Fiori e Mascherata
はるより
第1話 腐れ縁の友との変わらぬ関係
「んで、結局ダメだったってわけか」
「そうなんだ……何が悪かったのかなぁ」
ここはアーセルトレイにある某所ファストフード店。
ふわふわのバンズに、予想外の珍味が挟まったメニューが人気を集めるハンバーガーショップである。
西町大和こと俺と、腐れすぎてもはや化石になったような縁の裁貴正義は、男子大学生には少し手狭に感じる二人用の席に腰掛けて、顔を突き合わせていた。
「いや、何がというか……一から十までとしか……」
俺は奴の話を聞いてげんなりとしながらポテトが入っていた紙のケースを傾け、カリカリのかけらを口へと流し込む。
正義はそれを神妙に見つめながら彼の次の言葉を待っていた。
「まずデートで水族館行って、ショーとタッチプールでほぼ時間潰すのはないだろ」
「え、なんで!?1番楽しいじゃん!」
「そいつは大人の水族館の楽しみ方じゃねぇんだよ……」
俺は大きくため息をついた。
もう大学生だというのに、目の前のこいつは、一体いつまで『こう』なのだろうか。
大人になっても少年の心を持っているというのは、聞こえはいいし、確かに荒みきった人間よりも付き合っていて楽しいのだとは思う。
……だとしても、少々子供じみ過ぎてはいないだろうか、と俺は思った。
いや正義が正義なら、パートナーである彼女も彼女なのだが……もう少しこう、身の振り方とかの希望を伝えたりはしないのだろうか。
年頃の女性なのだから、行きたい場所だってあるだろうし、おしゃれなカフェやバーで大人なひと時を共にしたいとかも思うんじゃないのか。
それともなんだ、そもそもこいつを恋人に選ぶ時点で色々と好みがズレているのだろうか……。
枝園さん自体はそこそこ社交的な人柄なのだし、新たな人間との出会いだってあるだろう。
世間一般の女性と同じ感覚なのだとしたら、正義にはとっくに愛想をつかしていそうだ。
ただ、まぁ……と、俺は目の前で頭を抱えて自分の行動を省みている正義を見ながら『おしるこシェイク』を啜った。
最初こそ色んな意味でハラハラさせられたが、この二年半と少し……二人はムカついてくるほどに仲睦まじい様子を見せつけて来た。
彼女……枝園さんは無意識に正義への惚気を話してくるし、正義はド直球に惚気てくる。
たまに空気を読まない正義が高校の寄り道デートに俺を巻き込んでくるし、かと思ったら次の日は急に「ごめん、今日からしばらく……西町とは帰れないかも」とか神妙な顔で言われるし。
あれ?これは俺、そろそろ怒って突っぱねてもいいのでは?
……などという思考に陥りかけたが、今ここで急に座席を立って帰るわけにもいかないので、一つ咳払いをして本題に入る。
「それで?当初の目的は何なんだっけ?」
「奏多を『きゅんきゅん』させたい……」
「何度聞いても気持ち悪りぃな……そもそも誰の入れ知恵なんだよ」
「小倉とカプリジェーゼ」
「だろうと思ったわ」
正義と関わりがありそうで、そんな事を奴に吹き込みそうな人物といえば彼女たちしか思い当たらない。
おおかた、女子会か何かをして枝園さんの恋愛話で盛り上がった後にメッセージアプリか何かで連絡を取ってきたのだろう。
カプリシェーゼはいかにも世話を焼きそうな話題だし、小倉さんも浮いた話題は目をキラキラさせながら聞いているイメージがある。
そもそも今で十分幸せ大満足!という顔をしている正義が自分からそんな発想に至るとは思えないので、誰かしらから干渉があったと考えるのが自然だ。
「僕だって奏多の『おんなのかお』が見てみたいんだよ……!」
「教えられた言葉をそのまま使うのはやめろ」
深い意味で言っているわけじゃないのは明白だが、どう考えても公衆の面前で話す言葉ではない。
というか、カプリシェーゼももう少し言葉を選んで欲しい。それかせめて、公衆の面前で話すべき単語じゃないことを教えてやって欲しい。
……などと、周りの人間が思っているからこいつ自身も成長しないのだろうか……。
西町はそう思い当たり、自分の行いを深く反省した。
ちなみにどんな文面が送られてきたのか、と興味本位で当のメッセージ画面を見せてくれるよう頼んだのだが、正義は顔色を変えて机の上のスマホをポケットに隠してしまう。
「なんでだよ」
「二人から絶対に誰にも見せちゃダメだって言われてるから……!」
「律儀な奴だな」
まぁ、女子との約束を違えないのはいい事か。
とはいえ、なんというか……相変わらず融通が効かなさすぎる節がある奴だ。
枝園さんがいなかったら、きっとこいつも自分と同じ女に縁のない人生を送っていたのだろうと思う。
……それはそれで、一生今以上の濃密な付き合いをする事になりそうで嫌だな。
「じゃあどんな提案されたかだけでいいや。俺に相談するんだから、そのくらいの話の材料あってもいいだろ」
「うーんと……確か、『デートの待ち合わせのサプライズで、スーツ姿で100本の薔薇の花束を渡す』とか……」
「それ言ったの絶対小倉さんだろ」
「何でわかったの!?」
「いや露骨というか……余りに非現実的というか……」
「でもカプリシェーゼに、『そのあと持ち歩くのが大変だから』って言われてボツになってた」
「だろうな……」
否定しなかったら本当に実行しそうなのが正義なので、ハッキリと文面で訂正したのは正解だ。
……その後も、似たような突拍子もない内容をいくつも聞かされた。
