第3話 厳しい言葉と優しい顔
「もう酔ってんのか。梨都はこの場には関係ないだろう」
愼也が慌て気味に朱音の発言を止めにかかる。
「何よ、男らしくないわね。僕は梨都とラブラブですって公言しなさいよ。そうすれば迷う女も少なくなるでしょう。ついでに秘かに梨都を思う男にも引導を渡せるじゃない」
朱音が酔いも手伝ってか、毒をぶちまける。
「梨都さんだけじゃないですよ。朱音さんも素敵ですよ。うちのゼミ内だって秘かにそう思っているファンは大勢いる」
一志が見かねてフォローした。
「どうせ教授とか、おじさんばっかりでしょう」
「そんなことないです。女の私から見ても朱音さんは素敵です。私は朱音さんみたいなスタイルが羨ましいです」
毬恵もこの話題を終わらせたくて、必死で朱音を褒める。
「何であなたは何も言わないのよ」
朱音は、一人この流れの中で自分を褒めない愼也に、攻撃の矛先を向けた。
「だから、朱音は酔っ払いだって言ってるだろう。悪いな亀淵君、君のこれからを励ます会なのに」
亀淵は愼也の謝罪の言葉に大きく横に首を振る。
「いえ、そんなことないです。最初に励ましを送ってくれたのは朱音さんです。本当に感謝しています」
毬恵は優の心から嬉しそうな顔を見て、ほっとした――きっと優は立ち直れる。
「良かったね。優は本当に明るくなった」
一志が珍しく嬉しそうに優を見ながら笑っていた。
「うん」
毬恵はまだ、柴田のことが気に掛かって、心の底から笑えなかった。
「心配そうだね。柴田さんのこと、まだ気にしてる?」
「一志は気にしてないの?」
毬恵はやや批判を交えた目で、じっと一志を見つめる。
「気にしてるさ。柴田さんと僕は特別な関係だったから」
「特別な関係って?」
「僕と柴田さんは、これからの一生を力が弱くて困っている人のために捧げようと、誓い合った仲なんだ。ちょうどその頃鏡さんに出会って、じゃあ鏡さんと三人で頑張ろうと約束した」
「それじゃあ亡くなって悲しいわね。ごめんね。変なこと言って」
毬恵は一志の悲しみを分かち合おうとした。ところが一志は肯定せず、虚ろな目をして違う言葉を口にした。
「亡くなったことはそんなに悲しくはない。それよりもあそこで、大学側の忖度を支持した方が悲しかった」
「えっ?」
聞き違いかと思った。
「僕たちはね、困った人を救うためなら、命を捨ててもいいと誓い合ったんだ。それがなぜ、あそこで裏切ったのか、理解できなかった」
「でも謝罪はされなかったけど、結果的には優は救われたんだし――」
裏切りは言いすぎじゃないと言おうとして、声が止まった。一志の目に光るものが見えたからだ。
「南野は罰されてない。ああいう奴はまた悪いことをする。その結果酷い目に遭う人がまた生まれる。もしかしたら、もう一度優に何かしてくることだってあるかもしれない」
一志の過激な言葉に、毬恵は思わず優に聞かれたらと気にして、周囲を確認した。幸い優はまだ、朱音と愼也の言い合いに巻き込まれて、気づいてない。
「もし柴田さんが生きていたら、また相談できたじゃない。柴田さんが亡くなったのが、逆に心配だわ」
毬恵が柴田を惜しむ気持ちを伝えると、一志は首を横に振った。
「柴田さんはもう南野には通用しなかった。いったん弱みを見せたら、ああいう奴は相手に脅威を感じなくなる」
毬恵はまたもや言葉を失った。一志の言うことは分かるけど、柴田は亡くなったのだ。何だか腹が立ってきた。
「どうしてそんなことを言うの。一志、厳しすぎるよ。最後に一志があんな突き放すように言ったから、柴田さんショックで自殺したんじゃないの」
毬恵は言いながら、自分も酷いことを言ってると思った。柴田が自殺したのは一志のせいではない。ああこれで一志から嫌われてしまったと思った。
「毬恵、ごめん。そんなに傷つかないで欲しい。柴田さんの死は、確かにショックなんだ。つい、強がっただけだよ」
一志の目に、いつもの優しさが戻った。
「ごめんなさい、私酷いこと言った」
毬恵は優しい一志が戻って来て、安堵して涙が零れた。
「気にしてないよ。僕が悪い。柴田さんとの関係は、特殊だから普通に聞いたら厳しすぎるように聞こえると、考えるべきだった。でも柴田さんが亡くなったことは、普通の人以上に十分悲しいんだよ」
「うん」
隣では朱音がまだ愼也に絡んでいた。この後つき合えと要求している。愼也は防戦一方だが、嫌ではなさそうだ。
でも、もう毬恵は気に成らなかった。ずっと疑問に思っていた一志の優しさが、本物だと分かったからだ。
やっぱり自分が好きなのは一志なんだと思った。
明日希望の光で会ったら、綾に報告しよう。
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