第21話 村に設備を大量に建てて王都以上の生活水準になる

 村人の皆さんが浮かない顔をしていた原因は、村の水事情ではなかった。


「とすれば・・・植え込みだ!」


 王都の街並みには,華やかな植物の植え込みがあった。しかしこの村の植え込みは,とても華やかとは言えない。あり合わせの地味な植物が植えられているだけだ。


「……という訳で、花の種を取り寄せたいんだ」


「任せといて! ナスターシャちゃんの鱗のおかげで村の予算はたっぷりあるからね! 王宮にいた頃の商人のツテを使って、大陸のあちこちから選りすぐりの花の種を取り寄せるよ!」


 マリエルに取り寄せてもらった種を、植物魔法“グローアップ”で急成長させる。


――――


「村中の植え込みに、大陸各地から取り寄せた花を植えてみました!」


「昨日まで地味な緑一色だった村の植え込みが、一面色とりどりの花で埋め尽くされている……!?」

「わぁ、綺麗……!」

「まるで楽園みたいだわ」

「メルキス様は仕事が速すぎます。やはり神の使いで間違い無いですね」


 それは違う。


 村人の皆さんは喜んでくれている。しかしまだ、どこか表情は浮かない。


「困りごとの原因は植え込みじゃなかったか……」


 僕は、今度は畑の様子を見にいく。本来野菜は育たない土地だが、植物魔法“グローアップ“の力で季節外れの野菜でも育っている。


「野菜は一通り育っているけど、何か足りないような……? そうだ、フルーツ類が無いんだ」


 村には、甘味の類がない。バランスよく野菜を食べれば、生きていく上では問題ない。だが、デザートがない食卓は、あまりに味気ない。


――――


「畑を拡張してフルーツを植えてみました!」


「昨日まで森だった土地に沢山のフルーツが実っている!?」

「モグモグモグモグ。やはりメルキス様は神の使いです。モグモグモグモグ」

「ドラゴンには植物を食べる風習はなかったので、こんなものを食べたことはなかったです。甘くて美味しいですぅ〜!」


 村人の皆さんは喜んでくれたが、これも困りごとの原因ではないようだ。


 今度は、村の中央の広場へ行ってみる。


 子供たちが、駆け回っているが、すぐに飽きてどこかへ行ってしまった。


「そう言えば広場には子供が遊べるような遊具もベンチも何もないな」


 よし、広場を華やかにしよう。


――――


「子供が遊べるように、公園に遊具や浅い池と川を作ってみました! 大人が遊べるように、ベンチも置いています!」


 木を植えて木陰を作ったり,花を植えて風景を彩ることも忘れない。


「ありがとうごぜぇやす、領主様。ほら、お前もお礼を言いな」

「りょうしゅさま、ありがとう!」


 タイムロットさんの娘や他の子供達も満足そうだ。


「この公園、デートするのにも良さそうだよね。木の影なんか、あんまり人目に付かなさそうだし……ねぇメルキス、今度2人だけで、デートしにこよう?」


 マリエルがそう耳元で囁く。


 村人の皆さんは喜んでくれているが、顔を見る限りこれも困りごとの原因ではなさそうだ。



「はー、困るわぁ〜」


 村を歩いている時、独り言を聞きつけた。声の主はどうやら主婦のようだ。


「食べるものに困らないけど、いつも同じレシピになっちゃうのよねぇ。もっといろんな料理を作りたいんだけど、思いつかないわぁ」


「なるほど、レシピのアイデアが浮かばないのが困りごとか……! それなら、図書館を建てよう」


 図書館は、娯楽と知識をまかなう、大事な施設だ。図書館には人生を豊かにするためのものが揃っている。


――――


「村に図書館を建てました! 本はまだ少ないですが、今後どんどん増やしていきます!」


「王都の中でも特に裕福なエリアにしか建っていない図書館が、この村にできたっていうのか……!?」

「料理本もあるわ!これでご飯のレパートリーが増やせるわ」

「私、子供の頃から星について勉強したいと思っていたの!天文学の本を借りたいわ!」

「私は,人間の文化について勉強したいですぅ」


 村人の皆さんは喜んでくれる。だが、困りごとの原因はまだ解決しないようだ。


「村人の皆さんは、一体何に困っているんだ……?」


「領主サマー! お渡ししたいものがあります!」


 タイムロットさんが、手を振りながら駆け寄ってきた。後ろには、村の住人を沢山引き連れている。


「これは、村のみんなからの贈り物です。受け取ってくだせぇ」


 そう言ってタイムロットさんが、一振りの剣を差し出した。


「ずっと村のみんな、領主様に色んなものを貰っていて、恩を返せないことを心苦しく思っていたんです。どうにか領主様に恩返ししたいと思って、みんなでお金を出し合って買ったんです。どうか、受け取ってくだせぇ」

「剣を扱う一番いい商会は、私が見繕ったんだよ!」

「私も、前に住んでいた洞窟の周りから私の鱗を拾ってきて、買うためのお金の足しにしてもらいましたぁ」


「……ありがとうございます、大切にします」


 なんて優しい村人たちなんだ。領主が恨まれることはあれど、贈り物を貰えるなんてきいたことがない。


「これは良い剣ですね。強度も切れ味も、これまで手にしたどの剣より良いです!」


 剣の刃が、陽光を受けて美しく煌めく。“宝剣ドルマルク”と言う名が刻印されているのが見えた。


「喜んでいただけたようで、ホッとしやした。喜んでいただけなかったらどうしようかと、村人はみんな不安で仕方なかったんです」


「なんだ……皆さん少しこのところ暗い顔をしていたので、てっきり村の設備が物足りないのかと思っていました」


「いえいえそんなとんでもない! この村はとても暮らしやすくなって、不満なんて1つもありませんでしたよ! そこへ更に領主様が新しく設備を追加して、さらに暮らしをよくしてくださるもんで、村人みんな驚いていたところです」


「そうだったんですね。皆さんの不安の原因が村の設備でなくてよかったです」


 原因がわかって良かった。これ以上原因がわからなかったら、最終手段“ウォータースライダー付きプール”を作るしかなかったからな。


 ロードベルグ伯爵家には、こんな教えがある。


 ――ロードベルグ伯爵家の教え其の61。『人からの好意による施しは、素直に受け取るべし』。


 僕は正直なところ、この教えについてはよくわかっていなかった。『好意を受け取ったところで、それが何になるのか?』と。


 しかし、僕が剣を受け取った時の、村人の皆さんの嬉しそうな顔を見て、僕はこの教えの真髄を理解した。好意を受け取ると、渡した側も嬉しいのだ。きっと僕が剣を受け取るのを断ったら、タイムロットさんたちは悲しんだだろう。


 父上、僕はまた一歩一人前のロードベルグ伯爵家の後継者に近づきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る