第3話 幻覚

「ねぇ今日もするの?」

 白いブラウスの下で、痩せ型の躰に不釣り合いな隆起をした胸が揺れる。おそらく整形だと思うが、いつもならこの見事なプロポーションは見ているだけで、性欲が全身を包む。


「もちろんだ」

 清司はシャツを脱ぎ捨てたところで現実に戻る。そう、ここにはみゆきの姿など影も形もいないのだ。


 清司がみゆきと出会ったのは、大学のサークルの仲間たちと、新宿でパーティをしているときだった。独りで飲んでいたみゆきは、大学で出会う女たちとは女としての質が違った。


 とても相手にされないと、半分あきらめながら舐めるように見ていると、目が合った。まるで誘うように目を離さずじっと見つめられ続けるうちに、引き寄せられるように仲間たちの席を立ち近寄っていった。


 一緒にいかが――と本当に誘われたときは、もう仲間たちのことはどうでも良く成った。そのまま二人で飲んでいると、ホテルに誘われた。夢のような展開に我を忘れてのめり込んだ。


 みゆきは新宿で働くキャバ嬢だった。今日は休みで、友達と一緒に飲みに行く予定だったが、その友達に急用ができて、一人で飲んでいたらしい。なぜ自分を誘ったのかと訊くと、育ちが良さそうだったからと答えた。


 清司は風俗には行ったことはあるが、キャバクラには行ったことがなかった。金を払って女を口説くことが馬鹿らしいと思えたし、自分の容姿に自信もなかった。


 三回目に会ったときに店に行こうかと言うと、みゆきはいいと答え、それよりもちゃんとつきあって欲しい、と懇願された。清司は有頂天になるよりも、話がうますぎるとその言葉を疑った。だがみゆきは正直に来年三十になるし、そのときは店は辞めるから普通に恋人が欲しいと言った。


 清司は出会った日に自分が大臣の息子であることを明かしている。それに対する打算もあったのだろう。


 いずれにしても清司はこの日から、この女のためなら何でもする男に成った。

 二人の関係に変化が出たのは、つきあって三か月した頃だった。みゆきがSEXの最中に白い錠剤を出して、これを飲もうと誘ってきた。

 清司は精力剤かと軽く受け取って、それを飲んだ。

 たちまち疲れが飛んで、また男性が復活した。


 違法な薬物であることは容易に想像できた。清司は迷ったが、もうみゆきと離れることなど、死と同じだと思い詰めるぐらいのめり込んでいた。

 みゆきはその薬を気に入っていて、止めそうもない。

 やむなく清司は薬を買い続けた。


 やがて買う金が無くなったとき、これを大学の仲間に再販することを思いついた。お坊ちゃま大学だったので、周りには金持ちが多かったからだ。皆刺激に飢えていることもあって、再販は大成功だった。


 だが、素人の薬物販売など長く続くわけがない。すぐに飽きられ、あるいは危ない薬だと分かって、仲間は誰も買ってくれなくなった。

 焦った清司は仲間以外にも販売の輪を広げたが、誰も買ってくれない。それどころか、正義感に満ちた後輩から、すぐに警察に自首しないと、自分がこの話を警察に告げると、警告された。


 逆上した。

 気がつくと駅のホームに立っていた後輩を、線路に突き落としていた。


 その後は何も考えられなくなって、夢中で逃げた。家に着くと秘書の香田がいた。父親から信頼の厚い第二秘書だ。


 清司が香田に全てを話すと、とりあえず自分の部屋に入っているように指示された。

 清司は言いつけを守って、次の日の夕方までずっと部屋に籠っていた。

 その間、みゆきに連絡しても返信はなかった。

 薬も切れて苛立ちと恐怖で、発狂しそうになった。

 香田が部屋に入って来た時は、記憶はあいまいだがおそらく狂う一歩手前だっただろう。


 香田は清司に今まで見たことのない厳しい目つきで、昨日は学校からすぐに家に帰って、ずっと寝ていたのだと、繰り返し言い含められた。言われているうちにだんだんそんな気がしてきた。


 しばらくすると医者が来て、診察された。それから一週間、拘束具で手足の自由を奪われて、この部屋に監禁された。

 薬を抜くためだった。

 苦しかったが、おかげで今は薬が無くても平気になった。


 その頃に、香田が再び部屋に現れ、今後みゆきと会わないように言われた。香田は、みゆきは薬代が欲しくて清司に近づいただけで、騙されていたのだと言った。


 すぐには信じられなかったが、繰り返し言われているうちにそんな気がしてきた。

 もともと、自分のような男に女の方から誘いがかかるなんて、それ自体がうますぎる話だと思った。


 清司は後輩をホームから突き落としたことを思い出した。

 いったいどうなったのか香田に訊くと、そんな事実はないのだと言われた。

 なぜならその時間は部屋に帰って寝ていたではないかと言われた。


 すぐにああそうだったと理解した。

 香田は薬の副作用で、変な思い込みをしたのだと教えてくれた。


 あれから一か月が経とうとするが、警察は来なかった。

 ニュースにもなっていない。

 みゆきには会いたくて、ときどき楽しかった頃を思い出すが、医者は薬の副作用がまだ残っているだけだと言う。

 みゆきからも連絡はない。


 机に目をやると、目撃者を探すビラが置いてあった。

 一昨日、大学からの帰りに駅で手渡されたものだ。

 若い女が懸命に配っていた。

 弟がホームから飛び降り自殺したらしいが、落ちたときの目撃者がいないらしい。ビラには殺されたかもしれないと書いてあった。


 ビラに載っている弟の写真には見覚えがなかった。

 どうやら学部の後輩らしいが、見覚えが無いものはしかたない。

 女は美人だったので、力に成れないのが残念だった。

 頭に痛みが走った。

 目を見開くほどの痛みだった。

 慌てて医者に処方された薬を飲む。

 すぐに痛みと一緒に意識が途絶えた。

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