人の心を操る魔法

金石みずき

人の心を操る魔法

 死に場所を求めて森を彷徨い歩いていると、突然木々が開けて村が現れた。過疎地のお手本のような村だ。文明レベルが昭和初期まで遡ってしまったんじゃないかと錯覚する。昭和初期なんて知らないからただのイメージだけど。

 村人のほとんどは老人で、他所の者の俺を訝しんで遠巻きに見ていた。見ているだけで話しかけてきたりするわけではなかったため、俺からも話しかけなかった。


 しばらく歩いていると、初めて年の近そうな女性を見つけた。なんとなく親近感が沸き、話しかけると普通に応じてくれた。名前は舞と言うらしい。そして会話の流れで、普段はどんなことをしているのか聞いたとき、舞がはっきりとした声で言った。


「私、魔法使いなの」


 最初は中二病にでも罹ったままなのかと思ったが、舞にふざけているような様子はない。困惑しながらも、一応話に乗ってみることにした。


「魔法使いって、あの魔法使い? 炎とか水とか操ったりするような」 

「使う魔法は違うけど、概ねその理解でかまわないわ」

「へぇ? じゃあ見せてくれよ」

「今は見せられないの。明日の夜まで待って」

「なんでだよ」

「だって今見せても意味ないもの。然るべき場でないと」

「その然るべき場とやらが整うのが明日の夜だと?」

「そうね。この村に宿はないから、今日と明日はうちに泊まっていくといいわ。私の家、神社で結構広いから部屋余ってるし」


 やはり冗談を言っているような様子ではない。そこまで当然のように魔法があると言われると、俄然気になってきた。宿の確保も出来たことだし、死ぬ日程が多少後ろに延びたくらいは大した問題ではない。


「わかった。なら待つけど……どんな魔法なんだよ」


 それを聞いた舞はニヤリと笑みを深くした。


「安心して。あなたにはかけないから――人の心を操る魔法よ」



 次の日、舞は村の中を案内してくれた。

 散村になっており各家同士の距離が遠く、各家が大きな畑を持っている。どうやら農業が盛んらしく、かなり多くの種類の作物が育てられていて驚いた。

 偶然、俺の実家も農家であったため、話には割合ついていくことが出来た。そのためか舞には気に入られたらしく、途中からは嬉しそうな表情であちらこちら連れ回された。俺も何年かぶりに楽しいと思えた。

 

 日が完全に沈んだ。街灯もほとんどないこの村の夜は本当に暗い。俺はここに来てから月明りの明るさを初めて実感したくらいだ。

 さて、約束の夜だ。一体何を見せてくれるのだろうか。

 人の心を操る魔法って言ってたよな、確か。それを村人全員にかけると。つまり、集団催眠のようなものか? 俺にはかけないと言っていたが、本当に大丈夫だろうか。


 頭の中にゾンビのように意識虚ろになった村人の集団が浮かび、一人身震いする。

 と、そこで突然後ろの襖が開いた。


「入るわよ」

「うおっ!」


 驚いた俺を、舞は「何してるの?」という目で見下ろした。さすがに文句の一つでも言ってやろうかと抗議の声を出そうとしたそのとき、舞が妙な格好をしているのに気が付いた。


「えっと……その格好は?」

「見ての通り、巫女服よ」


 そういうことを聞いたわけじゃないんだが。天然か? こいつ。


「なんで着てるんだ?」

「なんでって……」


 舞は少し考えるような様子をした後、はっきりと言った。


「コスチューム・プレイね」

「コスプレって言えよ! というか、マジでただのコスプレなの? 魔法に関係しているとかじゃなくて?」

「関係していないわけではないけど、別に私は神事を行うわけじゃないもの。だからただの雰囲気作りといった側面が大きいわね」


 事もなげに舞はそんなことを言う。やっぱりただの中二病だったのだろうか。

 胡乱な目で見つめる俺の視線を、舞は平然と受け止めた。


「まあでも、この方が気分が乗るでしょう?」

「舞の?」

「私も含めみんなよ。――着いてきて」


 案内された広場には村人全員が集まっていた。

 舞がその場に現れると、一斉にみんなの目が舞に向いた。そしてまるでモーゼが海を割ったときのように、人の海が割れて通り道が出来上がった。舞はそのまま導かれるように歩き、やがて広場の中心で止まった。

