第7話 クーデター

 青木は苛ついていた。


 八件目の被害者は、捜査本部で指示された四人以外の者だった。

 既に殺された大平清司以外のメンバーに張り付いていたため、捜査本部としては意表を突かれた形となった。


 最初は、六本木の路上で、事件が起きた。何と被害者は三名と、初めて一度に複数名が殺された。殺されたのは、四件目に殺された成川の手下たちで、清水綾に暴行したときに、ミニバンにいたメンバーだった。


 更に被害者は増える。

 現文部科学大臣南野健三の長男武史が、成川の手下たちがころされたのと同じ日に、ネイルズマーダーの手により殺害されていた。

 しかも時間的にはこちらが先に殺されている。


 事件当初は、ネイルズマーダーによる犯行であることが伏せられ、上からの圧力で自殺として処理しようとしていたが、近隣住民が釘を刺された頭部を撮影して、ネット上に公開したため、やむなく本当のことを公式発表した。


 その間、捜査本部は完全に蚊帳の外に置かれ、警察内部にも関わらず、情報封鎖されたことに、捜査員たちの苛立ちは激増する。


「相沢、何かおかしいと思わないか? 今回の殺しはそれまでと違いが多すぎる。捜査本部で配られた名簿にも載ってないし、ツイッターのランキングワードにも、関連する言葉はないんだろう。それに一度に四人も殺されている」


 坂本の声は、捜査本部の会議室には不釣り合いな大きな声だった。しかも会議を進めている加藤を無視するもので、不穏な空気が漂う。

 静香はパソコンの手を止めて、顔を上げた。


「分かります。私も同じことを考えています。今回の殺人は、秩序型のシリアルキラーの犯行と大きく外れています。まずシリアルキラーは大量殺人は行いません。四人以上殺害した犯人はマスマーダー、同じ日に違う場所で殺人を犯した犯人はスプリーキラー、という殺人犯に分類されます」


 単なる刑事の勘ではなく、学問上の裏付けも得て、坂本はこれ見よがしに加藤をにらみつける。加藤は静かな怒りを顔中に示し、坂本をにらみ返したが、坂本は怯むことなく、静香との会話を続けた。


「これはもしかしたら模倣犯ということはないか」

「違うと思います。殺人に至るプロセスは、以前と変わらぬ証拠が残らない完璧なもので、殺人方法も鮮やかにこめかみを釘で打ち貫く従来のものです」

「つまり、同じ犯人が方針を変えたということか」

「こうなると、もうテロと呼んでいいと思います」


 加藤を無視して二人の会話は続く。

 他の捜査員も、加藤を無視して二人の会話を聞いている。


 本来であれば、二人を注意する立場にある、三係長の三井、そして五係長の蜂谷の両係長も、黙って二人の会話に聞き耳を立てていた。

 無視された加藤は、目を閉じて腕組みしていた。その姿は、最早この事態に陥って、崩壊寸前となった捜査本部を投げ出したかのように見える。


 騒然とした中で、会議室のドアが開き、二人の男が入って来た。

 捜査一課長の大石と、峰岸管理官だった。

 自分たちの信頼するボスの登場に、捜査員たちの視線が集中する。


 大石は峰岸と共に、加藤の前に立ちはだかった。

「加藤管理官、今朝警視総監、刑事部長、警備部長の三名が、警察庁長官に対し、これ以上の公安主導捜査は、逆に治安維持に支障を来すと申し入れた。よって、この捜査本部は、再び刑事部の指揮するものと成り、指揮官は君から峰岸管理官に交代する」


 会議室内で大きな歓声が上がった。

 青木は静香と目を合わせ、ガッツポーズをとる。


「私も今朝、その旨聞いています。ただし、私も捜査協力メンバーとして、この捜査本部に残るように指示されています」


 加藤は悪びれることなく、そう告げて真ん中の指揮官の席を峰岸に譲り、端に移動した。

 その姿を見て、青木は少しだけ加藤に同情した。ネイルズマーダーがテロリストに性格を近づけ、本来であれば公安の土俵であるにも関わらず、主役を交代させられたのだ。無念であることは間違いない。


 峰岸は中央の席に座り、久しぶりに捜査員たちと目を合わす。

「これから捜査会議を始める。本件の捜査員には、特別に公安止まりとされていた情報を開示する許可を得た。私も初めて知る情報だ」


 捜査員たちの緊張が、青木にも伝わってくる。それにしても皮肉なものだと青木は思った。独りの犯罪者の圧倒的なパフォーマンスが、結局警察上層部の危機感を煽り、情報開示となったのだ。


「当初ネイルズマーダーは、ネットで話題に成った者をターゲットに、殺人を繰り返した。ところがここに来て政治家の子息で、その犯罪を警察の手により隠されていた者が狙われ始めた」


 捜査員たちの間でため息がつかれる。峰岸によって、初めて公式に警察の隠蔽が口にされたからだ。


「そして、公安は一つの事実に気づいた。四件目の成川以降である共通点がある。彼らは、犯罪の大小に関わらず、ホワイトドリームという名の覚せい剤の常習者なのだ」

「以前、全員に配られたリストは、公安が掴んだホワイトドリームの常用者のリストだ」


 これには愕然とした。公安は覚せい剤の常用者まで隠蔽していたとは。


「そして、今回殺された南野の家からもホワイトドリームが押収されている。つまり、ネイルズマーダーはホワイトドリーム常用者を、そのターゲットとしたと考えて間違いないだろう。このリストの三名の警護を続けると共に、組織犯罪課に協力要請し、ホワイトドリームの流通状況を確認する。以上解散、各自任務につくように」


 峰岸の号令一下、捜査員は久々に活力を取り戻して、会議室を出て行った。

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