第11話 連携
「たくさん、いらっしゃるんですね」
青木は、自分たちを取り囲む人の多さに戸惑っている。
愼也が帰った後で、鏡が青木に連絡をとると、すぐに二人で来ると言う。
鏡が綾と二人で待っているところに、毬恵が一志と一緒にやって来た。
綾が愼也と一緒に鏡の手伝いをしていると二人に告げ、どんな案件か毬恵が訊くと鏡が事件のあらましを説明し始めた。青木たちが来たのはちょうど説明が終わる頃だった。
話しの成り行きで、僅か三十平米程度の鏡の部屋に六人の男女が入る形になった。少しだけ息苦しい感じがする。
毬恵は二人の刑事に会うのは初めてだった。青木は見るからに行動力に溢れていて、静香は思慮深そうな印象だ。何よりも二人とも警察独特の人を疑うイメージがない。
警察なのだから人を疑うことが仕事なのだろうが、この二人はどこかでそれとは違う信頼を大切にしているような雰囲気があった。
鏡と綾が二人して信じられると言うのも分かる気がした。
「早速ですが、今日連絡いただいた本題について、お話しいただけますか」
静香はこの息苦しさを、まったく苦にしてないような印象だ。青木と正反対で、逆に二人の相性が良いのではと、微笑ましくなる。
「これです」
鏡がホワイトドリームの入ったビニール袋と、幸三郎の撮った動画がコピーされたSDカードを取り出した。それを見て青木と静香の顔色が険しくなる。
入手した経緯と文彦が掛けられた強姦容疑については、綾が説明した。ラジオ局で話すことを仕事にしているだけに、言葉は明瞭で何よりも聞きやすい声だった。
青木は聞いているうちに、だんだん顔が赤くなっていった。文彦の冤罪は明らかだ。しかも警察が冤罪に加担している可能性が高い。苛立ちが伝わってくる。
一方、静香は顔色一つ変えずに、時折質問もしながら集中して聞いている。
その姿は、自身の立場や自組織の不祥事など、余計な感情を脇に置いて、冷静に綾の話を分析しているように感じられた。
「話は分かりました。谷山文彦さんの容疑は、かなり高い確率で警察の冤罪の可能性が高いですね」
静香の言葉に、綾は不満そうな顔をする。
「かなり高い確率ではなく、百パーセント警察が加担した冤罪だと思いますが」
綾がかなり熱くなった様子で、静香にくってかかる。
「私たちはまだ、谷山さん親子にも、首謀者の疑いのある古瀬勝悟にも会っていないし、調査もしていません。その段階で百パーセントとは言えません」
綾の熱さに比べて、どこまでも静香は冷静だ。
「いや、間違いないだろう。前二つの事件でもこの薬が出回っていたし、それを警察がもみ消そうとして――」
「青木さん、黙って!」
熱くなって捜査状況を口にする青木を、静香が厳しい声で制する。
毬恵はハッとして口を閉ざす青木の子供っぽいしぐさが、どこか愼也に似ている気がして、思わず笑いが顔に出てしまった。
「鏡さん、この証拠品を元に、谷山文彦さんの容疑について、再捜査されるように働きかけることをお約束します。ただ、私たちはネイルズマーダー事件の捜査犯なので、実際の再捜査は所轄である調布警察署に託すことに成ります。ただご安心ください。調布警察には私の先輩で信頼できる人が、刑事部長をしていますので、適正な捜査を進めてくれるはずです」
どうみても静香の方が有能そうに見える。ただ、青木が一緒にいることで、どこか組織に飲まれず、不正を追及してくれそうな信頼感を感じられる。
この二人はいいコンビだ、と毬恵は根拠はないが確信した。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、肩の荷が下りるようです」
いつも気苦労の絶えない鏡が、少しだけ安心したような表情を覗かせた。
「一つ、質問があります。どうしてこれをマスコミにではなく、警察である私たちに預けようとしたのですか?」
静香の表情に少しだけ赤みが差している。
「大平清司事件の話をしたとき、警察の押収品が無くなった事件を話しましたよね。その時あなた方二人から、組織に対して闘おうとする意志を感じられた。そして、青木さんが別の方と来られたとき、ネイルズマーダーによる殺人こそ、真の被害者救済だと私が言ったとき、あなたは本当に悔しそうな顔をした。だからあなた達二人に託そうと思ったのです」
鏡の視線が青木に注がれていた。青木はその視線が、とても暖かいものであるように感じた。
「あ、ありがとうございます」
青木が照れて声が裏返った。
「本当にありがとうございます。その信頼が、私たちを奮い立たせます」
静香がこの部屋に入ってから初めて見せる、気持ちのいい笑顔を見せてくれた。
二人が帰るので見送ろうと全員が立ち上がったとき、青木が首を傾げながら一志の顔を見て言った。
「君とどこかで会ったことない?」
唐突な青木の問いに、全員が一志に注目した。
「いえ、記憶にないですが」
一志は一考もせずに即答した。
「そうか、部屋に入ったときから、どこかで見たことがあるような、気がしたんだけど、勘違いかなぁ」
青木がなおも思い出そうと一志の顔をじっと見る。
「一志と会ったことがあれば、そう簡単に忘れないんじゃないですか?」
「そうね、これだけのハンサム君を見忘れるはずないわよね」
毬恵の言葉に静香も反応したが、青木はその言葉が耳に入らない様子で、まだ考えている。
「うーん、何か見覚えのある感じなんだよなぁ」
「もう、いいでしょう。署に帰りましょう」
静香が青木に帰るように促した。
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