2021 ①
年末年始。
毎年の仕事の忙しさに加えて、この二年はコロナ禍もあった。しばらくぶりに帰省した娘の世話を焼きたいらしい。
買い物に一緒に行く?
夕飯は何がいい?
あなたの好きなチョコレート買って来たわよ!
お風呂先に入りなさいよ!
母親は何かにつけて結子に話しかけてきた。
父親は居間で新聞を読むふりをして、台所で交わされるそんな母娘の会話に耳を
あと数年で三十路になろうという娘を大切に構う両親に余計な心配をさせてはいけないと思う。
――私は東京で幸せに暮らしています。
そんなポーズを崩すわけにはいかない。
強がりだと悟られないように細心の注意を傾けて、両親の前で笑顔をつくっていることに疲れた。
まちの中央を横断して流れる
空を見上げるとオリオン座が近くに見える。それはきっとここが田舎で、街の灯りが少ない分、星が東京で見るよりもハッキリと見えるからだ。
―─こんなはずじゃなかったのに。
結子は思う。
大学進学で東京に出たとき、田舎から飛び出して都会に出ればキラキラした人生が歩めるのだと、結子は信じて疑わなかった。
おしゃれな服を着て、海外発高級ブランドのやたらいい香りのする化粧品を使って、流行りのカフェに行き、写真映えするスイーツを食べる。
カッコいい男の子と出会って恋をする。
広々としたモードなオフィスでカッコいい仕事をする。
みんなが羨むキラキラした人生が手に入って、毎日ニヤニヤしながら暮らせるのだと思っていた。
田舎では手に入らない、夢の生活。
雑誌やドラマの中の、ジェットコースターみたいに楽しい毎日……
―─どうしてこうなっちゃったんだろう。
大学に入ってすぐアルバイト先のカフェで知り合った
貴博と一緒に歩いていると必ず雑誌の撮影やモデル事務所のスカウトから声がかかる。それは結子にとっても誇らしいことだった。
結子は大学を卒業したら、貴博と結婚してもいいと思っていた。しかし、結子は就職した一方で、貴博は大学院に進学したものだから、結婚の話の「け」の字も出ないまま年月はずるずると過ぎ、8年経って
「引越し代払うから……申し訳ないんだけど出ていってくれないかな?」
と突然言われた。
それは日曜日の午後だった。つけっぱなしのテレビには『新婚さんいらっしゃい』が映っていた。
「なんで?」
冗談だと思ったのもある。
結子は自分でも驚くほど冷静に切り返した。
「……デキちゃったんだよね」
「何が?」
「………………」
「何がデキたの?」
「……子ども」
貴博はほとんど聞き取れないようなか細い声を絞り出して答えた。
一瞬気が遠くなって、強烈な睡魔に襲われたことを、結子は覚えている。瞳を閉じたからなのか、目の前が真っ暗になる。ヨロヨロと後ろに倒れそうになったところで踏みとどまった。
「……へえ。で、誰の子ども?」
気づいたときには、口が勝手に動いていた。
不思議なことに涙はまったく出なかった。
自分は本当に貴博を愛していたんだろうかと自信がなくなるぐらいに、結子の心は反応を示さなかった。
貴博と別れた後、結子は合コンと街コンに明け暮れた。貴博と付き合った八年間を取り戻さんと、週4から5で遊び回った。
そして、ついにはマッチングアプリで知り合った年上の男と付き合った。彼が独身だと言うから半年間真面目に付き合ってみたのに、実は既婚者だと分かったときは愕然とした。
弁護士に相談して貞操権侵害の内容証明を職場に送りつけて信頼失墜させてやろうかと思ったけれど、よくよく考えてみれば、自分が惨めになるだけのような気がして、よした。
この時も結子は泣かなった。
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