第2話 新生活と新たな出会い

 僕と奏多が大学の学内で共に過ごしている時間は、意外と少ない。


 お互い学部が違うので、同じキャンパス内でも当然通い詰める校舎は変わってくる。

 たまたま家を出る時間が同じだったり、下校時間が合った時に待ち合わせたりはするが……朝にいってらっしゃいと声をかけてからは、家に帰るまでは顔を見ない日の方が多かった。


 僕も奏多も、それぞれで友人や先輩後輩と新しい人間関係を築いている。

 帰る場所が同じだから良かったけれど……そうでないただの友人同士は、自然と少しずつ疎遠になってしまうと言うのも頷けた。


 アーセルトレイ大学で僕が通っているのは、理学部の学棟だった。

 元々数字を扱うのは得意だったし、さまざまな数式を当てはめて答えを導き出すという行為は楽しかったのでこの道を進んだが……そこに集っていた生徒たちは、SOAに居た友人たちとは随分と雰囲気が違っていて驚いた。


 最初は戸惑ったが話してみると皆、僕が知り得ないことをたくさん知っていて……改めて、僕自身が見ているものはこの世界にとってはごく一部なのだということを思い知らされた。

 反対に皆は、僕の高校の頃の話や、体験した事の話に興味を持ってくれもした。

 ステラナイトであることは打ち明けていないが、仲間のこと、SOAに通う生徒たちのことを特に聞きたがっていた。

 それらは皆が接してきた人間たちとは一線を画していたらしく、彼らには新鮮に思えたらしい。


 ……身寄りのない立場の僕と奏多がこんな風にキャンパスライフを送ることができているのは、国が設立した『星の騎士支援機構』による援助のおかげだった。


 奏多には入院している母親がいて、とてもじゃないけれど家計から大学の学費を出す余裕なんてない。

 僕だって父さんの遺産があると言っても、二人分の生活費だってかかるし、いつかは母さんもうちに帰ってくるのだから、考えなしにお金を使うことはできない。


 そんな僕たちに先述した支援機構からの文書が届き、支援を受けるのに必要な手続きを行なったというわけである。

 僕たちは通学に必要な奨学金を受け取ることができた。

 一部には、卒業後に返済の義務が発生したが……本来の学費の必要額と比べると破格だった。


 勿論、何の見返りもなくその支援を受けられるわけではなかった。

 ステラナイトとして、女神から招集された戦いに必ず参加しなければならないのは当然のことであり、それに加えて入学後に所属する研究室が初めから決められているのだ。


 とある天文学の教授が担当するその研究室は、全員がこの奨学金を受け取っているステラナイトで構成されている。

 もちろん、研究室というからには他の学問系のゼミと同じようにテーマを決めた研究を行なったり、論文を書いたりする事もあるのだが……主な活動目的は誓約生徒会やステラナイト同士での情報交換と連携を図ることだった。


