祝呪の辞

コルヴス

祝呪の辞

1

 これはかつてアクイラがヴルターと出会い旅に出る前、確かに地上の王子であったときの話。今となっては身分が落ちてしまい立ち入ることができないが、つい最近まで、アクイラは空と張り合うほど綺麗な白亜の城で生まれ育っていた。


「ですからアクイラ様、三つも権力、すなわち神の力を持つ貴方はこの国の王にふさわしい人物なのです。ああなんと崇高なお方!どんな生物とも意思疎通をとれ、遠くまで見渡すことができる目を持ち、神々しい糸を意のままに操る。たったひとつ権力を保持するだけでも希有な存在であり、神に認められたお方であるのに、殿下は、なんと三つ!貴方様はそう、アーデア様に愛されたお方、いや、まさに神その人でしょう!」

 ある晴れた昼下がり、中央の城の隣にある大聖堂で、白髪混じりの大司教は大きく両手を広げ、天を仰ぐ。そうしたかと思うと急にアクイラをじっと見つめ、祈っては同じような褒め文句を繰り返した。

 王は代々血筋によって決まっている。初代はどこからともなく突然現れ、土地を均し、民をまとめて一つの国を作った。そして、この世の物とは思えぬ奇妙な技を次々と披露し、それを選ばれた数名に渡してこの世界を去った。それまで民は当然神様を見たことが無かったため、アーデアを神と崇め、アーデアの言うとおりその子孫が王になっていくことを受け入れた。

 それからいままでの六百年間、長い歴史の中で王の住まう城が攻撃されたことは二度しかない。そして、その二回とも王には傷一つつけられていないのである。それほどアーデアの神話は印象に残り世界中に浸透している。

 この国の信仰は厚く、代々グティエレス家はアーデアの子孫であるため神の子として崇められてきた。そして、その中でも王は神の次に崇められる存在である。王は他の王家の人間と決定的に異なる点があるからだ。

 それは権力、つまりアーデアが披露した魔法を使うことができること。

 権力を使用する者である権力者は王だけではない。アーデアが去った後も、何十万人もの民の中にごくたまに生まれるようになった。その者達はアーデアに選ばれた者として、王の次に神聖な存在とされている。

 王家に生まれるという奇跡と、神に認められ権力を獲得するということ。その二つを併せ持った人間、それこそ王にふさわしい。そう考えるのはこの世界では当然のことであり、神に一番近い人が世界を統治してくれれば安心だと思うのも自然なことであった。

 アクイラ王子はその肩書きの通り王家に生まれ、権力を持っている。もはや次の王になることは誰が見ても覆ることのない運命だ。

 それにしてもあまりに期待が大きすぎるのも事実だ。それもそのはず、大司教の言うとおりアクイラのように権力を複数持つ人間は珍しいという言葉で片付けられないほどレアなのだ。

「複数権力を持っていた方は七代目のアンセル様以来でございます。その前は……はて」

「アーデア様の妻、ルキナ様まで遡らないと居ない、でしょ」

「そうでございます!」

 だから、いまこうしてアクイラは莫大な期待を押しつけられている。神と同じ白髪に金の瞳を持った王子はたしかに常人離れした神々しさをもち、立っているだけで見惚れてしまう美しさを持っている。しかし、両手を振って「やめてよ」と困る姿は下町の少年と同じだった。

「誇張しすぎだよ。よく見て、俺はただの人間だよ」

「そんなことはございません。二つはまだ聞いたことがあります、しかし三つも能力を持つというのは前代未聞、神が降り立ってから六百年の間、そんな話は一度たりとも。ですから殿下はもっと自信を持って」

「……はいはい」

 聞く耳を持たないことに呆れたアクイラは小さく嘆息した。大司教と話すことは苦ではないが、こうも前置きが長いと鬱陶しく感じる。それに、アクイラは長い話をするのも聞くのも得意ではない。流石に儀式的な物できちんと耐えなければならないときは頑張るが、本性は飽きっぽいに箔がついた極めつけの飽き性だった。

 何度か話題を変えようとしても無駄だと知り、まだまだ続くべた褒めを右から左に聞き流すことにした。この時間をどう潰そうかと顔をあまり動かさないようにそっと辺りを見渡す。窓の外を見やると、青々とした芝生の上で蝶を追いかける少女が目に入った。

 少女の透き通るような髪はアクイラと同じ白髪、金の瞳もおそろいだ。それはつまりアクイラと血がつながっており、神の血を引いているということだ。王家の人間は白い髪と金色の瞳を持っている。それは何度世代が変わっても変わることはない。

 しかし、その白髪少女に教会が目を向けることはなかった。アクイラと同じ王家の子供であるが、家族やメイド以外が関わることはない。その子は教会が認めた許嫁との子ではなく王との愛の上にできた子だからだ。

 本人が気にしなくても、教会と世間はこの上なく王の血筋を気にする。それには遙か昔にアーデアが婚約の時交わした契約がずっと糸を引いている事が関係している。

 アーデアの妻、ルキナは世界で一番古い由緒ある名家の娘であった。一族はどこから来たかも分からない青年に突然世界の支配権を奪われ、長女であったルキナまで嫁いでしまったことに憤り、「娘との婚約を認める代わり、代々王家と婚約させること」を条件に持ちだした。アークトゥルス家は娘と引き換えに王家とのつながりを得たのだった。

 その六百年前に交わした口約束が聖書に記され、今まで残って王族を縛り付けている。だから、たとえ白髪で金色の目を持っていたとしても、教会とアークトゥルス家、さらにそれらに教育された世間がその子を認めることはないのである。

 ぱちり、と目が合った。少女はアクイラに見られていたと気がついて大きく手を振った。アクイラにとって、そんな大昔の約束はどうでも良いことだ。小さく手を振って微笑み応える。大司教に視線を戻すとそちらはまだまだ大きな独り言の最中だった。よくそんなに話すことがあるなぁ、と感心するが、流石にもう耐えられない。

「帰る。アンネが待ってるからね」

「殿下!お話はまだにございます!」

 大司教の制止の声を聞かず、アクイラは手を振り聖堂から走り去ってしまった。


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