第9話 冤罪の確信

 言葉通り十五分程して現れた幸三郎は、写真通りの優しそうな眼をした小柄な青年で、ブルージーンズに白いTシャツのシンプルな装いが良く似合っている。

 志野とは仲が良いみたいで、挨拶にも親しみが籠っていた。


「早速で申し訳ないけど、松岡さんのことを教えてください」

「松岡愛華ですね。僕と文彦は彼女と同じクラスですが、あまり仲がいいというわけではありません。学校でも一言も話さないことはよくあるし、学校の外ではまず合わないです」


 幸三郎の声にはいくらかの嫌悪感が籠もっていた。

 事件のせいか、それとも元からよく思ってないのかは分からない。


「事件のことは知っていますね」

「はい、信じられない話です。彼女の方が襲ったと言うのなら、まだ納得できるという感じです」

「と言うと」


 不穏な発言だ。愼也は幸三郎を呼んだことに、冤罪の手がかりを得る手応えを感じた。


「彼女についてはあまりいい噂は聞きません。古瀬勝悟こせしょうごという同じクラスの男子のグループと、いつも一緒にいます。あいつら、クラスの裏ホームページを作って、その中でランキングをアップして、下位に成った者を虐めて遊んでるんです」

「よく聞く学園カーストみたいな感じ?」


 愼也は高校までそういう体験をしてないが、綾は少しばかり知ってそうにも見えた。


「そうですね。ドラマ程酷くはないですが、あいつらの標的になると、結構鬱陶しいです。前に文彦が最下位になった女子へのいじめを、古瀬に命令されたとき断ったので、それ以来僕らも下位グループで一応標的です」


 志野は初めて聞いたらしく、顔が青ざめてしまった。


「あっ、お母さん大丈夫ですよ。僕ら別にあいつらの虐めは怖くないし、文彦なんかは子供じゃあるまいしって、軽く受け流してましたから」

「なるほどね、じゃあ、文彦君がそんな関係の松岡さんを襲うなんて、市川君からしてみたらあり得ない話なんだ」

「まったく、そんな馬鹿な話無いと思います。クラスでは誰も信じてないですよ」


 ここで愼也はある疑問が頭に浮かんだ。

 綾に変わって初めて質問する。


「その話は警察には伝わってないのかな?」

「いいえ、僕は警察の人に今の話を伝えました。でも全然相手をしてくれなかった。警察って、こんなもんかと思いました」


 幸三郎は、少し顔を赤らめている。話していて腹が立ってきたようだ。


「それは変だねぇ。今のところ物的証拠はなくて、彼女の訴えだけみたいなのに、何で警察が起訴まで持って行ったんだろう?」

「松岡のお父さんは官僚らしいし、古瀬のお父さんは警察の偉い人らしいから、それで捕まったんじゃないかと言われています。だけど、僕らは古瀬たちが悪いことをしているのを知っている」

「何をしてるの?」


 幸三郎は志野の顔をちらっと見て躊躇したが、意を決したのかスマホを取り出した。


「これを見てください」

 幸三郎が差し出したスマートフォンには、動画が映っていた。高校生の男女二人が、もう一人の男子に詰め寄っている。


 距離があるのか、音声は小さかったが、それでも静かにすればなんとか聞き取れた。

 ――だから、いつものようにこれを買えよ。これを飲んだらすぐに天国に行けるから。

 ――嫌だよ、もう勘弁してくれよ。それ変なクスリだろ。

 ――買わないと、この前のパーティでこれ飲んでラリッていたことを、ネットにばらすぞ。こっちはしっかりとトリップしたお前の姿を動画に撮ってるんだ。


 脅されている男子は、財布を取り出して、一万円札を差し出した。

 脅している方の男は、薬が入っていると思われるビニール袋を取り出して渡す。

 ――また頼むな。

 その言葉を最後に動画は終わった。


「この脅しているのが、古瀬と松岡です。脅されているのは、隣のクラスの飯島で、たまたま僕と文彦が校舎裏に行ったときに、この現場を見たんです」

「動画を撮ったのは君?」

「ええ、僕と文彦は宇宙マニアで、よく二人でこの場所に来て、ホーキング博士のブラックホールの話なんかをしてました。たまたま居合わせて、止めようとする文彦を留めて、僕が証拠になるかと思って撮影したんです」


 この子は機転がきく子だと、愼也は感心した。

 これがあれば、冤罪を証明するのは容易いはずだ。


「この動画のこと、古瀬君たちは知っているの?」

「いえ、知らないはずです。ただ、この後で文彦が飯島を問い詰めて、警察に行こうと言ったんです」

「それで行ったの?」

「いいえ、飯島は逃げ出しました」

「じゃあ、飯島君がそのことを古瀬君たちに話したかもしれないね。警察にはこのことを話したの?」

「はい、言いました。動画も見せたのですが、これだけじゃあ、何を買わしたのか分からないと言われて」


 幸三郎は話しながら怒っていた。

 この動画を見たら違法な売買であることはすぐ察せられる。何よりも高校生が、一万円もする薬を売買してることがおかしい。


「証拠はこれだけ?」

 綾が幸三郎の表情を注意深く観察しながら確認すると、幸三郎は俯いてしまった。


「何とかして文彦君を助けたいんだ。警察に話してないことがあるのなら、俺たちを信用して、教えてくれないか?」


 愼也が誠意を込めて促すと、幸三郎が顔を上げて目が合う。社会が信用できなくなった若者の戸惑いが、その目に表れていた。


「飯島が買った薬があります。逃げ出す前に文彦が取り上げたんです」

「それはどこに?」

「分かりません。文彦が持っているはずです」

「じゃあ、この部屋にあるな。志野さん少し調べてもいいですか?」


 志野の承諾をもらって、部屋を探し始める。薬はあっさりと机の引き出しから見つかった。


「これを預かってもいいですか?」


 愼也は志野と幸三郎に確かめてから、薬の入った袋を上着のポケットに入れた。持って帰って鏡に相談して調べてみるつもりだ。


 本来なら警察に提出するものだが、今回の警察の対応は信頼できない。加えて先日の大平相馬の事件では、警察は明らかに隠ぺいを図っている。

 まずは鏡と相談して、これからどうするか決めることにした。

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