 村人たちはその舞に対して数メートルの間隔をあけ、ぐるっと取り囲んで地面に座った。

 異様な雰囲気だ。人々の騒めきはどんどん鳴りを潜めていく。


 ――場がしんと静まり返った。


 中心で静かに佇む舞が祈るように手を組み、目を閉じた。

 すると不思議なことが起こった。

 

 ――光だ。


 舞の周囲の地面から、空気から、淡い光の粒が現れてふわふわと辺りに漂い出した。

 光はまるでスポットライトのように、舞だけを夜に映し出す。

 やがてだんだんと光が強くなったとき、唐突に舞が目を開け、舞った。


 ――光の奔流が起こった。


 舞が手を振るたびに、回るたびに、跳ねるたびに、光がその動きに合わせて動く。


 ――光が泳ぐ。噴水のように登り、雨のように降る。地面を滑り、また弾けて元に戻る。


 村人は祈る。

 舞と魔法に目を奪われながら、まるで神様を見るような目で祈る。


「これが魔法……か」


 予想以上の光景に圧倒され、立ち尽くしたま呟く。

 同時に、隣に誰かが歩いてきたのがわかった。


「見事なものでしょう」

「神主さん……これは一体?」

「これが、我が家に――いえ、この地に代々伝わる魔法です」


 神主さんは滔滔と語る。


「この地には元来、雨はあまり降りません。農業が生活基盤となっているのにも関わらず、です。――ただ、現代に至っても未だ自然と密接に関わりながら生活しています。だから真摯に祈れば、神様は聞いてくださります」

「つまり舞さんが雨ごいの儀式をしているということでしょうか?」


 神主さんはゆっくりと首を横に振った。


「当家は代々神社の家系ではありますが、私共に雨を降らせるような力はありません。神様は個人の頼みなんて聞いてはくれない。重要なのはみんなが望んでいるということ。その純粋な祈りが神様に届き、雨を降らせてくれる」


 神主さんの視線が俺から外され、舞の方を向いて目を細められる。


「舞はただ舞っているだけです。神様に何か捧げるとか、祈りを届けるとか、そういうことはしておりません。ただ村人たちに『みんなで祈ろう』と訴えかけているだけです。みんなの祈りの力と方向性を一つに纏める象徴に過ぎません」

「――だから『人の心を操る魔法』か」


 神主さんは頷く。


「舞はこの土地を愛しています。他の誰よりも。――ですが近年は若い者がどんどん減っており、あの子が最後となりました。時代の流れでしょう。どうしようもありません。きっとうちの家系もあの子で滅ぶでしょう。そうしたらこの村は終わりです。しかしあの子はここを出ようとしません。出た方がいいと何度も言いましたが、他でもない本人が望んどらんのです」


 俺は二の句を告げない。


「元々神様への祈りでかろうじて存続しているような村ですから、これは必然のことです。みんな納得しております。これは長い長い延命処置に過ぎません。ただ、私はあの子の愛するものを守ってやれないことがどうしようもなく悔しいのです」


 表情に無念を滲ませながら語った神主さんは、はっと気が付いた顔をして、また穏やかな元の表情に戻った。


「――語りすぎましたね。お邪魔しました。どうか最後まで見てやってください」


 俺はそのままどこか放心したかのように舞を見続けた。

 どこか夢現に。幽世に足を踏み入れたような気分で。


 そして最終局面を迎える。

 舞は両手を掲げて天にありったけの光を放った。だんだんと細く束ねられ、一筋の光となって高く高く飛んでいく。

 そして遥か上空でいっぱいにはじけて星のように瞬いた。

 それはこの世の何よりも美しい光景だった。


 その光景を見ながら思う。

 そうだ、ここは幽世だ。俺はきっと、もう死んでしまってここにやってきた。


 舞は嘘をついた。

 どうやら俺は魔法にかけられてしまったらしい。

 人の心を操る魔法に。

 死のうとしてた俺が、今生きたいと思っている。それが何よりの証左だ。


 舞はどんな反応をするだろうか。

 受け入れられるとは限らない。

 嫌がられるかもしれない。

 そのときはおとなしく、ここを去ろう。

 だけどもし許されるのならば――


 祈りの時間が終わり、各々の家に戻っていく村人たちの中心に舞はいる。

 

 ――俺はその中心に向かって、一歩を踏み出した。

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人の心を操る魔法 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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