第3話


 いがぐり頭の子はよれたTシャツに膝までのジーンズ、ガムテープで補強した茶色のサンダルを履いていた。窓枠に置いた手の指先近くにオニヤンマが止まっている。啓介は思わず、「あっ」と声を出した。その子は動じない。だからオニヤンマも止まったままだ。


「何か盗む気か?」


 その子がもう一度聞いた。啓介は頭を動かさないままぐるりと辺りを見回して、そういえばあの小屋の中にレジが置いてあったと思い出した。


「ここはお店なの?」


 啓介が尋ねると、その子はやっぱり動かないまま目を細める。足をぶらぶらさせるのもついにやめてしまった。


「植物を置いてる」


 果たしてそれが答えになっているのか啓介にはわからなかった。ただ、植物があるのは聞かなくてもわかっていることだ。啓介が頷くと、その子はまた口を開いた。


「お前みたいなガキがわからないような貴重なものもある。勝手に覗くな」


 覗くな? 触るなじゃなくって?


 啓介は首を傾げた。さっきからおかしな会話だ。第一、その子は啓介と大して変わらない。見た感じだと小学校6年くらいだ。中学生に見えないのは、いがぐり頭と擦り切れた膝小僧のせいかもしれないけれど、話し方はそれよりもっと偉そうだった。


「この店の子?」


「そうだ」


「……ねえ、そのオニヤンマ、生きてるよね?」


「オニヤンマ?」


 指先の近くにいることに気がついていないのか、その子は空を見上げた。そして、今まで微動だにしなかったオニヤンマがふわっと空へ飛び、まるで「ここだよ」と訴えるようにいがぐり頭の上を飛んで行った。その子が、「ああ」と口元を緩めた。


「待ってろ」


 その子はそう言って足を持ち上げ、くるりとお尻を軸にして回った。それからカウンターの向こうへ飛び降りると、ペカペカと足音を立てて見えなくなった。しばらくして戻るまで、啓介は息をするのも躊躇うほどじっとしていた。


 戻って来たその子は、窓枠のところへグラスを置いた。緑と青を混ぜたようなガラスでできていて、円柱の形をしている。中には麦茶が入っていた。


「喉が渇いてんだろ」


 何か疑問を持つ前に、啓介は走り寄ってそのグラスを慎重に手に持った。ひんやりと冷たい。中で氷がぶつかって涼やかな音を立てる——啓介は一気にそれを喉へ流し込んだ。


 渇いたところへ水をもらい、すっかり息を吹き返した植物にでもなった気分だ。いがぐり頭の子がカウンターの向こうで丸椅子に腰掛け、足を浮かせてくるりと体ごと一周してみせた。




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