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「アクイラ!もう、待ちくたびれたんだからね」
広い城を右へ左へ駆け抜け、ようやく正面に出た。玄関前で先の少女が頬を膨らませて仁王立ちしていた。春のようなさわやかな風に細いツインテールが揺れる。彼女はアンネ。アクイラの従姉妹であり、妹のような存在であった。
「どうして庭はそぐそこに見えるのにこんなに遠回りしないと行けないんだろう」
「えー、また迷ったの?もぉ」
「迷ってないよ……アンネももうちょっとゆっくり待てなかったの」
「ヤダ待てない待てない!私が呼んだらアクイラはすぐ来るの!」
「仕方ないなぁ」
彼女はまだ八つ。ちょうど遊びたくて仕方ない年齢で、最近わがままになりつつある。アクイラの甘さと優しさに甘えて雨の日でも毎日呼び出しては遊んでいる。本人はどうやら城の外で同年代の子供と遊びたいようだし、アクイラとしてもずっと兄と遊ばないで女の子同士で居てほしい気持ちもある。しかし、仮にも王の娘。姫という立場ではそれは叶わない。
「あのね、私は将来空を飛ぶ権力をゲットして、自由に飛び回るんだ!だから今日はその練習がしたいの。ね、アクイラ、神獣を貸して!」
「神獣はおもちゃじゃないんだってば、呼び出しすぎると疲れちゃうって父上が仰っていたし……それにさアンネ、好きな権力を得られるわけじゃないし、良い物ばかりではないんだって何度言ったら」
そう言いつつもアクイラは中指の指輪にそっと口づけして神獣を呼び出す。しばらくすると、びゅう、と目も開けられないほど強く風が吹き付けた。風が収まり目を開けると、二人の目の前にアクイラの背丈の三倍以上ありそうな大きな鷲が庭に降り立ち、羽を畳んでいた。
「わあ、ありがとうお兄ちゃん!」
「こういう時だけお兄ちゃんって呼ぶのはやめてよ」
アンネは慣れた手つきで鷲にしがみつき、ひょいひょいと背中によじ登ってしまった。手招きする彼女に溜息をつき、鷲に近づく。頭を押しつけてきた巨鳥の嘴を撫でてやると、気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「そんなに言われなくたって分かるよ、おやつは後でね」
頷いたように見えた鷲の嘴にぽんぽん、と手を当てて背中に登った。待ちきれず足をばたつかせるアンネの後ろに腰掛け、頭の後ろに両手を回した。左目を覆っていた包帯が外れていく。その下から、王族らしからぬ緑に染まった眼球が現れた。その目は金色の方とは違うところを見ているようだ。
アクイラは包帯がとれて良くなった視界を確認する。しかし、準備万端、大空へ!と思いきや、左目をつぶって頭を押えてしまった。
「大丈夫、気持ち悪い?」
アンネが振り向き、心配そうに顔を覗き込む。
「見えてる物が違うからクラクラするんでしょ」
「うん。ちょっとまってて」
今度は包帯を右目を隠すように巻く。さっきまで左を覆っていたときに比べるとかなり不格好だが、隠れていれば問題ないようだ。
右目を封印すると、やっと左目を開けた。今度は気分が良いようだが、焦点はどこか遠くにあるようでぼうっとしているように見える。
「俺もう近くが見えないから、変なことしないでね」
「はーい、良い子にしてます」
「見られてないからって危ないことしないでね」
「わかってるよぉ、わあ!」
空気を叩きながら神獣が羽ばたき、体がふわっと浮き上がる。二人を乗せた大きな鳥はあっという間に城の屋根を超える高さまで飛び上がってしまった。
飛行を楽しむアンネの後ろでアクイラは真剣な目をして下や遠くを見渡す。
アクイラの左目は遥か遠くまで見ることができる。しかし、その権力は制御が効かず、獲得したときからずっと発動し続けた。それにより変色し、緑色になってしまったのである。普通の世界を見る右目と遠くがはっきり見える左目で同時に見た世界は上手く重ならず距離感もつかめないため、酔ってしまう。だから、アクイラはいつも片目を覆い、必要に応じて包帯を巻き直しているのである。
「昨日は南に行ったし、あっちのほう行ってみようか」
「うん」
指示を出すと鷲は西の方へ優雅に飛んでいった。
風を切ってアンネとアクイラの長髪がひらひらと踊る。その様子を城下町の人々が見上げていた。王族の姿を見ることができるのは中央の特権だと笑い合う。
「いいなぁ神獣。ねえアクイラ、父上にお願いしたら私にもくれないかなぁ」
「だめだよ、神獣は権力者にしか与えられないんだから。それに、もう少し成長したらアンネも権力を使えるようになるかもしれないよ」
なだめるとアンネは口をとがらせて、下を見ながら愚痴った。
「アクイラが権力者になっちゃったから私はなれないよ。王様が二人になったらおかしいもん」
「どうだろうね。俺の持ってる権力に新しい物はないから、王様だけが得られる新しい権力はアンネが貰うかも知れないよ」
王族が権力を持つ場合は、世界に存在していなかった新しい特別な権力、王権を得る。そして、いままではそれを得た人が次の王になっていた。アクイラは権力者ではあるが、その王権は持っていない。だから、アクイラが王になると王権を会得していない王子が王になってしまうことになる。権力を持っていると言うだけで王位継承権はあるという人と、王権がないとダメだという人で意見が割れていた。
皆アクイラが王権に目覚める日を待ち望んでいた。しかし、王権はなにもアクイラが獲得することが決まったわけではないのだ。
「そっかぁ、じゃあ私が貰う神獣はなんだと思う?私はね、雀が良いなぁ」
「気が早いよアンネ」
アンネは難しいことを考えるよりも夢を見たいようだ。アクイラは雀と何がしたい、どこに行きたいとはしゃぐ妹にうん、うん、と相づちを打った。
鷲は悠々と西へ進む。アンネと話しながら、アクイラは下を見ていずれ守ることになる民の様子を観察する。多くの人と目が合った。もっとも、こちらから見えていても地上からアクイラの顔までは見えない距離だが。
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