが入った彼相手に付け焼き刃の護身術で勝てるとも思えない。防御しつつサイトスを呼ぶ寸前、


「まさか……女神の託宣」

「え?」

「女神イルファリアに選ばれし乙女……君が、そうなのか……!?」


 想像の埒外の発言にブリジットは眼を白黒させた。


「……だったらますます、君に相応しい男にならなきゃね」

「い、いえ、その」


 違います、と否定したかったが、ではなぜ先の展開を知っているのか説明できない。したとしても、この調子では別の誤解で塗り潰されるだけだろう。手詰まりになったブリジットを放置して、レヴィンは独走態勢だ。


「待っていて、ブリジットちゃん。兄上がその気なら、僕にも考えがある。……大丈夫。僕も、選ばれている。それを証明して見せるよ!」


 危なっかしい光で瞳を満たしたレヴィンが颯爽と背を向ける。そのまま彼は、廊下に控えていたアルバートと共に屋敷を去った。あ然としているブリジットにサイトスが近付いてくる。


「ね、ねえサイトス。なんだか想定とは違う意味で、不吉なフラグが立ちまくったのだけれど……!? 女神イルファリアに選ばれし乙女ってなに!?」

「私も知りません。多分、あなたが先の展開を漏らしてしまったため、辻褄合わせで生じた概念でしょうが……いずれにしろ問題ありませんよ、お嬢様。この先の展開は、あなたも大体ご存じでしょう?」


 にわかにブリジットの表情が曇ったので、サイトスは苦笑した。


「大丈夫です。二度目ですので、お姉様の刺客は無傷で取り押さえてみせます。あのイベントはゲームのルール上、止められないのでご容赦ください」


 今回はレヴィン・ルートだが、だからといってグレイシスのエルハルト攻略がうまく行っているわけではない。即位前にわずわせるな、邪魔だと冷たくあしらわれ、レヴィンに的を移してももちろん相手にされず、その結果一周目と同じくブリジットに刺客を放つのである。


「……レヴィン殿下が兄上の暗殺騒ぎを起こす。だけど、それは宰相の差し金だと気付いたエルハルト殿下が止めて、全てが丸く収まる……そういうこと、よね」

「そうです。そして眼が覚めたレヴィン殿下とあなたは結ばれ、幸福になるのです」

「……ならないわよ」


 返答までの間にあった、わずかな躊躇をサイトスは見逃さない。


「レヴィン殿下を、どうぞお見捨てなきよう。彼にはあなたが必要なのです、お嬢様。……ただ一人でもいい、誰かが決して離れずに側にいてくれたらと願う気持ちは、お分かりでしょう?」

「……」


 あえての表現に恨めしそうな顔はしたものの、ブリジットは肯定しなかったが、否定もしなかった。


※※※


 ブリジットが逡巡している間にも、一度動き出したゲームは止まらない。前回同様、エルハルトへの譲位ならびにブリジットのお披露目を兼ねた舞踏会への招待状が届き、やむなく応じる運びとなった。


「サイトス、あいつがいたわ。目立たないように、そっと締め上げて」

「お嬢様……お心遣い痛み入りますが、あれは無限に湧いてくるタイプのモブなのです。この時点で消しても、どうせ後で似たような者が出ますので……」


 大広間に入ってエルハルトへの挨拶に向かう途中、ブリジットがやけにきょろきょろしていると思ったら、前回襲撃してきた給仕を探していたらしい。気遣ってくれるのは嬉しいが、あのイベントの発生自体は避けられないのだとサイトスは諭した。


「よろしいですね。絶対に無傷で止めますので、あなたはくれぐれも余計なことをなさらないように。私とあなた、二人の幸福を願ってくださるのなら、約束してください」

「……分かったわよ」


 不貞腐れた調子ながら言質を取った直後に順番が回ってきたので、ブリジットはあえてエルハルトだけを見据えて近付いていった。それによって立ったフラグに合わせ、スノーブルーの襲撃が始まった。


※※※


 エルハルトを狙って吹き荒ぶ殺意の風。対応に追われる兵士たち。側にいたゆえに巻き込まれてしまったブリジットたちも守ってくれはするものの、標的は明らかなのだ。注意が薄くなるのは仕方がない。


「死ねっ、頭ふわふわパンケーキ娘!」


 心の隙を縫うように迫る兇刃。招待さえされなかったグレイシスの恨みを乗せたナイフが光る。来ると分かっていても、刃物を持った男が突進してくる恐怖に顔色を失うブリジットの唇が、堪りかねたように一つの名を呼んだ。


「サイトス……!」

「問題ありません、お嬢様。ほら、この通りです」


 給仕が地を蹴ったのとほぼ同時に横合いから飛びかかったサイトスは、料理と割れたシャンデリアを巧みに避けながら彼を取り押さえた。血に汚れていないナイフを取り上げて遠くに投げ、慌てて駆け寄ってきた兵士たちに身柄を引き渡す。

 それでも安心できないらしく、ブリジットは泣きそうな顔で寄ってくると、サイトスの全身をせっせと確認し始めた。その間にエルハルトはレヴィンとアルバートを連れて来させ、弟への愛情を示して兄弟の和解は成った。


「……ごめん、ブリジットちゃん。偉そうなことを言ったのに、結局僕は、ロウアーに踊らされていただけだったんだね。魔法使いに選ばれたなんて言われちゃ、テンション上がっちゃうよなぁ……」


 ロウアーの指図で訪ねてきたスノーブルーに唆され、殺られる前に殺れとばかりに凶行に走ったと語るレヴィンは、情けなさそうではあるが吹っ切れた様子だった。


「兄上、あまりロウアーを責めないでやって。僕が……いいや、僕と兄上が不甲斐ないから、ロウアーが無理矢理膿を出してくれたんだ。お前こそ口で言えよってちょっと思うけど、これまでの僕と兄上じゃ、言葉で諭されても聞き入れなかっただろうし」

「……分かっている」


 ロウアーを庇う余裕さえある弟にエルハルトは重々しくうなずいた。すでに謹慎まで宣言され済みのロウアーは大きく表情を動かすことこそなかったが、レヴィンの成長を感じたのだろう。「エルハルト殿下に万一のことがあった際にも、王国は安泰ですね」と独りごちた。


「ロウアーは本当に、そういう言い方しかできなんだから……まあ、いいや。確かに僕は、兄上のスペアでしかないって拗ねていた頃よりは成長できたと思うよ」


 苦笑いしたレヴィンの眼が、自分を捉えるのをブリジットは感じた。条件反射で視線を逸らしそうになったが我慢する。逃げようとしても、無傷であることをしっかり確認したサイトスに止められるに決まっている。


「それは君のおかげだ、ブリジットちゃん。君は僕を、理解して……いいや、理解を超えて」

「お断りします」

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