サラリーマンのふーさん、東京上空からお届けします
いちのさつき
第1話 ふーさんが東京上空からお届け!
20XX年。クリスマスになったばかりだ。真っ暗な夜。東京上空。ある男が空に浮いていた。目測身長180cm、肌は日に焼けておらず白く、糸目で、黒髪をオールバックにしている。白の狩衣という平安時代以降の貴族の格好で、彼の右隣に牛車がある。
いくら何でも現実味がないと? 当たり前だ。彼の職業自体、公に活動しているわけではない。職業としては既に存在しない陰陽師だからだ。
それでも力は先祖代々引き継ぎ、こうして現代までどうにか完全に消失させずに済んでいる。仕事というよりか、彼の家である阿部家の希望でこうなっているだけである。だから術を使える事が出来ていても、現代の良くある仕事に就いている。
因みに普段の彼の職業は某有名企業のサラリーマンである。京大から卒業し、就職と同時に東京に住むようになった。ガチガチの古典好き野郎で雰囲気が独特なので変人扱いされている。
なお、彼の顔はイケメンに属するため、女性に大人気である。同僚男性舌打ち案件とはこの事か。
「さてと。彼女が来るまで待とか」
夜空で待ち合わせをしていた。下が明るいため、自ら灯りを持つ必要はないと、腕を組んで待つ。ヒートテックやホッカイロなどを装備しているため、薄着でも平気である。牛車で待つ必要が無い。
「ふーさん!」
彼のあだ名を呼ぶ明るい声が聞こえる。黒目で黒色の癖のないショートヘアの少女がやって来た。ただし唯の少女ではない。彼女も空を飛んでいる。ワンピース、帽子。どちらも赤色だ。所謂サンタコスチュームと言う奴だ。
「ってクリスマスなのになんで!?」
彼を見て早々、失望したような声を出す。ふーさんの格好が平安時代の貴族そのものだからだろう。
「いやー僕、ああいう西洋の似合わなくてな」
困ったように笑い、頬をかく。
「何でも似合うでしょ! まあいいや。何度も言ってもこれだもんね。今年こそはって思ったんだけど」
白い息が彼女の口から大量に出て来る。
「何年もやってもこれだもんね。もう諦めよう」
「いやーすまんな」
感情が籠ってない棒読みだ。
「絶対思ってないじゃん。もー。それで皆も配置に付いたの?」
諦めきった少女は切り替えた。
「そろそろちゃうかな。ちょいと待ってや」
ごそごそと懐からスマホを取り出し、連絡を見る。全国各地散らばっている仲間が指定された位置に到着した事を確認する。
「全員揃ったって」
「そっか。それなら始められるね」
少女は牛車から白い巨大な袋を取り出す。箱の角があり薄くなり、袋が破れそうで怖い。重いはずなのに、彼女は軽々と背負う。
「よし。置いてええで」
白い円の中に星がある陣に重い物を置く。通常なら落下するはずの物が何故か浮く。
「ちょいと口、緩めてもらってもええか」
「はーい」
紐を緩め、袋口を少しだけ開ける。
「皆に連絡するから待っといてな」
男は片手で器用にスマホをタップして、SNSのアプリのグループ全体に報告した。楽しそうに笑う。
「ならそろそろ行くか。茜ちゃん。本番やで」
「はーい!」
少女の名を呼ぶ。茜ちゃんは元気よく返事をし、黒目のはずの目が金色となり、大きく開く。ふーさんは素早く手を動かし、小さい声で詠唱する。白く光る狐が数匹現れる。狐が増えていくにつれて、袋の中身がどんどん減っていく。何とも不思議な光景だ。
100匹ぐらいになったところで、袋は空になった。
「こっちは終わったで。あとは送り出すだけや。全部の位置、把握しとる?」
声を出す余裕はないのか、茜は静かに縦に頷くだけだ。
「最終段階、いこか!」
ババッと呪符を片手5枚ずつ持ち、解き放つ。直径10mほどの魔法陣のようなものが一瞬だけ光る。100匹の狐たちは縦横無尽に彼の周りを駆けた後、夜も明るい首都に飛び立っていった。
「聖なる夜に祝福を。まさか陰陽師の子孫が外の国の催しでプレゼント送る時代になるとはな」
クリスマスはキリストの降誕を祝う行事だ。ただし日本だとただのお祭りにしか過ぎない。本命は年末の大晦日と正月だろう。それでも子供にとってはプレゼントが貰える楽しい行事であることに違いはない。
そして人ではない「何か」も、楽しんでいる。本来はサンタクロースがやるべき仕事だが、見えるわけではない。それ故配ることが出来ない。
彼らのニーズを応えたのが、敵であったはずの陰陽師の子孫だった。経緯は不明だが、時代の流れが思わぬ方向に行ってしまった事は事実だ。
「安倍晴明も腰抜くんとちゃう? その辺りはどう思う?」
紫色の粒をガリガリと嚙み砕いていた少女はいきなりの質問に戸惑いながらも答える。
「どうでしょうね。何も気にしないのでは。平安の人なんですよね。西洋のせの字も出ない時代じゃないですか。配り先に関しては何とも言えませんが」
彼女の答えにふーさんは不満気である。期待していた答えではないのだろう。
「おもろない」
失望感溢れんばかりの声でこの発言である。茜はアワアワと動揺する。
「冗談やて」
御覧の通り、ケラケラと笑っている。
「それじゃ。お父さんと待ち合わせしてるとこに行きます。年末にお会いしましょう」
配り終わったので、茜は帰ろうとする。
「ちょっと待ってや」
ふーさんは牛車から丁寧に包装された箱を取り出し、彼女に渡す。
「メリークリスマス。楽しんでや」
「あ。ありがとうございます。それとメリークリスマス。それでは」
「ん」
さり気なく渡したプレゼントの中身、〇天堂のスイッ〇である。ずっと欲しがっていると聞き、どうにか手に入れたものだ。去年まではちょっと高価な文房具ぐらいで、大したものではなかった。どう反応するのか楽しみだなと思いながら、ふーさんは帰宅した。
後日、クリスマスプレゼント名目で大量の手打ち蕎麦麺が送られ、同僚に配る羽目になったとか。
「クリスマスプレゼントがこれって予想外やで。おじさん。捨てちゃあかんからいただくけどな?」
クリスマスの認識がややズレ気味である茜の父に教える必要があるのかもしれない。ベランダに置かれていた大量の蕎麦麺が入った木箱を見て、決意をしたふーさんだった。
サラリーマンのふーさん、東京上空からお届けします いちのさつき @satuki1
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