第22話 【実家SIDE】拷問&処刑大好きな憲兵団にマークされる

 ――――ロードベルグ伯爵家の応接間にて。


「おいどう言うことだ魔族! レインボードラゴンに村を襲わせる計画が失敗したではないか!」


「ほう? レインボードラゴンが敗北したと?」


「敗北ではない! 洗脳が解けたのだ! メルキスを後一歩まで追い込んだと言うのに!」


 遠くから様子を伺っていたザッハークは知らない。メルキスは、レインボードラゴンを討伐できる状態で、あえて状態異常解除魔法を使ってレインボードラゴンを助けたことを。


 ザッハークの目には、たまたまレインボードラゴンの洗脳が解けたようにしか見えていなかった。


「ふむ。やはりあの試作品では、レインボードラゴンを完全に洗脳することは出来ませんでしたか。ならば……」


 その時、屋敷のドアを何者かが叩く。


「少し待っておれ、出てくる」


 ザッハークは玄関に向かう。


「アポイントも無くロードベルグ伯爵家を訪ねてくるとは、一体どういうつもりだ!」


 ザッハークは玄関の扉を勢いよく開ける。そしてそこにいた者に、度肝を抜かれる。


 玄関の前にいたのは、黄金の鎧を纏った騎士の集団。全員が槍を持ち、いつでも戦闘に移れる状態だった。


「その鎧は、王国憲兵団! なぜ貴様らがここに!?」


 王国憲兵団。王国内の犯罪を取り締まる、王国の秩序を守護する兵団である。モンスターや他国の侵略といった外部の危機から王国を守護する王国騎士団に対して、憲兵団は王国内部の治安維持を行う。


「急な訪問でごめんなさいねぇ🤍 ザッハークさまには、、王国内部での騒乱を引き起こそうとした疑いがかけられていますの🤍」


 黄金の鎧を纏った騎士達が左右に避け、道ができる。

 そこを、甘ったるい声の若い女が歩いてくる。服装は薄着で、腹や二の腕や胸の谷間があらわになっている。手には、毒々しいピンクのムチを持っていた。


 彼女の名はジュリアン。王国憲兵団の若き団長である。


「貴様かジュリアン! 俺が一体何をしたと言い掛かりをつけるのだ!?」


「最近、悪名高いあの“黒蠍盗賊団”が辺境の村を襲って返り討ちにされて、全員捕まって王都に連行されてきましたの。そして彼らが『ザッハーク伯爵に、襲うのにちょうど良い村があると教えてもらった』と証言していまして。伯爵にお話を聴きにきましたの」


 ザッハークは、サーっと顔が青くなる。


「盗賊団と結託して村を滅ぼそうとするなんて重罪人は、たっぷり尋問して余罪を吐かせないといけませんわね🤍」


 ジュリアンがムチをしならせる。ジュリアンの尋問好きは、王宮では有名だった。


「なーんて、嘘嘘🤍 本当は分かってますわ、貴方が息子のメルキスは君と手を組んで、『ぱっと見は大して守りが厚くないけど、実は冒険者の練度が異常に高くて絶対に攻め落とせない』あの村に盗賊団をけしかけて、盗賊団を一網打尽にする計画だったんでしょ?」


「へ?」


「いやー、真っ向から戦って叩き潰そうとするとすぐ逃げちゃうから中々あの盗賊団には手を焼いていたのですわ。あの盗賊団を罠に嵌めて壊滅させるなんて、やるじゃないですか、ザッハークさん🤍」


「ふ、ふん。盗賊団は本来騎士団の獲物ではないが、叩き潰せば国王陛下の益となる。陛下に仕えるものとして、当然のことをしたまでよ」


 などと大口を叩きながら、ザッハークは冷や汗をかいていた。


「あーざんねーん! 折角王国騎士団の副団長を拷問できる、いい機会だと思ったのにー!」


 ジュリアンはがっくりと肩を落とす。


「剣が自慢の王国騎士団の副団長の両腕を斬り落として、『もう2度と剣が振れない!』って絶望するところにさらに何度もムチを振り下ろして! ジワジワと弱っていく姿、想像するだけで興奮するわ🤍」


