第8話 仮面の有無
「どうしたの、浮かない顔ね。現場に出れないから不満なの」
静香が珍しく難しい顔で、コーヒーを飲んでいる青木に声をかけた。
加藤が指揮官に成った際に、静香は一捜査員として捜査本部に残った。その時から、坂本の計らいで、青木と静香がバディを組んでいる。
他の捜査員が公安リストの警護に向かう中、青木と静香にはホワイトドリーム流通経路の捜査が命じられた。
「いや、そうじゃなくて、本当にホワイトドリーム潰しが、ネイルズマーダーの狙いなのかと思ってさ」
「耕治にしては珍しく身体より頭が回っているのね。それでそんなに難しい顔に成ったんだ」
「よせよ、本当に気に成るんだ。逆に静香は気に成らないのか?」
駒場で飲んだ夜以来、二人の男女の仲はどんどん深まっていって、二人でいるときは、互いに名前で呼び合うようになった。とはいえ完全に静香が主導する関係であるが、青木自身は満足している。
「何がそんなに気に成るの?」
「みんな公安から情報開示されたことで、ミスリードされてるんじゃないかと思うんだ。考えてみてくれよ。最初の三件は、ホワイトドリームは関係ないし、最初から今まで関係しているのは希望の光だけなんだ」
静香の顔が明るくなった。青木の着眼点に共感したようだ。
「凄いね。考えて行動することは大事なことだと思うよ」
「俺は間違ってるか?」
「間違ってるかとか、そういう問題じゃないと思う。おそらく峰岸さんも、ホワイトドリームが全てのカギを握るなんて思ってない。ただ、ネイルズマーダーにたどり着く、経路の一つだとは思っているはず」
「経路の一つ?」
「そう、目標にたどり着く道は一つとは限らない。複数の経路を経て、最後は全てがつながる道に着くわ。ホワイトドリームが絡む事件で、ネイルズマーダーが関わらない事件だってあるでしょう。そうした違いを一つ一つ理由付けしていくことが大事なんじゃないかしら」
青木の頭に古瀬勝悟の事件が思い浮かんだ。
「そうだ、ネイルズマーダーが出てきてもおかしくない事件は確かにある」
「そうでしょう。でも希望の光は私たちにこの事件の解決を依頼して来た。もし希望の光とネイルズマーダーが関係しているとしたら、なぜだと思う?」
青木は頭が沸騰しそうなぐらい考えてみた。だが、思い浮かばない。
「降参だ。教えてくれ」
「だから、正解を出す必要はないんだって」
静香はなかなか許してくれない。
「正解は必用ないか。じゃあ、思い付きで言うぞ。被害者を救う仲間が欲しかったんじゃないか。今はネイルズマーダーとは違う方法だとしても、被害者を救うことに共感して、そのうち俺たちもネイルズマーダーのように――」
そこまで言って、青木はしまったと思った。調子に乗りすぎた。静香はきっと呆れてるかもしれない。
恐る恐る静香の顔を見る。意外なことに真剣な顔をしていた。
「鋭いわね。私もそう考えた」
「ホントか? 適当だぞ」
「そんなことない。鏡は私たちを仲間にしたいと思ったはず」
「いや、鏡さんはネイルズマーダーと関係ないだろう」
静香はフッと笑って、青木の右腕を軽く叩いた。
「鏡が関係してるんじゃないかって、考えるヒントは耕治がくれたんだよ」
「俺が、いつ?」
「私と最初に寝た夜よ」
「いっ!」
生々しい話が出て、脇の下に汗が出てきた。
「何、男のくせに照れてるのよ。あの日、終わってから言ったじゃない。私が鏡に似てるって」
「言ったかな?」
「言いました」
とぼけてはみたものの、青木の記憶にははっきりとその発言が残っていた。
躰を合わせるまでは、何となくそう思っていたのは確かだ。
「私と鏡は目的のために人を狂気に駆り立てる。鏡だって善意の塊だが、人生を投げうったその行動は狂気に近い。たくさんの人をその波に巻き込んでいくって」
「言ったような気がする。でも、それとネイルズマーダーがどうして結び付くんだ」
「関係するわよ。前から鏡には違和感があったの。単なるボランティア意識が高いだけにしては、苛烈すぎる。あなたの言う通り狂気を感じるわ。目的のためなら、法に触れても手段を選ばないように感じる」
「言われてみれば確かにそんな感じもするなぁ」
青木が静香の鋭い意見に感心すると、静香は首を大きく首を振った。
「だから、私は何となく感じてただけで、言葉にしたのはあなたなの。それで大事なのは最後の言葉。たくさんの人を波に巻き込んでいく」
「賛同者多いからな」
「そうじゃなくて、私たちも彼に決心させられたじゃない。警察を辞めることになったとしても、断固戦おうって」
そう言われれば、鏡に巻き込まれた気がしなくもない。
しかし一番影響を与えたのは、違うような気がした。
「そうか、でも俺は静香に引きずられた気がするけどな」
「そういうこと言う? まあいいわ。鏡は目には目をという同害報復の信奉者、ネイルズマーダーが彼の手によるものだとしてもおかしくないわ」
「そうかなぁ、ネイルズマーダーによる被害者救済効果を言ってるだけの気がするけど」
青木にはどうしても鏡が善人に思えてしかたがない。
警察内に許せない行為が横行しているので、余計そう思えるのかもしれない。
「鏡のような計画的な男が、ネイルズマーダーのような偶発的な要因を、被害者救済の手段の一部として認めるはずがない。認めるとしたら自らの意志でネイルズマーダーを動かせる場合だけ」
「鏡さんて計画的なのか? 検事辞めて弁護士に成ったり、資金的な目処だって弱いんだろう」
「検事を辞めて弁護士に成ったのは計画的な流れだと思うわ。資金的にも別の財源があるはず。だって、企業法務をやらないのにあの事務所を持てるのよ」
どうも鏡に関しては静香と意見が食い違う。
それでも静香に言われると、だんだん鏡が怪しく思えてきた。
「何かいつも説得されてるような気がする。でも、なんだかそう思えてきた」
「そう、ここで大胆な仮説を言うわね。もし、ホワイトドリームが彼の資金源だとしたら」
「ちょっと待て、それは話が飛躍しすぎるだろう。第一、彼はその薬の被害者を救済しているんだぞ」
「マッチポンプかもしれないわよ」
「そんなことして何の意味があるんだ」
「彼がシリアルキラーだったら、もっと話が早いわ。彼は殺しがしたいの。でもただの殺しは彼のプライドが満たされない。だから自ら被害者と悪人を作って、自ら殺す。そして被害者からは尊敬される」
「うーん、頭がパンクする」
突然、背後で拍手の音が聞こえた。振り返るとそこには峰岸が立っていた。
「見事だ。私も同じことを考えていた」
「聞いてたんですか?」
静香が慌てていた。見慣れない光景に青木は逆に冷静に成った。
「途中からだが、希望の光の鏡に対する疑いは、私も抱いていた」
「ホントですか?」
「ああ、ピンと来ないのは青木が、シリアルキラーの事例をあまり知らないからだ」
青木は峰岸にそう言われて、何となく疎外感を感じた。
「峰岸管理官は、ピンと来たんですね」
「知能が高く、もし殺人者だと分かれば誰もが驚愕する。警察の不正という、権力があたふたするネタを操る。そしてコミュニティの中で人並み外れた人望を得ている。ダメ押しが全ての案件で被害者とつながっている」
「だけど、物証がありません」
「それがホワイトドリームだ」
やはり最後はそこか。
青木はようやく、ホワイトドリームの捜査に本腰を入れようと、腹を括った。
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