第60話 温泉は村人に大人気だった

「いい湯だな〜」


 温泉が完成した日の夜。僕は、1人温泉に浸かっていた。


 完成した温泉に、テストも兼ねて貸し切りで浸からせてもらっているのだ。


 浸かっていると身体からじんわりと疲れが抜けているのが感じられる。ヒノキのいい香りに包まれて、なんとも気分がいい。


 ちなみにお湯は、ナスターシャにちなんだドラゴン型の蛇口からお湯が出てくる。


 温泉に浸かりながら見れるように庭も作った。小さな池に、燈篭の灯りが映り込んでいる。竹で作った”シシオドシ”という小さなインテリアがときおり”カポーン”という音を立てていて、それがなんとも風情がある。


 四方は囲われているのだが、天井は空いていて星が見える。温泉で身体は温められるのだが、顔は冷たい夜風が冷ましてくれる。それがとても心地よい。


「やっほー、お邪魔するよー!」


 脱衣所の方から突如、マリエルがやってきた。全身にタオルを巻いているので、肌は見えないのだがそういう問題ではない


「マリエル、こっちは男湯だぞ! 女湯はあっち!」


 僕は、竹で作った男湯と女湯を仕切る壁の方を指さす。


「いいじゃんいいじゃん。今はまだ正式にオープンしたんじゃないんだから」


 かけ湯をして、タオルを巻きなおしたマリエルが僕の横に入ってくる。


「どうしてわざわざ一緒に入りに来たんだ?」


「ほら私達婚約者だし? 将来的に結婚するんだし? そそそその時のためにもう少しこういうことにも慣れておいて良いんじゃないかなっててててて」


 顔が真っ赤だ。早くものぼせたのだろうか。心配だ。


 そこからしばらく、2人無言で夜空を見上げる時間が続いた。どちらからともなく、お湯の中で手をつないでいた。毎日同じベッドで寝ているが、お互い服を着ていない状態だからか、いつもよりも距離が近く感じられる。一晩中こうして星を見上げていたい気分だ。


 このままマリエルを両腕で抱きしめたい気持ちもあるが、僕たちはまだ許嫁の段階。今はこの距離で良い。


 マリエルが立ち上がり、ゆっくりと僕の前へと回り込んでくる。


「ねぇ、メルキス……」


 そして――。


「おっとマリエル殿、温泉でのマナーとして手をつなぐ以上の接触はご法度ですよ」


「ぎゃわ!?」


 いつの間にか後ろにカエデが立っていた。カエデも同じく全身にタオルを巻いている。


「本来はタオルを巻いてお湯につかるのもマナー違反ですが、今回は主殿がいるので特別に良しとしましょう。しかし、温泉でそれ以上の濃厚な接触は見逃すわけにはいきません。我ながら空気を読めない発言と思いますが、ご理解下さい」


「べべべべつに、これ以上の接触なんてしようとしてなかったし!」


 マリエルはそういって元の場所に戻る。


「……タオル、外したほうが良い?」


 マリエルが耳元でささやく。


 ……きっとこれも、父上がさらわれる前にマリエルに頼んでいた試練に違いない。


 僕は心を乱されぬよう、精神を鎮めることに集中する。


「おや? このお湯、川の水を沸かしただけのものですが、何やら身体を癒す効能が宿っていますね」


 お湯に浸かっているカエデが分析する。


「きっとナスターシャ殿のブレスの効果ですね。レンガを焼いた時も質がいいものが作れましたし。レインボードラゴンの炎には不思議な力が宿っているのでしょう」


 などと話していると、脱衣所の方から物音がする


「ふぅ、やっと今日の分のお湯を沸かし終えましたぁ〜。オンセン楽しみです〜」


 うきうきのナスターシャが温泉にやってきた。そして、


「キャアアアアア! メルキス様も居たんですかぁ!?」


 僕が居たことに気づき、慌てて走り出してーー


“バッシャアアアン!”


 コケて、僕たちが居たのとは別の温泉に派手に突っ込んでしまった。


 ちなみに、温泉は全部で3つに別れており、それぞれ温度が違う。僕たちが今入っているのは真ん中の湯温の温泉だ。


「ナスターシャ殿、お湯に入る前にはかけ湯をするのがマナーですよ」


「ご、ごめんなさいぃ……」


 髪までびしょ濡れになったナスターシャが水面から顔を出す。


「うーん、ここのお湯、ちょっとぬるいですねぇ〜。もう少し温めてもいいですかぁ?」


「そうですか? では是非お願いします、ナスターシャ殿」


 人間形態のままナスターシャが口から加減した蒼い炎のブレスを吐いて、お湯を温める。


「さて、私も熱いお湯が好みなので移動するとします」


 カエデがそう言って湯から上がり、ナスターシャが温めているお湯に足を突っ込む。


 だが、


「あっっっっっっつい!」


 足の先を湯に入れた瞬間、カエデが真上に飛び上がる。


 そのまま落下すれば今度こそ熱湯に全身浸かることになる。


「忍法、水蜘蛛の術!」


 カエデはなんと、お湯の上に着地して立った。シノビすごいな。


「普段クールなカエデちゃんががあそこまで慌てるなんて、なかなかレアなもの見ちゃったな〜。にっしっし」


 僕の隣でマリエルが楽しそうに笑っている。


「ご、ごめんなさい! 人間の体ってそんなに熱に弱いんですね、知りませんでしたぁ〜」


「いえ、今のは私も不注意でした。今日は他に誰も来ないでしょうし、今日だけはナスターシャ殿の好きな湯加減で楽しんでください。私は別の湯に浸かることにします」


「いいんですか? ありがとうございますぅ〜」


 ナスターシャは嬉しそうにまたブレスでお湯を温め始める。


 お湯が煮えてぐつぐつ言っているのだが、それでもナスターシャは楽しそうに入っている。レインボードラゴンの耐久力、恐るべし。


「いっそ、熱いお湯が好きなナスターシャ専用の温泉を作ってもいいかもしれないな」


「本当ですか!? だったら私、お湯じゃなくてマグマに浸かりたいです!」


「マグマかぁ……それはちょっと難しいかもしれないな……」


 その後は、温泉にどんな設備があったらいいだとかそんな他愛もない話をしてから、温泉から上がった。


 そして翌日からついに、正式オープンする。当然今日からはちゃんと男女に分かれて入るようになっている。


「あぁー、訓練の疲れが抜けていくぜぇ〜!」


 タイムロットさんをはじめ村のみんなも、大満足してくれているみたいだ。


 温泉から出た後には、イチゴ牛乳やコーヒー牛乳が用意されている。


 僕も、剣の訓練で汗を流した後温泉でリフレッシュしてきたところだ。


「ああ、いいお湯であった。人間の文化も悪くないではないか」


 そこで聞き覚えのある声を聞いて、僕は振り返る。


「約束通り、村に遊びに来たぞ。我が弟子よ」


 湯上がりにイチゴ牛乳を飲む大賢者エンピナ様がいた。

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