第14話 抗争の歴史

「悲劇はアップした次の日に起こった。革命の予感に酔いしれて、彼と一緒に、意識を失うほどの深酒をした翌朝、起きたときに、彼の姿がないことに気付いたの」


 よほど辛い思い出なのだろう。静香は一度言葉を切った。


「私は彼の不在に不安を感じながら、部屋で待っていたんだけど、いつまでたっても彼は帰って来ない。なんだか得体のしれない恐怖を感じて、それを打ち消すようにネットを見ると、もっと驚くべきことが起きていた」


 青木は思わず唾を飲んだ。


「彼の全てのコンテンツが、投稿者である彼自身の手によって削除されていた。何が起こっているのかまったく理解できなかった。そして、彼はそれっきり二度と私のもとには現れなかった。失踪してしまったの」


 そこまで話し終えて、静香は語るのを止めた。


「私は、彼の作った映像が邪魔になった権力者のしわざ、だと思ってる。彼は排除すべき存在として、非合法な形で息の根を止められたんだと思う」


 それまで話の難しさに眠気を感じていた青木の頭脳がいきなり始動を始めた。


「ちょっと待て。その動画が邪魔だから、政府筋が手を回したって言ってるのか。まさか公安が動いたなんて言うんじゃないだおうな」


 そう訊きながらも、何となく青木にも想像がついた。公安が動いたのか、もしくは当時の首相伊達とつながりがある金竜会あたりが動いたのか、どちらかだろう。

 今の警察の状態を見れば何でもありだ。こんな漫画のような世界が現実に存在していることを、今の青木は思い知るほど見ていた。


 青木が頭の中の理解を、感情で否定して発した言葉を聞いて、静香は頬を歪めて笑った。

 美しいだけに、静香の笑顔は悪魔の微笑みに思えた。


「そのときの経験が、絶望のような悲しみが、私の中で生きている。警察の不正は正さなければいけない。どんな些細な不正でも野放しにすれば、いずれは人間が理不尽に消されたり、殺されたりすることにつながる。そんなこと、許されるはずがない」


 青木はなぜこの事件に静香のようなエリートが、職を捨てる危険を冒してまでのめり込むのか理解できた気がした。

 そして、この静香の心の中に十年近く収められていた負の感情を、あえて青木に話した理由も理解できた。


「俺もやるよ。警察の不正を暴くことにもう躊躇しない」

「ホント?」


 静香の目が濡れているように感じた。

 凄絶な話しを聞いて、一時的に治まっていた雄の本能が、再び生き返って来た。


「もちろんだ。どんな障害があったとしても二人で頑張ろう」

 青木は静香に勢いよく誓った。


「嬉しい。その席はいつも消えてしまった彼が座っていた席なの」

「えっ」

 最高潮だったボルテージが少し下がった。


「消えてしまうまでは、いつもどうやって革命を起こすか、店が終わるまで話し合って、それから愛し合った。消えてしまってからはいつも空席だったんだけど、今日あなたが座った」

 妖艶な雰囲気が漂ったが、青木は背中に寒いものを感じて、気持ちがどんどん冷めていく。


「さあ、まずは加藤管理官にどう対応するかから話しましょう」

 静香は絶好調になってきた。


「おう!」

 成り行きから勢いよく答えたものの、はめられた感じが拭い去れない。


 もちろん、警察の不正について、納得がいくまで追及するつもりだった。

 だが、静香は違う。そんな生易しいレベルじゃない。この組織と刺し違えてでもやる覚悟がある。


 自分はどこかまだ、逃げ場を持ったまま、甘い気持ちで臨んでいたような気がする。

 その気持ちを静香に、完膚なきまで粉々にされ、地獄迄ついて行くことを誓わされた気がした。


 いつものように理路整然と、現在の状況分析と対策を語る静香を見ながら、ふと一つの情景が浮かんだ。

 実は失踪した元カレも、こんな風に革命に向けて、静香と毎晩話してコントロールされてたんじゃないかと――


 青木はブルブルと頭を振って、今浮かんだ考えを振り捨てた。

 俺自身やりたいと思ったんだ、いいじゃないか


 一方で、そんな正義感に燃えながら、現実と折り合いをつけることをどこかで望んでいる自分にも気づく。

 だが、静香は違う。

 徹底的にやり抜く信念と行動力、そして誰よりも卓越した頭脳の持ち主だ。


 世の中には、静香のような目的のために人を狂気に駆り立てる、怖い人がたまにいる。

 鏡だってそうだ。

 一見善意の塊に見えるが、人生を投げうったその行動は狂気に近い。そしてたくさんの人をその波に巻き込んでいる。


 ふと鏡の側に自然な形で座っていた一志の顔が思い浮かんだ。

 あいつもそうなんだ。きっとあいつも鏡や静香と同じ人種に違いないと、青木は確信した。


 いつも観念的にかんがえることを嫌う青木の頭が、今はどんどん現実と離れた理念系の世界に飛び込んでいく。


 人類はきっと創世以来、二つのグループに分かれている。人を従える権力者と、それに抗するレジスタンス。

 前者は政治家や警察上層部、後者は鏡や静香、そしてネイルズマーダーだ。

 この両者は共通した力を持っている。

 それは暴力でも言葉でもない。

 人に影響を及ぼし、自分の側につけようとする強い意志。


 そして自分も含めた多くの者は、そのどちらかに取り込まれて流されていく。

 青木は今はっきりと、静香に取り込まれた自分を自覚した。

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