第4話 聖女の夢に呪いをかける。




「聖女を嫁にする」


 帰城早々、そう口にした俺の言葉に、アルヴィンが目を開いた。普段、気だるげで、たまに、こいつ寝てんのか? と思うような表情の男が、この時ばかりは明らかに覚醒したとわかる表情になっている。だが、それも一瞬、すぐに気だるげな表情に戻ってしまう。

 アルは、ふ、と楽しげに口角を上げた。


「いきなり、何」


 どうしたんです、それ願望ですか、と笑う。


「願望じゃねえ。現実だ。聖女を嫁にする」


 真剣な声に、冗談ではないと気付いたのか、アルは持っていた羽ペンを置いて、俺に向き直った。


「クロツィオは知っているの?」

「知らん。今、初めて言った」

「なにそれ、どういうこと」

「話せば長くなる」

「なってもいいから話してよ。――あ、ルーク、お茶にしよう」


 俺たちの話を聞いていた小鬼が、こくっとうなずいて部屋を出ていく。

 小さな従者が部屋を出ていくと、それで、と促され、俺は息を吐いた。


「俺が人間界で大人気なことは?」


 ぶふっと吹き出された。聞いた聞いた、と楽し気に。


「笑える。それで、聖女に失言を謝ってきたわけ?」

「謝ったぞ」

「本当に!? 魔王に謝らせるってすごいね!」


 さすが聖女、と手を叩き、声を出して笑っている。

 魔王の威厳とは、と疑問に思うような側近の言動だ。まあ、もともとそんなものないからいいけどな。


「で、呪いは解けたの?」

「聖女の怒りは解けたが呪いは解けん。正気に戻ったのは、神殿の爺どもだけだ」

「おお、さすがだね。長く生きているだけのことはある。それで、なんで聖女をお嫁さんにすることに?」

「失言の詫びに、聖女の夢を聞いた」

「夢」

「叶えてやろう、と」

「お優しいことで。それで、聖女が貴方の妻になりたいと?」

「ちがう。口にしたその夢が、真逆となる呪いをかけた」

「どんな詫びなのそれ!?」


 ひどい、と言いながらアルは笑った。


「真逆ってことは、聖女が不老長寿を夢見るならば、命短い老婆の姿に。世界平和を夢見るならば、戦乱の世に?」

「ああ」

「それで、聖女はなんと」

「可愛いお婆ちゃんになりたいんだと」

「……」


 は? とアルが瞬く。思わず笑いも引っ込んだ。


「可愛いお婆ちゃん?」

「なんだそれは、と思うだろう?」

「はあ、まあ、確かに」

「年を重ねて、みんなに可愛い、と思ってもらえるお婆ちゃんになりたいらしい」

「それで」

「真逆の呪いが発動した」


 アルは首を傾げた。


「みんなから嫌われる老婆に?」

「その前」

「その前?」

「老婆になれない」

「……」

「聖女を不老長寿にしてしまった」


 シン、と部屋が静まり返った。


「ええと、聖女はそのことを知っているの?」

「気づいていないだろうな」

「まあ、すぐには気づかないよね」

「ほかにないのか聞いてみた」


 将来的なものではなく、今現在の夢を、と。


「ある、というので聞いてみたら、胸が大きくなりたい、と」

「まさか」

「呪いが発動した」

「うわ」


 だよな! 

 俺も、うわ、って言ったわ。あの時はさすがに俺も動揺した。

 聖女にまた謝った。すまん、と。

 どういうことか、と聞かれたから、実は聖女の口にする夢が真逆になる呪いをかけた、と。


「泣かれた」

「泣くわ」

「泣き止まないから、願いを叶えてやることにした」

「今度は本当に?」

「ああ。胸を大きくしてくれるのか、と言うからいいぞ、と」


 ニヤリと笑えば、それが何を意味するのか分かったのだろう。アルが目を細めた。


「鬼畜」

「それで、嫁にもらうことになった」

「は? 責任取って、ってこと?」

「聖女が言うには、子供を授かれば、胸がでかくなるらしい」

「まさか」

「だから、子供をください、だとよ」


 据え膳、食わねえ奴はいねえだろ?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る