 また、このゼミに所属するのはペアのどちらかのみで良いという条件もあった。

 例えば支援を受けるのがブリンガーかシースの片方のみならば、その支援対象者が。

 二人ともが対象であれば、いずれかが参加すれば良い。

 ……もちろん、望めば二人とも所属するのも可能ではあるそうだが。


 僕はこのことを奏多には伝えていない。

 きっと伝えたら、自分も一緒にその研究室に入ると言うだろうから。

 彼女は家庭環境のせいで、今まで抑圧された事が多すぎた。

 だから大学生の間くらい、自分の学びたいことや、やりたい事に活力を注いで欲いと思った。

 僕が天文学のゼミに入ると伝えた時、彼女は意外だね、と言っていたが……特にそれ以上追求してくることはなかった。


 初めて僕があのゼミに顔を出した時のことは、今でもよく覚えている。


「僕は、裁貴正義!ポジションはブリンガーで、パートナーは同じアーセルトレイ大学に通う枝園奏多。これから、よろしくお願いします!」


 僕は早くみんなと仲良くなりたくて、そんないつも通りの自己紹介をした。

 研究室の中にいたのは教授を除いて12人の生徒。

 返ってきたのはまばらな拍手だけだった。

 きょとん、とする僕に向けられたのは……殆どが探るような視線。

 それは警戒や怯えような色もあれば、敵意に似たものすらも感じられた。


 例えるならば……そう。

 僕が初めてステラバトルに参加した日、出会った紫吹はあんな眼をしていたような気がする。


 僕はその後、出来るだけいつもの調子を崩さずに、二言三言と言葉を続けたが……やはり反応は相変わらず冷ややかなものだった。

 すごすごと自分にあてがわれた席に着く僕に、隣に座っていた男性が声をかける。


「ごめんな、みんなつれない感じでさ。他に数人、気のいいやつも居るんだけど……今日はあいにく全員欠席みたいだ」

「いや、大丈夫です!少しずつ仲良くなってもらえれば、僕はそれで良いですから!」

「あはは、君いい奴だなぁ!……俺は3年の櫟谷周太くぬぎや しゅうた。ブリンガーで、花章は青のゼラニウムだ」


 櫟家と名乗った彼は、そう言って僕に握手を求めて手を伸ばした。

 僕はそれがすごく嬉しくて、すぐに握り返す。


「裁貴です!花章は赤のオダマキ!」

「お、印象通りだな。他の連中も君みたいに親しみやすい雰囲気だといいんだけど……まぁ、嫌わないでやってくれよ?みんな訳アリだからさ」

「はい、それは分かってるつもりです」


 昔共に戦い抜いた仲間たちも……そのあと出会ったステラナイトも、奏多も、僕も。

 かつて皆、其々にとって大切なものを背負って剣を取った。

 だからこそ彼らは少しでも早く、勲章を多く手に入れたいはずで……時にはステラバトルで仲間を出し抜くことさえ必要にもなる。

 その上で、関わる相手に対して慎重になるというのは当然のことなのだろう。


 僕と奏多は今はもう、確固たる叶えるべき願いというものは持っていない。

 世界のために戦い続け、少しでも多くの人を救う……それこそが僕たちの意思だからだ。

 世界が完全に一つになるのは難しい。

 人々は皆、各々の正義を持っていて……それが全て一致することなど、絶対にあり得ないと知った。

 だから仮面を受け取ったあの日。

 僕は僕にとって大切なものと、大好きな人が生きるこの世界を守るために戦うことを……改めて奏多の前で誓ったのだ。


 ……僕が櫟谷先輩と挨拶を交わしたあと、他に3人の新入生が自己紹介をしていた。

 全員同じ学年のはずだが、学部がバラバラのためか、1人も顔見知りは居なかった。

 そのうちの1人……小柄な女の子は研究室の雰囲気に戸惑っているようで、肩身が狭そうにしている。


 櫟谷先輩はそんな彼女を見かねたのか手招きをして、研究室の隅に畳んで置かれていたパイプ椅子を僕の隣に置いた。


「あ、あの、ありがとうございます!あたし、その……あんまりこういうの、慣れてなくて」


 彼女は癖っ毛の長い髪をぴょこぴょこさせながらこちらに駆け寄ってきて、その間にずれたメガネを慌てて直しながら頭を下げた。

 牛乳瓶の底のような分厚いガラスのメガネはずいぶんと重そうで、そのお辞儀の拍子にまた傾いている。


「いやいや、こんなおっかない空気慣れてる方が怖いから大丈夫。こっちの裁貴は中々フレンドリーだから、手始めに1年同士仲良くしときな?」

「よろしく!ええと……ミグシさん、だっけ?」

「はい!御髪善乃みぐし よしのです。よろしく……って、ああ!?あなた、もしかして去年の!?」


 僕が彼女と目を合わせると、御髪さんは目を丸くして両手を上げた。

 僕は、その反応に全く心当たりがなくて首を傾げる。


「去年?」

「そうですよっ!去年、あたしとあなたと、もう1人の方でステラバトルに挑んだじゃありませんか!」

「そうだっけ……?」


 僕は腕を組んで真剣に考えるが、全く思い出せそうになかった。

 ステラバトルに参加した回数は、驕っているわけではないが多い方だと思うし……沢山の星の騎士ステラナイト達と出会っているはずだから、どこかで顔を合わせていてもおかしくはない、が。


「ごめん!ほんとに、全く覚えてないや!」

「歯に絹着せないですねぇ!?」


 がくっと肩を落とした御髪さんには申し訳ない気持ちになったが、本当に思い出せないのだから仕方がない。


「ははは!君たちもうすっかり仲良しだな、いや、結構結構。」

「仲良しって言っていいんですか、これ……あたし、そんなに存在感ないかなぁ」


 朗らかに笑う櫟谷先輩と、じとっとした目で僕を見る御髪さん。

 ……研究室所属初日の活動は、新入生の紹介で終了した。

 思っていたよりも少しだけ気難しい雰囲気の研究室だったが、気さくな先輩とどうやら面識がある(?)らしい同期の友達が出来て、何とか上手くやっていけそうだと僕は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る