第2話 相違
「え……嘘、薫?」
向こう十年は会えないと思っていた幼馴染にいきなり再開した上、彼は見違える程変化していた。
少し甘い香りを漂わせ、入学早々制服を少し着崩していた。
服を着崩すのはともかく、彼はこんな匂いしていたのだろうか?
「ねぇ、ねぇってば!」
少しだけ、ほんの少しだけ不満の色が交じった声を浴びて、俺は我に返る。
「あ…ごめん、ちょっとボーッとしてた」
「駄目だよ、入学早々そんなんじゃ。」
「それよりもさ、ホント久しぶりって感じ。何年ぶりだっけ?」
「4年、ちょっとだね」
「そっかぁ。そんなに経ってるんだ。」
「…………」
駄目だ、色々言いたいことが多すぎて何も言えない。
カロリーが高すぎる情報を、人間そう消化できるものではない。
4年ぶりの会話がうまく出来ない自分が嫌に情けない。
「わーっ!本当に女の子みたい!」
寂寥な気持ちが脳に広がる中、背後から大きな声が響く。
名前はまだわからないが、見るからに“ワタシクラスの人気者”といった雰囲気を醸し出す女子。
丹念にセットされたであろうふわりとしたボブのショートカットに、おそらく色付きのリップによりほんの少しだけ発色の良い唇。
軽く、とっつきやすい声色と喋り方。
そうか、これが今時のJKというヤツか。
「瀬川さん本当に可愛いんだねーっ!」
「あっ、自己紹介まだだったね、アタシ、白澤真希。一年間よろしくね!」
薫が返答する前に挨拶をびっくり箱のように展開させ、俺の事など存在しないかのように薫と会話を開始する。
白澤真希……。あまり仲良くなれなさそうなタイプだ。
まあ、仲良くするつもりもないが。
「おーい、そろそろ席についてくれ!」
疎外感を少しだけ感じていたら、太く低い、バリトンの声が教室に響く。
ろくに顔も名前も知らないクラスメイト全員が、教壇に注目した。
「えー、今日から君らの担任をさせてもらう、吉原公信だ。」
若く、短髪に黒々とした肌色に彫りの深い顔立ち。いかにも体育会系ですよという面をした男は、
黒板に名を書いたあとそう宣言した。
————
それからはこの高校についての説明が、交互に休憩を挟みながら行われた。
とはいってもライトノベルじゃあるまいし、なんて事はないフツーの説明だ。
ここにこんな施設があるとか、こんな部活があるとか。あとは一年間のカリキュラムぐらいだろうか。
雑多な説明も終わり、午後に部活体験会を控えて、俺たちは高校で初めての昼休みを迎えることになった。
普通の高校なら入学式や顔合わせをやって昼過ぎには帰るものだと聞いていたが、ここはどうやらそうではないらしい。
何やら部活に力を入れているらしく、実際幾つかの部活は全国大会に進出したり、才能のある生徒がテレビに取材されたこともあるくらいらしい。
興味なさすぎて初めて知った……。
それもあって俺は部活には一ミリも興味を持つことがなかった。
そんな事するくらいならバイトなり勉強なり、色々自分にとって有意義なことをしていたい……としか思えない。
だが校則では入学した全生徒が必ず部活に入らないといけないのだから気が重い。
鬱屈した気分で昼食を食べ終え、ボケっとしながら俺は空を見ていた。
思えば薫が居なくなった直後もこんな風に、毎日空を見ていたっけ。
流れ行く雲は不定形だ。好きなように形を変え居場所を変える。
俺はこれから空虚な毎日に、缶詰のように押し込められるだろう。
入りたくもない部活。碌に知らない人間と様変わりした幼馴染。
ズンと重いため息をついたと同時に、周りのクラスメイトとの相違が沁みる。
どうしてあんなにも、まるで期待でいっぱいな表情ができるのだろう。
「均くん!」
そんな疑問を無意味に独りごちた直後、突然肩を叩かれた。
薫だ。
「……どうしたんだ?」
「あのさ、さっき先輩から話しかけられたんだけどさ、面白い部活があるんだって。昼から一緒に行こ?」
彼と俺との相違は、これから埋められるのだろうか。
少なくともまだ分からない。
でも彼の誘いに“期待”した俺にとって、その相違は決して大きくはないはず……と思いたい。
彼の柔らかく細い腕に引っ張られ、俺たちはその部活とやらに向かう。
面白いかどうかは別として……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます