第4話 再訪

「耕治は二度目だよね」

 今日は助手席に静香が座っているので、ハンドルを握る青木は、いささか緊張していた。


「そう、清水綾に事情聴取をしたときに訪問した」

 最近では青木はすっかり静香に打ち解けて、敬語を使うことは少なくなった。


「鏡さんってどんな人?」

 静香にしては珍しく主観的な情報を求めてきた。


「そうだな。正義感と弱者救済意識が強すぎて、かなりとんがった意識の持ち主だと思う」

「どんなところが、青木さんにそう思わせたの?」


 ちょうど信号が赤になって停車したので、青木は前方から目を放して、静香の方を向いた。


「目には目を的なやり方を支持している。ネイルズマーダーの殺人が、被害者へ未来に進む力を与えていると言ってた」

「フーン、かなりのネイルズマーダー肯定者ね」

「そうだな、言われてみればそんな感じがする。話していて批判されてるような気がした」


 青木は、大平清司の警護についた夜を思い出していた。

 突然公安と思われる二人の男が、屋敷の中に入って行った。


 しばらくすると、加藤から電話が来て、警護の中止を指示された。わけが分からず自宅に戻った次の日の朝、捜査会議で大平清司の自殺が告げられた。


 公安が慌てて屋敷に入った直後に、警護の解除が指示されたことに合点がいった。同時に単なる自殺ではないと思ったが、訊いても教えてくれるはずはないので、その日は黙って次の警護対象に向かった。


 激震が走ったのはそれから二日後の今朝だった。テレビ、新聞が一斉に、ネイルズマーダーによって大平清司が殺されたと報道したのだ。


 ネタ元は匿名メールだった。そのメールの中には大平清司が、こめかみに釘を打ち付けられた写真が添付されていた。それだけではなく添付写真はもう一枚あって、そこには一枚のビラが写っていた。


 当然マスコミは殺された理由は、そのビラに関係するのではないかと、一斉に調査を始め、その日のうちにビラの内容が解き明かされた。


 ビラの内容は、電車に飛び込み自殺した大学生が、実は殺されたのではないかと疑い、目撃者を募るものだった。飛び込み自殺した大学生は篠田誠治せいじという名で、清司と同じ大学の学部の後輩だった。


 番組中で姉の篠田愛実めぐみは、誠治は正義感が強くて明るい性格で、特に悩んだ様子もなかったと語り、誠治の自殺はおかしいと訴えた。

 愛実は飛び込み前後の映像を求めたが、駅のホームにも関わらず、誠治が自殺したとされる時間に、監視カメラが作動してなく映像がない、と警察に言われたらしい。


「何を考えているの?」

 静香は青木の思考が他に向いてることを察したようだ。


「いや何も」

 青木がはぐらかそうとしたが、静香は許さなかった。


「大平清司本人の犯罪について?」

 考えていたことをぴたりと当てられて、思わずフッと笑ってしまった。


「降参だ。状況的には決定的だと思う。大平清司が殺された翌日、俺たちは捜査会議で加藤から、大平清司は自殺したと聞かされた」

 静香も同席していたので、頷く気配がした。


「それが、次の日にはマスコミからあんなニュースが流れて、捜査会議が中止になった。警察が大平清司の死因だけじゃなく、もっと大きな犯罪を隠しているのは俺にだって分かる。俺は真実が知りたいと思った」


 青木は真剣だった。ネイルズマーダーを相手にするには、自分たちが国家のためと称して不正に目を瞑っては勝てないと思った。


「だから、希望の光に行くのに、付き合ってくれるんでしょう」

「ああ、まさか篠田愛実が会員に成ってるとは、静香に聞くまで思いもしなかった」

「私も半信半疑だったけど、電話で問い合わせたら、あっさり会員だって答えたから、正直驚いたわ」

「でも、何で希望の光に所属してるって思ったんだ?」

「殺された人たちの犯罪を追っているうちに、被害者本人または関係者の共通項は希望の光じゃないかと思ったの」

「それはもしかして清水綾と浅野水絵が会員になっているから?」

「それだけじゃなかった」


 そこで、静香は口を閉じた。

 青木がちらっと静香の横顔を盗み見ると、いつもの彼女とは違う厳しい顔だった。


「最初の事件では殺されたホストによって、ソープランドで働くことになった女性も会員だった。二番目の事件では、自殺した中学生のお兄さんが鏡さんに相談していた。三番目の事件ではクレームで悩んで、ノイローゼに成った女性の旦那さんが、鏡さんに相談した後で会員になっていた。そして六件目の事件では、ひき逃げされた両親が、鏡さんに相談してそのまま希望の光に入っている」


 想像以上の関与具合だ。青木は静香の分析を聞いていて、これが偶然とはどうしても信じられないと思ったが、同時に偶然ですと言われればどうしようもないとも思った。


「なるほど、よく調べたな。それで静香は、希望の光に相談した人の情報に基づき、殺人が行われたと推理したんだ」

「正確に言うと、清水綾さんは事件後に会員になっているので、その形式には当てはまらない。でもこれも調べていると、成川たちの仲間でリンチされて、半身不随になった人がいて、そのお母さんが希望の光の会員だった」


 捜査一課の精鋭たちが驚くほど、綿密な調査だ。

 やはりFBI仕込みは違う。


「今回は被害者の無念を晴らすために、会の関係者が殺人を行ない、自殺とされたので、マスコミに匿名メールを送ったということになるのかな? そうなると、鏡がネイルズマーダーか、もしくは情報提供者の可能性があるな」

「それはまだ分からない。希望の光の会としての性格からすると、偶然かもしれない」


 静香は慎重だ。安易な結論は避けた。


「はっきりさせないとな」

「この事件は謎が多いわ。特に四件目以降は、とても難しい状況で犯行を達成している。どうやって誰にも気づかれなかったのかが、どうしても分からない」

「前にDNAの話をしていたじゃないか」


 青木は静香の話しを少しばかり信じていた。当事者としてはそうでも思わないと納得できない不可解な現象だったからだ。


「そういう考え方ができるだけで、証明されているわけではないわ」

「そうなのか。俺は今まで二回現場にいたにも関わらず、二回とも犯人の影さえ踏めなかった。あの話がホントなら意外と納得いくんだけどな」


 話しているうちに車は希望の光についた。

 車を降りるときに、前回にはない闘志を感じた。

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