 ジュリアンが熱っぽく語る。


「ザッハークさんみたいないい男は、全部自白しても、尋問は辞める気ありませんので🤍 そして何日もムチを振り下ろしていくうちに、うっかりやり過ぎて殺してしまったりして🤍 ウフフ」


 ジュリアンの狂気の妄想に、ザッハークは恐怖していた。


(メルキスを陥れるために盗賊団や暗殺者を差し向けたことがバレたら、間違いなく死ぬまで尋問される!)


 ザッハークは心の中で叫んでいた。


「ジュリアン団長、死ぬまで尋問と言うのはいけません。自白したなら、その時点で尋問は取りやめるべきです」


 暴走するジュリアンを、横から出てきた小柄な若い女が止める。


 露出が多いジュリアンとは対照的に、憲兵団の制服をキッチリと着こなした真面目そうな印象の少女だ。


 彼女の名前はイリヤ。憲兵団の副団長である。


(おお! 副団長のイリヤか! 話したことはないが、こいつは真面目そうだ!)


 ザッハークは内心ホッとする。


「自白が済んだなら、速やかに刑の執行、即ち処刑を行うべきです。死ぬまで尋問など絶対にしてはいけません! 私が処刑する分がなくなってしまうではありませんか!」


「え?」


「悪人の首を、処刑台でスパーン! と斬る私の生き甲斐を奪わないで下さい団長」


(こ、こいつもやばいやつだったーー!?)


 ザッハークが心の中で悲鳴を上げる。


「ああ、流石は王国騎士団副団長。鍛え抜かれた良い首です。この首をスパーン! したらどれだけ気持ちが良いでしょう……」


 イリヤがザッハークの首に手を当てて、うっとりしながら撫で回す。無理に手を払い除けると


『公務執行妨害で逮捕🤍 尋問タイム始まりまーす🤍』


『処刑台準備できました。さぁ、スパーン! と行きましょう』


 という展開が待っていそうなので、ザッハークは泣きそうになりながら首を撫でられるのを我慢する。


 「良い首をしていますね……どうでしょうか、一度だけ試しに斬らせて頂けないでしょうか?」


「ダ、ダメに決まっておるだろうが!」


「そこをなんとか! もちろん後でキッチリくっつけますので!」


「ダメだダメだ! 絶対にダメだ!」


「金の刃を使った、超高級な処刑台を使ってあげますから!」


「だめだと言っておるだろうが!」


「ダメよイリヤ、罪人でもないのに嫌がる人の首を斬ろうとしては。ごめんなさいザッハークさん、ウチの副団長少し性癖が曲がっていまして🤍」


(お前が言うなああああぁ!!!)


 と叫ぶのを、ザッハークはギリギリで我慢した。


“ビー! ビー!”


 その時突然、イリヤの腰についているクリスタルが光って音を鳴らし始める。


「おや? コレは魔族の魔力に反応する特殊なクリスタルなのですが、反応していますね。ザッハークさん、心当たりはありますか? 最近怪しい人物に接触したりなど、していませんか? 魔族は人間に化けることもありますから」


 接触どころか、魔族そのものが応接間でくつろいでいる所である。


「いや、全く無いな。そもそも魔族は絶滅したはずであろう?」


「それが最近、生き残りが確認されまして。人間と手を組んで、何かの計画を進めているようです。私たちは、その計画を阻止する為に動いています。もし魔族と協力している人間がいれば、問答無用で首をスパーン! と斬って良しと国王陛下からお許しをいただいております」