ヘリから二人でスカイダイビングするとか、それもう吊橋効果どころじゃないだろ。
ドキドキはするだろうけど、様々な意味で。
「他には?」
「『記念日に、夜の海が見えるレストランのディナーで食事しながら会話を楽しんでるとふと黙り込み、何だろうと思って顔を見たら視線が合って、ふわっと優しく笑って、綺麗だね、って言ってきたときはヤバかった』」
「もう体験談になってるじゃねぇか」
少なくとも、彼の見ていたチャットグループの中に我々一般男子に実行できるアイデアは出ていなさそうだ。
なんとなく察しは付いていたけど、やはり俺が助言しないといけなくなるやつか……。
そしてその後はやはり、お決まりのパターンだった。
正義は両手を合わせて頭を下げる。
「お願い西町!君を信頼しての頼みなんだ!」
正直、彼女いない歴=年齢の俺に信頼もクソもあるか、と言いたくなる。
……が、真摯に頼み込まれると断りきれないのが、俺の困った性でもあるのだった。
*****
思ったよりも長居することになりそうなので、俺たちは追加でサイドメニューを頼んでから再び元の席に戻ってきた。
「まず何というか、男らしさってやつが足りないんじゃねえのか?」
「そう……?」
「多分お前、枝園さんに子犬かなんかみたいに思われてると思うぞ」
「子犬!?」
俺の言葉に、正義はガタッと大きな音を立てて立ち上がった。
周りに座っている多数の利用客の視線がさっと集まる。
「そんな事ないよ!僕、高校の頃と比べると身長だってちょっと伸びたし!」
「うるせぇ!静かにしろ!座れ!」
俺も慌てて立ち上がり、奴の肩を力一杯押さえつけて座らせた。
くすくすという笑い声が耳に突き刺さる。とてつもなく恥ずかしい。
「いいか。お前の身長がどんだけ伸びようと、それが俺のプライドを傷つけようと、枝園さんの中でのお前のイメージは『かわいいわんちゃん』なんだ」
「そ、そんな……」
愛犬家枝園さんと忠犬ジャス公。
正直なところ、俺の中での今の二人の関係性とそんなにイメージは違っていない。
「お前はこのままだと『よしよしなでなで』されるだけの愛玩動物も同然だ。お前はそれで良いのか?」
「嫌だ!僕だってネモみたいにかっこいいって言われたい!」
「それは無理」
あんなエベレストより高いハードルを目標に設定してはいけない。
数年前に連絡先を交換してから、定期的に連絡を取り合ったりもしているが……顔が良い上に性格も良いとなると、毒吐くこともできないのがまた悔しいところだ。
なにはともあれ、正義にも多少なりとも男のプライドというものはあるらしいのは、ある種の救いだった。
「まずあれだな、お前は大人の余裕っていうのがない。もう少し落ち着きを身に付けないといけないだろうな、俺のように」
「……」
「分かるか?」
「全然分からない……」
ボケのつもりで言ったのだが、大真面目に眉を顰めて言われると流石に腹が立つな。
「あとはそうだな……やっぱ運動能力とか?よく言うじゃん、スポーツしてる姿にときめくとかさ」
「スポーツかぁ……ステラバトルならいつも一緒に参加してるんだけど」
「それでダメならこの線はないな……」
余りにもとぼけた奴なので普段は忘れがちだが、そういえばこいつは星の騎士とかいう、本物の世界の守護者なのだった。
最初に聞いた時は本当に大丈夫なのか、明日にでも世界が滅ぶんじゃないか?と思っていたが……まぁなんというか、周りには意外と隠し事をしている奴らも多いようで、今日の今日まで平穏なアーセルトレイの日常は守られている。
「というか、二年以上同棲しておいて今更ときめくもクソもないんじゃね?」
「そんなことないよ!僕は毎日奏多のこと可愛いって思ってるし!」
「うわ〜出たよ……」
恥ずかしげもなく、堂々とそんなことをのたまう正義に、俺の方が胸焼けしてしまう。
いや、ここまで来ると『ホンモノ』なんだろうなとは思うが。
「しかし、難しいな。枝園さんって基本的に彼女として余裕ある方じゃん?いや余裕というか、保護者というか……」
「うーん。確かにあんまり照れたりは、しない……かなぁ」
「それを突き崩すのって相当難しいだろ、この数年間の付き合いでお前の側面なんていくらでも見ただろうし……」
そもそも人よりも極端に側面の少ない奴だから、ギャップの起こりようもないんじゃないか。
少なくとも俺と接しているのは9割方が、今見ているこの単純馬鹿の面だ。
「じゃあ次までの宿題だな……とりあえず、自分にわかる範囲でいいから枝園さんがカッコイー!って思ってそうな男を見つけてこい。ドラマとか、漫画とか……なんかそういうの見るだろ?彼女も」
「なるほど……分かった」
これなら正義にも分かりやすいだろう。
今はちょっと、テレビで月9に少女漫画が原作のドラマや、上映中の映画に青春ものっぽい作品があったし。
そういうものを一緒に見て、感想を聞き出すついでに探れば良いのだ。
……正義にだって、このくらいは上手くやってもらわないと困る。
ということでその日は解散し、俺たちは帰路についたのだった。
いや、しかし……俺は折角正義と違う大学に入って晴れて陽キャライフを送ろうと思っていたのに何をやっているんだろう。
「……まぁ別に彼女もいねぇし、いっか」
もはや自虐にもならなくなってしまったそんな言葉を呟きながら、俺は夜道をえっちらおっちらと歩いていった。
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