第12話 第二王子ルート確定
「大丈夫? ブリジットちゃん。今日の舞踏会は、やめておく?」
サイトスの背に隠れてしまった彼女に、レヴィンは優しい声をかけた。
「おい、レヴィン」
エルハルトが渋面を作るが、レヴィンは唇を尖らせて反論する。
「だって兄上、見てよブリジットちゃんの顔色。かわいそうでしょ、こんな状態の女の子を無理矢理デビューさせるのはさぁ」
「……まあ、そうだな。今日のところは、帰ってもらったほうが良さそうだ」
「誰のせいだと思ってるのよ……」と怨嗟の声を漏らしているブリジットを尻目に、兄の同意を引き出したレヴィンは満面の笑みを浮かべる。どこか作り物めいた、いつもの彼の笑顔。
「だよねー! じゃあさ、僕がストラクスの屋敷まで送っていってあげるよ!」
「えっ!?」
ブリジットは仰天しているが、サイトスはこうなることを知っているので動じない。
「まあ……光栄ですわ、レヴィン様! なら、是非わたくしも」
グレイシスは図々しい態度で便乗を試みるが、レヴィンは笑って取り合わなかった。
「いいよ、グレイシスは。朝早くから城に来て、これまでもずっと忙しそうにしてたじゃないか。そんなに楽しみにしてた舞踏会なんだから、是非兄上と一緒に楽しんでいって! じゃあね!!」
言うだけ言って近付いてきたレヴィンが、謁見の間の出口を指し示す。グレイシスは一瞬、ブリジットをすさまじい目でにらみつけたが、深追いするより本命のエルハルト一点狙いにすべし、という判断を下した様子で動かない。ブリジットは姉に縋るような視線を送っていたが、サイトスに促されたこともあり、渋々と歩き出した。
「おい、待て、レヴィン。勝手なことをするな!!」
「いーじゃんいーじゃん、みんな兄上さえいれば平気でしょ。ほら、アルバートも、行こう!」
「……おう」
重用している騎士を呼び付けたレヴィンは、エルハルトの制止を無視して謁見の間を出てしまった。
「さあ、お嬢様、行きますよ」
「え、え……そう、ね。行かないとね……」
社交界デビューはしたくない。屋敷には戻りたい。レヴィンの口添え自体はありがたいのだ、彼自身の存在を除けば。サイトスの影に隠れたまま、ブリジットはぎくしゃくと歩き出した。ストラクス伯爵家の馬車が見えてきた時、彼女はすばやく言った。
「あの、ここまでで結構です! これ以上、ク……いえ、殿下の手をわずらわせるなど、あまりにも申し訳なく……」
「そんなことないよ。ていうか、僕も乗せてよ。今夜は君と、ずっと一緒にいたいなー、なんちゃって」
へらへらと軽い口説き文句を並べるレヴィンであるが、その目はあまり笑っていない。言動と表情の乖離を察したブリジットはぎくりと身を凍らせた。
「ど、どうして……まさか……!?」
人間狩り、と口走る寸前、レヴィンの瞳が和らいだ。
「……すごいね、なんで分かったの? 僕、あんまり城にいたくないんだよね」
「え?」
「兄上が王様になる日が近いからさ、みんな忙しそうで……だから、嫌なんだ。社交界デビューする子たちだって、一番の狙いは兄上だしさ。僕にもしっかり色目を使ってはくるけど、二番手扱いなのが見え見えなんだよね。当たり前だけど」
良いように解釈したレヴィンが、めったな者には開示しないはずの複雑な心境を唐突に語り出す。兄弟揃って本当にブリジットお嬢様にはチョロいな、という感想を飲み込んでサイトスは静観していた。今回はレヴィン・ルートで確定のようだ。
「ほら、乗って乗って。大丈夫だよぉ、送り狼にはならないから。今夜は家に送るだけで我慢してあげる」
「そ、そうですか。──サイトス、いざという時は、分かっているわね」
「ええ、分かっております。送り狼というのは、家までついていって家族にも危害を加えるという意味ではない、ということが」
そんな物騒なものではない。本来の意味どおりのことも、この世界の攻略対象男子が告白も行わずにするわけがない。そうと知っているサイトスは素知らぬ顔だが、ブリジットはエルハルトの例だけでは信じられないらしく、馬車の中でレヴィンに話しかけられるたびに青くなっていた。