「もちろん、たっぷり尋問してからですわ🤍」


「そ、そうか」


 ザッハークは冷静を装うのに必死だった。


「あー、お話ししたら喉が乾いちゃいましたわ🤍 ザッハークさん、屋敷の中に入れてお茶でも出してくださらない?」


「な、ならぬ!!」


 ザッハークは反射的に、両手を広げてドアの前に立ちはだかる。


 ジュリアンとイリヤが、不審そうな目で慌てるザッハークを見る。


「あらー、随分な慌てようですねザッハークさん🤍」


「これは何かを隠している人間の動きですね」


 性格に難はあるが、若くして憲兵団の団長と副団長に昇り詰めた2人の実力は本物だ。一瞬でザッハークが何か隠していることを見抜いた。


「え、えーと今はそう! 屋敷が散らかっているのでな! 客を入れられる状態では無いのだ!」


「あらあら🤍 私たち、そういうのは気にしませんよ🤍」


「はい。ジュリアン団長の部屋は常にゴミ箱と見間違えるほど散らかっていますから、多少散らかっている程度では気にもなりません」


 ジュリアンがイリヤの頭に軽いゲンコツを落とす。


「えーと、今はその……!」


『応接間に魔族がいるから』とは言えるわけもなく、ザッハークは言い訳に困る。


「わかった、中に呼んだ娼婦がいるのですね🤍 お楽しみ中失礼しました🤍 今日のところは引き上げますわ🤍」


「ではこれにて、失礼します」


 急にジュリアンとイリヤがくるりと背を向けて、引き下がる。憲兵団もそれに続いて帰っていく。


 そしてザッハークに聞こえないように


「ザッハークさん、黒ですわね🤍 コレは楽しくなってきました……🤍 早速調査を始めなくては🤍」


「尻尾を掴む日が楽しみです」


 という不穏な会話を交わして、笑い合うのだった。


 ――――


「た、助かった……!」


 憲兵団をやり過ごしたザッハークは、玄関に入ったところでぐったりと倒れ込んでいた。シャツは汗でぐっしょり濡れている。


「くそう、何故俺がこんな目に……! 魔族などと手を組まなければ、いやメルキスさえいなければ……!!」


 ザッハークは歯軋りする。


「随分弱っていますね。ザッハークさん」


 魔族の男が、玄関までザッハークの様子を見にきた。


 ザッハークは、


(いっそ今この魔族を斬り殺してしまおうか)


と考えた。


 少し前までのザッハークなら、そうしていただろう。しかし、今のザッハークはメルキスの村でコテンパンに負けてから剣の自信を完全に失っていた。


(今下手に魔族との協力関係を断れば、この魔族がどこで誰に何を言うかわからん。それに、魔族が仲間を連れて俺を殺そうとするかもしれん。ここは、魔族と協力を続けるのが一番安全か……)


 ザッハークはドンドンと危険な方向に進んでしまう。


「次の計画です。魔族には、モンスターを操る力があります。ドラゴンなどの超大型モンスターはムリですが。この力を使って、モンスターにメルキスの村を襲わせます。この作戦なら前回のように、途中で洗脳が解けて失敗することはない」


「待て。途中で洗脳が溶けてしまったとはいえ、レインボードラゴン相手にある程度渡り合ったあの村の連中に、小型モンスターを差し向けた程度でどうにかなると?」


「その点は心配なく。魔族が技術を結集して作り上げた、極悪な変異種モンスターが既にあの村の周囲に住み着いています。さらに、これを使います」


 魔族の男が、黒い球を取り出す。


「これは、モンスターを規格はずれに強化するアイテムです。コレをモンスターに喰わせれば、レインボードラゴン並みの戦闘力になります。反動で1週間ほどで死にますが、村を滅ばさせるには充分でしょう」


「くくく、それなら問題はないな。よし! 早速メルキスの村に向かうぞ!」


 しかしこの作戦がまた、逆にメルキスの村を豊かにしてしまうことになるのだった。

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