「ああ、もう着いちゃった。それじゃ僕は、このへんで」
やがて辿り着いたストラクスの屋敷にて、馬車が停まるなりレヴィンは別れの挨拶を始めた。
「もうお戻りになるのです? せめて飲み物ぐらいは」
「いいよ、ブリジットちゃんってば、すごく緊張してるみたいだし。ごめんね、付き合わせちゃって」
エルハルトと違ってレヴィンは女性慣れしている。複雑な心境を語り出した時点で好感度はかなり高くなっていたものと推察されるが、兄のように誰かに進言されるまでもなく、自主的に切り上げると言い出した。
「とんでもありません。今からお戻りになれば、舞踏会にも間に合うでしょうし!」
間髪を容れずブリジットは否定し、しっかり余計なことも付け加えた。サイトスは一瞬雲行きを危ぶんだが、なにせこの世界は難易度Fの乙女ゲーム。ヒロインの言動は、万事が好意的に解釈される。
「僕の立場を、そんなに心配してくれるの? 優しいね。でも、せっかく出てきたんだし、アルバートとしばらく夜遊びでもして帰るよ。じゃあね、また遊びに来るよ!!」
抜け出したがっていた舞踏会に戻れ、と言われてもこの有様。ひらりと馬車を降りたレヴィンは、馬で並走していたアルバートと一緒に去っていった。どうやら帰りはレヴィンを馬に乗せ、アルバートは徒歩で供をするらしい。健脚である。
「馬に二人乗りを強要しないあたりは、一応評価しましょう。ふう、とりあえず、お父様たちは守れたわ……」
「良かったですね」
動物虐待はさておいて、レヴィンが人間狩りを好むと固く信じているブリジットである。降って湧いた災難はなんとか追い払えたと、額の汗を拭った。
「兄のほうと違って、弟は被害の範囲が広いクズ。対応を誤ったら、家族が先に何かされるかも。気が抜けな……」
「お嬢様?」
殿下はそんなことはなさいませんよ、と言う前に、ブリジットが自ら言葉を切った。揺れる大きな瞳の焦点が合っていない。ぎょっとしたサイトスに両肩を掴まれたブリジットは、軽く咳き込みながら彼の顔を見上げる。
怒鳴る父の影。気配を殺している母の影。そして……これは、誰? 大好きなサイトス。唯一信じられるサイトス。大丈夫。彼さえいれば、大丈夫。
彼だけは喪いたくない。
「……けほ、ご、ごめんなさい、サイトス。私、また、前世のことを思い出しちゃったみたい」
「なんと……いけません、すぐにお部屋に。一刻も早くお休みください!」
血相を変えたサイトスにふわりと抱き上げられたブリジットは、ふと不安に駆られて尋ねた。
「そうだサイトス、怪我は大丈夫?」
「怪我? な、なんの話ですか。このサイトス、どこも蹴られてなど……!!」
「ほら、私が刺客に刺されそうになって庇ってくれた時の怪我よ」
ブリジットがなんの話をしているか悟ったサイトスは、安堵に表情を緩めた。
「……ああ。あれなら問題ありません。ゲーム内時間が巻き戻った時に、一緒にリセットされましたので」
「ならいいんだけど……サイトス、たとえレヴィン殿下が本性を露わにしたとしても、今度は私を庇ったりしちゃ駄目よ。あなたにもしものことがあったら、私」
「いいえ」
ブリジットを抱えて屋敷の階段を上がっていきながら、サイトスはきっぱり断った。
「駄目です、お嬢様。その命令だけは、絶対に聞けません」
「サイトス……」
自身の肉体すら平然と盾に使う執事の、厳然とした態度にブリジットも納得せざるを得ない。
「なら……修道院に戻して、という命令は聞いてくれるのね……?」
「引っかけようとしないでください! 却下!! あなたはこの世界で、絶対に攻略対象の誰かと結婚して幸せになるのです! はい、話は終わり!! メイドを呼びますから、今夜はこのままお休みください!!」
たくましくて結構な話だが、その手には乗らない。ブリジットを彼女の部屋のソファに下ろしたサイトスは、物音に気付いて集まってきたメイドたちに後のことを頼んで出ていった。
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